第75話 姉の受難 2

 2月13日。この日は世の女の子にとって重要な日でもある。それは翌日にバレンタインデーが控えているからだ。

 バレンタインデーも重要な日だけど、その前段階として好きな人にあげる為のチョコをこの日は作らないといけない。


 どうでもいい人にあげるチョコなら適当なものをみつくろえばいい。(例えば我が愚弟、春樹に私が渡すマ〇ブルチョコ1粒みたいに)

 だけど好きな人にあげるなら出来れば手作りの物を作り、美味しいものを渡したい。

 そうなるとどうしても凝ったものを作らないといけなくなる。


 だからバレンタインも重要だけど、チョコ作りをするこの日も私は重要な日だと思っている。

 そんな大変なことをしているとは知らずにいつも『ありがとう』と言いながら、何も考えずにのんきにチョコを食べてるどこかの弟を見ると思いきり尻を蹴りたくなる。



『ピンポーン』


「来たわね。今開けるからちょっと待ってて」



 そしてそんな重要な日、私の元へと1人の少女が訪ねてくる。

 その子も好きな人に手作りチョコをあげるための準備をする為に私の家を訪ねてきた。



「こんばんは」


「やっぱり来たのね。玲奈」



 目の前に現れた天使のような少女、その名も三日月玲奈。私の隣の家に住む美少女で、私が可愛がっている女の子である。

 そんなキュートで可愛らしく愛おしい自分の妹みたいな子が私の家を訪ねる理由。それは一つしかない。



「玲奈、今年チョコを作るのね」


「うん」


「わかったわ。とりあえず中に入りなさい。そこで一旦話をしましょう」


「おじゃまします」



 私は玲奈を引き連れて、2階にある自分の部屋に通す。そして玲奈の真意を聞くために、お互い椅子とベッドに座る。

 ベッドに座った玲奈は部屋のあちらこちらを見て、そわそわとしていた。



「どうしたの、玲奈? そんなにそわそわして」


「美鈴さん、いま家に春樹は‥‥‥」


「まだ帰ってきてないわ。きっとサッカー部で後輩に交じって練習しているから、しばらくは帰ってこないと思う」


「そっか。よかった」



 この玲奈の安心した顔がすごく可愛い。

 だがそれが私の弟の事を考えて出た表情だと思うと、怒りが湧くのが不思議だ。



「今度春樹には制裁を加えないと‥‥‥」


「美鈴さん、何か言った?」


「何にも言ってないわよ!? それより玲奈、そんなに春樹のことが気になるの?」


「べっ、別に気になってなんかないですから!?」


「またまた。顔を真っ赤にして、意識しているのが丸わかりよ」


「‥‥‥そんなにわかりますか?」


「当たり前でしょ。貴方の事を何年見て来たと思ってるのよ」



 顔を真っ赤にしてもじもじしているその表情。

 どこからどう見ても我が愚弟である春樹を意識しているのが見え見えである。



「それにしても、春樹のどこがいいの? あんなキノコ頭で根暗陰キャの脳筋ゴリラなんて、全くいい所なんてないじゃない」


「そんなことないですよ!! 春樹は格好良くて思いやりがあって、頼りがいのある優しい人です!!」


「頼りがいがあって優しいね」



 確かに春樹はあんななりだけど、昔から人を引き付けるような不思議な魅力があった。

 カリスマ性とでもいった方がいいだろう。私には劣るけど、それが春樹にもあった。



「私にとって春樹は、頼もしいヒーローみたいな感じです」


「ヒーローね」


「美鈴さんもそう思いませんか?」


「まぁ、確かにそれは私も同意せざる得ないかな」



 玲奈にとってのヒーロー。それが春樹である。

 実際いままで春樹は直接的にも間接的にも玲奈の事を救ってきたので、無下に否定することもできない。



「貴方の意見はわかったわ」


「ありがとうございます」


「それで話の本題に入るけど、今年もあいつにチョコを渡すつもりなの?」


「はい。出来れば今年はトリュフチョコを作ろうかなと思っています」


「その心は?」


「少し高級な感じを出して、こんなものも作れるんだって春樹にアピールがしたいです」



 両手で頬を抑え恥ずかしがってる玲奈を見た私は、どんな顔をしているだろう。

 きっと怪訝な顔をしているに違いない。それはこの愛くるしくて可愛い玲奈にこんな表情をさせている春樹に対しての怒りだろう。

 今この場に春樹がいたら、間違いなくその頭を殴っていることだろう。ミドルキックからの尻蹴りに拳骨を言う名のコンビネーションが炸裂しているに違いない。



「玲奈は今年も春樹にチョコを渡すつもりなのね」


「はい」


「それって本気? 少し早いエープリルフールってわけじゃなくて」


「もちろんです」



 やる気満々の玲奈に対してなんて言葉を返せばいいかわからない。

 このように玲奈は毎年のように春樹にチョコを渡している。

 それが義理チョコであれば私も別に気にすることはない。だけど玲奈が渡しているのは本命の手作りチョコなのである。



「そろそろやめた方がいいんじゃない? 春樹よりもいい男の子なんて、世の中にいっぱいいるわよ」


「ダメ。私は春樹がいいの」



 玲奈はこのように言い出したら止まらない。元々小学生の頃から春樹の事が好きな事は私も知っている。

 当時の私は中学に入ればもっと格好いい男の子も現れるだろうし、この恋心も冷めるだろうと思っていたが、その恋は留まる事がなくどんどん加速していった。

 まさかここまで玲奈が春樹の事を好きになるとは思わず、頭を抱えたものだ。



「まぁ玲奈の色々な問題を解決したのは春樹だものね」


「はい」


「中学時代クラスメイトから無視された時、春樹が側にいてくれたんだっけ?」


「そうです。私が1人きりでいた時、春樹だけが私の側にいてくれました」


「あったわね。そんなことも」


「周りからいくら冷やかしを受けても、春樹は全く動じないで私と一緒にいてくれました。それがすごく嬉しかったです」


「よかったわね」


「それに私が美鈴さんの二つ名を継承してた時も、春樹が助けてくれて‥‥‥」


「あれは助けたとは言わないでしょ」


「でも、『姉ちゃんは姉ちゃん、玲奈は玲奈だから気にすることないよ』って言われた時、すごく気が楽になりました。それに『もしまた1人になっても、俺がずっと側にいてやる』って言ってくれて凄く嬉しかったです」


