中庭カップル席

口一 二三四

中庭カップル席

 購買部で買ったお昼ご飯を手に外廊下から中庭へ向かう。

 三方を校舎で囲まれたそこは、用務員の人が毎日手入れしているのもあって美しい景観を保っている。

 青々と茂った芝生は座り心地がよさそうだけど、残念なことに立ち入り禁止。

 植えられた低木の傍には芝生の代わりにとベンチが置かれ、調和のとれた緑を楽しみながら食事をする喜びを許されている。

 その内の一つ。椿か柊かどっちだったか忘れた低木の傍にあるベンチへ腰かけホッと息を吐く。

 寒くも暑くもないこの時期はみんな好んで外で食事をする。

 グラウンド脇の木陰、図書室横の花壇近く。そしてこの中庭。

 いつもであれば既に席が埋まり満席状態なのだけれど、今日は何故か一か所だけ空いていた。

 天気は晴れ。風は心地よい。

 こんな日に外で食べないのはもったいなく思っていた矢先発見した丁度いい場所。

 せっかくのチャンスを見逃せるはずもなかった。


「う~ん、いい天気~」


 気が緩んだのもあってわりと大きめな一人言が口から出てしまう。

 一瞬ハッと口元を隠したけれどもう遅く、恥ずかしくなって買ってきたカフェオレにストローを突き立てる。

 飲み口に唇を重ね流し込むと、ここまで早足で来たのもあっていつも以上に体に染み渡る気がした。

 よく冷えたカフェオレが口から喉からお腹へ落ちていく感覚に幸せを感じながら、袋から本日のお昼ご飯であるサンドイッチを取り出す。

 ハムとタマゴが挟んであるシンプルさは、だからこそ素材本来の味がパンと合わさって美味しかった。

 サンドイッチを食べて、カフェオレを飲む。

 何度か往復しながら改めて周りを見ると、自分が座っているベンチ以外が全て埋まっているのに気がついた。

 人気スポットではあるので当然と言えば当然なのだが、今日に限っては二人連れが多い。


 具体的に言うと私のベンチ以外全てがカップル席になっている。

 右を向けば清楚そうな女の子と体格のいい男の子がイチャイチャ。

 左を向けばギャルっぽい女の子とチャラい男の子がイチャイチャ。

 遠くでは物静かそうな女の子と優しそうな男の子がイチャイチャ。


 どこもかしこもイチャイチャパラダイス。

 カップル同士の甘ったるい空気で中庭を染め上げている。

 それに胸焼けを起こしそうになってカフェオレを飲む。

 口の中に広がる甘みと苦みが肺からのカロリー摂取に喘ぐ私を冷静にさせた。

 どうして今日に限ってベンチが空いてたのか。

 疑問に思っていたけれど、なるほど。

 偶然か必然かできた中庭カップルエリアのせいで踏み込めなかったのか。

 サンドイッチを頬張りふむふむと頷く。

 恋人がいるならまだしも、このイチャイチャが渦巻く中一人でご飯を食べるのは勇気がいる。

 過ごせば過ごすほど「なんでこんなところで食べてるんだろ」ってなるだろうし、「なんで一人で食べているんだろう」と奇異な目で見られてしまう。

 今の私がまさにそうだ。その証拠に左のギャルチャラカップルが私を見てヒソヒソクスクス笑っている。


 ちくしょう……私はただこんないい天気の日は外で食べた方が絶対気分がいいと思っただけなのに……ちくしょう……。

 外廊下歩いている時によく確認しておけばこんな肩身の狭い思いしなくて済んだのに……ちくしょう……。


「いたいた」


 なんとも言えない負の感情が押し寄せ猫背になっている私に影が落ちる。


「ごめんごめん。購買混んでてさ」


 知っている声に顔を上げると、同じ部活の先輩がビニール袋片手に立っていた。


「あーもうだいぶ食べてるよな。ほんとごめん」


 先輩は横に座ると、袋の中から私が買ったのと同じサンドイッチとカフェオレを取り出した。


「…………へっ?」


 どうしてこうなった。

 わけもわからず首を傾げてしまう。

 確かに先輩は同じ部活でよく話をして盛り上がる人ではあるけれど、部室以外で一緒にいることはほとんどない。

 当然先程言われた『一緒に食事をする予定だった』みたいな約束なんてあるわけもなく。


「……えっと、なんで?」


 私からしたら突然現れて突然同席してきたことになる。

 不信感、は人となりを知っているから湧かないけれど、何故と言う疑問は出てくる。

 恐らく間抜けな顔をしているであろう私をチラッと見た先輩は、そのままギャルチャラカップルの方に視線を動かし、辺りを見渡し。


「……廊下から中庭見たら一人で居心地悪そうにしてたから来た」


 周囲に聞こえないよう小声で真相を話した。

 聞いて、あっ、そういえば。

 先程まで視界の端に見えていたカップル達のぼっチラ見が無くなっている。

 なんなら「なんだキミにも恋人がいたんだね」みたいな優しい雰囲気になっている。

 手のひら返し早いなコイツらと威嚇しそうになる。


「……まぁ、俺とメシするのがイヤなら消えるけど?」


 そんな私の様子を笑いながら観察する先輩の、冗談だとわかるけれど、嫌と言えば本当にどこかへ行ってしまうかも知れない言葉に。


「嫌っ! 先輩どこにも行かないでっ!」


 部活中のノリを引き出してきて。


「あっ、ちょ、飲んでる時にくっつくなってっ!」


「私を捨てないでっ!」


「誰が捨てるかっ!」


 逃がしてなるものかと強く強く抱き着いた。

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