江戸美少女剣士【砂夜】大正浪漫剣③ラスト


 翌日──砂夜は砂夜子と一緒に東京の町に出た。

 砂夜にとって見るモノ、聞くモノすべてが驚きの連続だった。

 レンガ造りの町並み、走る路面電車、四輪の自動車〔T型フォード車〕街のガス灯、オートバイや自転車をこぐ女子学生の姿を砂夜は驚き眺める。

 浅草で高さが六十メートルもある西洋建築の『凌雲閣』を見上げている砂夜に、砂夜子が訊ねる。

「どう、東京の町は?」

「まるで異国にでも来てしまったようだ……江戸の世ではこんなに多くの異人が、町を歩く姿を見たコトがない……これが大正の世なのか」

 砂夜と砂夜子が医院の家に帰る途中、二人は町で素行が悪そうな二人組に絡まれている老人に遭遇した──どうやら、老人がよろめいて転んだ拍子に着物に飛んだ泥が発端の因縁らしい。

 道で転んだまま立てない老人を足蹴りしている、人相が悪い二人組を恐れているのか町の者は見て見ぬフリをしている。

 砂夜の呟き声が聞こえた。

「いつの世にも、あの手の輩はいるものだな」

 砂夜子が小声で砂夜に囁く。

「町のごろつきだよ、腕っぷしがやたらと強くて誰も怖がって何も言えない……あっ、砂夜どこに行くの? そっちは、ごろつきが」

 砂夜は青果屋の店先に立てかけてあった、笹枝を束ねた手製の竹ホウキを手にすると店の主人に。

「少し借りるぞ」

 と、言って。人相が悪い二人組の方に向かっていった。

 砂夜は笹の葉が残っている竹ホウキの先を、二人組に向けて言った。

「男として恥を知れ! それでも倭〔やまと〕の男か!」

「なんだ、おまえは? 女はひっこんでいろ!」

 そう言われて、素直に引き下がる砂夜ではない。

 重心を低くして竹ホウキを構えた砂夜は一閃、そのまま踏み込み男二人の腹部を竹ホウキで打ち払う。

 砂夜の激しい打ち込みに手製の竹ホウキは、破損して竹枝が宙に舞った。

「ぐあっ!」

「ごぁあっ!」

 ほとんど竹の柄だけになったホウキを、呆然としている青果店の店主に渡して砂夜が言った。

「すまぬ、打ち込みの勢いが強すぎて壊してしまった」

 砂夜は痛む腹を押さえて、立ち上がった男二人に向かって強い口調で言った。

「元始、女性は太陽であった……男として恥を知れ!」

 二人組の男は、逃げるようにその場を去り。

 遠巻きで見ていた人々の、称賛の拍手が砂夜に向けられる。

「よく言ってくれた! これで、あの二人も女に打ち負かされた恥ずかしさで、でかい顔で外は歩けないだろう」

「すっきりした、ありがとう」

 砂夜子が倒れていた老人を介抱して立たせると、老人は何度も砂夜に頭を下げる。


 砂夜は遠巻きで一部始終を見ていた者たちに聞こえない心の声で。

(情けない国になったものだ……老人を助ける武士の仁と義の心も廃れた国とは……この先、この国はどうなってしまうのやら)

 と、内心呟いた。


 帰る途中──砂夜は見覚えがある神社の前を通りかかり、鳥居の前で足を止めた。

「この神社は」

 それは、嘉永七年に砂夜が小判が入った巾着袋を隠した、あの神社だった。

 多少、木々の枝葉が増え繁り木の幹が肥えてはいたが、それ以外はほとんど変わっていない。

 砂夜が傍らの砂夜子に言った。

「少し確認したいコトがある……寄り道してもいいか、すぐに終わるから」

「うん、いいよ」

 鳥居の前で一礼した砂夜は、そのまま狛犬の石台の隙間を確かめる砂夜。

 少し枝葉が隙間をふさいではいたが、砂夜が埋め隠した時と変わっていない様子だった。

「あの時のままだ、念のために置いた黒い碁石も残っている……誰も触れてはいない、ということはまだこの場所に……確認は済んだ、帰ろう砂夜子」

 砂夜と砂夜子は、神社から寄り道もせずに、そのまま医院へと帰ってきた。


 その夜、明け方近く──砂夜は夢を見た。

大地が激しく揺れ『凌雲閣』が途中から崩壊して、東京の町が炎に包まれる恐ろしい夢を。

 悪夢に目覚めた砂夜の全身は寝汗で濡れていた。

(今の夢は……母上が見る予知夢? あたしにも母上と同じ力が……

レンガ造りの建物が崩れ、多くの人が炎の中で犠牲に……近々恐ろしいコトが東京に)