「あいつはそういうとこ無自覚だから」



 だから非常に困る。本人は下心なく玲奈に言ったのだから、それは好きになってもおかしくないだろう。

 そのような様々な事を玲奈にしてきて、玲奈に友達が出来たら自然と離れていくのだからわざとやっているようにしか見えない。



「それが春樹のいい所でもあるんだけど」



 春樹の事だから自分が玲奈の側にいたら邪魔になるのがわかっていたのだろう。

 だから友達が出来た段階で離れたのだ。それも春樹らしいと思う。



「そういえば、今年はどうなの?」


「何がですか?」


「他の人から春樹はチョコをもらえると思う?」


「今年はたぶんもらえないと思う」


「そう。みんな玲奈に協力してくれているのね」


「うん。みんなに今年こそ頑張ってって言われた」



 これが玲奈が周りに受け入れられた理由の1つだ。

 玲奈と春樹が通う中学では玲奈が春樹の事を好きなことが知れ渡っている。知らないのは当人である春樹ぐらいだ。


 当初イケメンやクラスでも人気がある人からアプローチされたことで、女性陣からいらない妬みを買ってしまった。それが玲奈がクラス中から無視された原因だ。

 だけどあのキノコ頭の根暗陰キャな脳筋ゴリラの事が好きだという事が学校中に広まり、自分達に害がないことが知られ、周りから受け入れられたのだった。



「そういえば小学生の時は大変だったわね」


「うん」


「春樹の下駄箱に大量のチョコ入っていたのを全部回収するのが」


「あの時は大変お世話になりました」


「それもそうね。6年生の時にも、春樹を勘違いさせるのは面倒だったわね」



 春樹が大量にチョコをもらえたのを、全て守君のせいにしたあの事件である。

 春樹も春樹で自己肯定感が低い残念な人なので、私の話を簡単に信じたのがよかった。



「美鈴さんは春樹がどんなチョコを作れば喜んでくれると思いますか?


「私!?」


「はい。トリュフチョコを作るって言ったけど、美鈴さんの意見も聞いて見たいです」


「そうね‥‥‥」


「チョコレートケーキですか? それともガトーショコラかな? 春樹は何を送れば喜んでくれるだろう」



 ウキウキ気分の玲奈には悪いけど、私は敢えて厳しいことを言うことにする。

 これは玲奈の為でもあるけど、何より調子にのっている春樹の為でもある。



「玲奈、本当に春樹の事が好き?」


「うん。大好き」


「大好き‥‥‥」



 大好きって言葉、私に面と向かってそんなことを言う?

 しかもとーーーってもうれしそうな表情で。私は一体どんな反応をすればいいのよ。



「玲奈、貴方に一言言わせてもらうわ」


「うん」


「本当に春樹の事が好きなら、今年はチョコをあげるのをやめなさい」


「何で春樹にチョコを渡しちゃダメなの?」


「あいつは玲奈がチョコをくれることにかまけて奢ってるでしょ? それじゃあ春樹は振り向いてくれないわよ」



 少しでも玲奈の事を意識させるために、あえて距離を置かせる必要がある。

 チョコをもらえなかった春樹のことだ。きっと焦って玲奈への恋心に気づくに決まってる。



「そうなんですか?」


「そうよ。だからここで一旦チョコを渡さずに、あいつへの興味がないように見せるの」


「それで春樹は私のことを嫌わないかな?」


「嫌うはずがないでしょ」



 むしろ自分の大切な存在に気づいて、全力で走り出すだろう。

 春樹はそういう奴だ。幼い時からずっと見てきた私だからこそわかる。



「私が玲奈の恋を応援してあげるから、だから私のことを信じなさい」


「わかった。美鈴お姉ちゃんのことを信じる」


「玲奈」



 玲奈は昔からそうだ。中学に入った時から言わなくなったけど、こうしてふとした時に私の事をお姉ちゃんと呼んでくれる。

 正直私にとって玲奈は既に妹みたいなものだ。弟なんていない。私には玲奈という妹しかいないとよく思っていた。



「それじゃあ今回はチョコを春樹には渡さない事。いいわね」


「うん。わかった」


「そうすれば、きっと春樹も振り向いてくれるから」



 あの単純な春樹のことだ。

 きっとこれで玲奈の事を意識するに違いない。



「わかったならもう帰りなさい。時間的にそろそろ春樹が帰ってくるわ」


「うんわかった」



 そう言って私は玲奈を玄関まで見送った。これできっと2人の関係が上手くいくだろう。



「全く。世話がやけるわね」



 きっとこれで全てが上手くいく。どんなに時間がかかっても卒業式までに2人は付き合うだろう。

 この時の私は自分の作戦が裏目に出たとは知らずにそんなことを思っていたのだった。


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ここまでご覧いただき、ありがとうございます。



【お知らせ】


新作の投稿を開始しました


神殺しの少年


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現在6話まで公開していますので、よろしければこちらの作品も宜しくお願いします。


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