第76話 姉の受難 3

 あのバレンタインデーから約1ヶ月以上が経ち、無事春樹と玲奈の2人は中学を卒業した。

 今は春休み期間中なので春樹達は休み。今日の春樹の予定はというと、守君と一緒に街へ遊びに行ったらしい。



「全く春樹達は本当にお気楽ね」



 生徒会の仕事やバレー部の練習がある私とは大違い。本当にいい身分だ。

 少しはこの苦労をわけてあげたい。そうだ、もし春樹がうちの学校に入学してきたら、生徒会の丁稚奉公として働かせるのもありだろう。



「はぁ~~、春樹の事を考えただけでムカムカして来た。WindsのライブBDでも見よう」



 家で近江君のシーンだけを抜粋した秘伝ライブBDを見る。

 春樹達の入学式の日にはこの前のライブツアーをまとめた新しいものも出るので、その復習もかねて再度見返すことにした。



「う~~ん! やっぱり近江君は格好いい‥‥‥あっ、電話ね。こんな時に一体誰かしら?」



 ブルブルと震えるスマホを手に取ると、そこに表示されていた名前は三日月玲奈。私の妹のような、いやもう妹と言っていい程の存在である。

 玲奈が電話してきたこともあり、慌ててスマホの通話ボタンを押すと彼女の可愛い声が聞こえてきた。



『美鈴さん』


「どうしたの? 玲奈? そんな泣きそうな声なんて出して」


『実は相談があって‥‥‥』


「相談?」


『うん。実は最近春樹とどう過ごせばいいかわかなくて困ってるの』


「またその話なの?」



 そう、あのバレンタイン以降連日玲奈からこのような相談を連日受けている。

 それも受験シーズンであるのに毎日である。本当玲奈が推薦でうちの高校に受かっていてよかったと思う。



『だって昨日春樹と制服の採寸行った時も、私と一言も話してくれなかった』


「それはたまたまでしょ?」


『春樹、私のこと嫌いになっちゃったのかな?』


「そんなことあるはずないから。もう少し自信を持ちなさい」


『でも‥‥‥でも‥‥‥』



 今にも泣きそうな玲奈の声。こんな電話がほぼ毎日のようにかかってくる。

 正直あのバレンタイン以降、2人の関係がぎくしゃくしていることは私もわかっている。

 春樹も目に生気がなく目に見えて落ち込んでいるし、玲奈に至ってはこうして毎日電話をするぐらい悲しみにくれている。

 最初は時間が解決してくれると思っていた私も、日が経つにつれて2人の姿を見ているこちらの方が痛々しく思えてきた。



「正直、2人がここまで落ち込むとは思わなかったわ」



 ぬかった。正直私の計算間違いだった。当初は春樹を焚きつける為に考えた作戦が、ここまで裏目に出るなんて。

 2人のことを思って考えた作戦が、まさか関係破綻寸前まで行くなんて予想してなかった。



「しょうがないわね。玲奈、今から家に来れる?」


『うん。大丈夫だけど、春樹がいると‥‥‥』


「あいつは今日守君と遊びに行ってるからしばらく帰ってこないわよ」


『‥‥‥わかった。今から行く』


「待ってるわね」



 通話を終えると、机にスマホを机に置きそのまま椅子にもたれかかる。

 そしてTVの電源を消して、その場でため息をついてしまった。



「完全に失敗したわ」



 春樹が多少落ち込むと予想していた。だけどまさか、ここまで露骨にへこむとは思ってもいなかった。

 多少落ちこんでもすぐ復活して、玲奈に対して猛アプローチをかけると思っていたのに。

 それがまさかここまで2人の関係がぎくしゃくするなんて予想外だ。



「さて、どうしましょうか」



 正直このままだとまずい。春樹がどうなろうと構わないけど、玲奈がこのままの状態はよくない。

 この子は一度落ち込んだりするとそれがずっと続いてしまう。

 淡々としているように見えて、元々繊細なメンタルの持主だからちゃんとケアーしないとずっとこの事を引きずってしまう。



「困ったわね。こうなった玲奈は中々元に戻らないから、何か対策を練らないと‥‥‥」


『ピンポーン』


「来たわね。ちょっと待ってて、今開けるから」



 慌てて自分の自室を出て玄関の扉を開けた。

 そこには見た目からして落ち込んでいる玲奈がいた。



「玲奈」


「こんにちは。美鈴さん」



 明らかに声に覇気がない。髪もボサボサで目はどこか腫れぼったい。見た目からして、先程までベッドで泣いていたように思えた。



「私‥‥‥どうしよう‥‥‥」


「言いたいことは色々あると思うけど、とりあえず私の部屋に行きましょうか」


「わかりました」


「先に私の部屋に入ってて頂戴。飲み物も持って行くから」


「それなら私も手伝います」


「玲奈はお客さんだからいいのよ。部屋でゆっくりしてて」


「うん。わかった」



 玲奈は大人しく階段を上がっていく。

 そしてそれを見届けた私はリビングへと行く。



「全く、世の中には春樹よりもいい男がいるってのに。何で春樹にこだわるのよ」



 口ではこういうけど、玲奈が春樹のことが好きな理由もわかる。

 なんだかんだあいつは小さい時から玲奈のピンチを助けてきた。

 それも玲奈のピンチの時にだけ颯爽と駆けつけて、必要がなくなれば音もなく去っていく。これで落ちない女性はいないだろう。



「それも無自覚でやってるから質が悪いのよね。私が知らないうちに問題まで解決しているんだから、なんといっていいものかわからないわ」



 そんなことをされたら、惚れてしまってもしょうがないだろう。

 玲奈が毎年嬉しそうにチョコをあげている理由もよくわかる。



「あいつもせめてもう少し身なりに気を遣えば、格好いいのに」



 あの弟を褒めるのは癪だけど、至近距離から見ると背が高く細マッチョで格好いいのだ。

 元々それなりに容姿が整っているので、下地は整っている。それを全て台無しにしているのは、普段の身なりである。

 目が隠れるほどのキノコヘアーとジャージ姿。そんな不潔感丸出しの激ダサファッションでなければ、あいつにもすぐ彼女ができたことだろう。



「玲奈も玲奈よ。あの子なんてもっとおしゃれすればめちゃめちゃ可愛く‥‥‥」



 そこで私にある考えが浮かんだ。

 もしかすると春樹が元気を取り戻し、玲奈が復活するいい手段になるかもしれない。



「玲奈を可愛くすれば、全て問題が解決できるんじゃないかしら?」



 玲奈が可愛くなれば、春樹もきっと焦るだろう。

 例え春樹が焦らなくても他の男が放って置かないはずがない。



「もしかすると春樹の事を忘れられるぐらいのいい男が現れて、玲奈と付き合ってくれるかもしれない」



 そうなれば玲奈も幸せになり、私も幸せになる。正にWinWinの関係だ。

 春樹? あいつは放って置けばいい。目の前にこんな最高な美少女が好意を抱いているのに悲しませるような男の事は知らん。



「そうとなれば善は急げよ」



 私は飲み物を持ったお盆を持ち、玲奈の待つ自分の部屋へと向かうのだった



ここまでご覧いただき、ありがとうございます。



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神殺しの少年


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