 夢の中で昨日、砂夜がホウキで打ち負かした二人組の男が柱の下敷きになった人々を、懸命に救助している光景がチラッと夢の中に出てきた。

 寝具の上に上体を起こして、障子戸を通して照らされる月明かりの中で、しばらく考えていた砂夜はある結論を出した。


 次の日──縁側に並び座った砂夜子に砂夜は、神妙な面持ちで明け方に見た夢のコトを語り、こう伝えた。

「昨日立ち寄った神社の狛犬台の隙間に、小判が入った巾着袋が隠してある……その巾着袋を掘り出して中の小判を、大正の金銭に代えて。砂夜子と砂夜子の家族はできるだけ早く東京から離れた方がいい……近々、東京に恐ろしいコトが起こる」

「砂夜……あなた、いったい?」


 砂夜子は砂夜を見つめる、砂夜も砂夜子を見つめる──砂夜が言った。

「この時代に来た時から、ずっと考えていた……わたしは何か理由があって大正の時代に飛ばされたのではないかと。

おそらく砂夜子に小判のコトを伝え。東京から離れるコトを伝えるために来た……のだと」


 縁側に座っている砂夜の姿が、一瞬透けたように見えて砂夜子は手の甲で両目をこする。

 砂夜の姿が次第に透けて、向こう側の景色が見えはじめた。

 縁側から立ち上がった砂夜が、砂夜子を探すような素振りをする。

「砂夜子どこ? どこにいるの?」

「あたしは、ここにいるよ、ずっと砂夜の近くにいるよ!」

 砂夜には砂夜子の声は届いていない様子だった。

 砂夜が遠方を見ているような視線で微笑む。

「あれは、江戸の町……土手に立っている母上の姿が見える、おぉーい!」

 手を振る砂夜を抱き締めようと立ち上がり、両手を伸ばす砂夜子。

「行かないで砂夜、もっともっと砂夜と話しがしたい……砂夜」

 砂夜の声が遠ざかっていく感じに変わる。


「砂夜子とはまた、いつの日か会えるから……必ず会えるから」

 抱き締めようとした砂夜子の両手は、微笑み手を振る砂夜の体をすり抜け……砂夜の姿は消えた。

「砂夜……砂夜」

 微風が庭を通りすぎる中、砂夜子は一人、泣き顔を誰にも見られないように両手で隠すと、嗚咽をもらしながら……泣いた。


 翌日──砂夜子は父親と一緒に、神社にやって来た。砂夜が指摘した狛犬台の隙間には、一度過去に掘り出されたような痕跡が残っていた。

 砂夜子は、隙間に挟むように置かれていた白い碁石を取り除くと、隙間に詰められている土と小石を取り除く。

 隙間の奥に、隠すように押し込まれていた古びた巾着袋を引っ張り出して中身を確認すると、金色に輝く小判が一枚出てきた。

「砂夜が言った通りに……」

 砂夜子は小判の他にも、巾着袋に入れられていたモノに気づいた。

 それは古びた、キャラメルの空き箱を開いたモノだった。

 空き箱の裏側には、墨で字が書いてあった。


『砂夜子とは必ずまた会える、砂夜』


 砂夜子の目に涙があふれる、砂夜子は嘉永七年〔1854年・安政元年〕から埋まっていたキャラメルの空き箱をギュッと握りしめる。

「また、会えたね砂夜……ちゃんと、もどれたんだね砂夜のいた時代に」


 砂夜子の父親が言った。

「今まで砂夜子には、一度も話していなかったが……幕末の遠縁に夢で未来に起こるコトを数回的中させた者がいたらしい。

火災で記録は焼失してしまい、どんな名前でどこに住んでいたかもわからないが……もしかしたら、砂夜さんは遠縁の」

 ひぐらしが鳴く神社の境内で砂夜子は、いつまでも古びたキャラメルの空箱を眺め続けた。


 それから、しばらくして砂夜子の一家は東京を離れ神戸へと引っ越し、新たな地で診療所を開業した。

 砂夜子も東京の高等女学校から、西日本の高等女学校へと移った。



大正十二年〔1923年〕九月一日・午前十一時五十八分・相模湾を震源とする直下型地震『関東大震災』発生、死傷者多数。


安政二年〔1855年〕『安政の大地震〔江戸地震〕』発生、死傷者多数。


安政五年〔1858年〕江戸の町にコロリが蔓延、多数の死者が出る。


江戸美少女剣士【砂夜】大正浪漫剣~おわり~

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江戸美少女剣士【砂夜】大正浪漫剣 楠本恵士 @67853-_-

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