第3話 新幹線NTR怪物 ナットウリオン

 N700Aのぞみをまんまと乗っ取り、「新幹線」という優れた足を手に入れた巨大納豆は、猛スピードで西へと突き進んでいた。あれよあれよという間に東海道、次いで山陽道を走り抜けた納豆新幹線は、終点である博多駅でようやく停車したかと思えば、今度は800系つばめの車両に

 800系つばめの車体を覆い尽くした納豆は九州新幹線の線路を使って南下した。そうして、遠路はるばる新幹線の終着駅である鹿児島中央駅に至ったのであった。東京から鹿児島中央駅を走破したのである。ひどい無賃乗車というより他はない。

 鹿児島中央駅は、本州と九州を繋ぐ新幹線の終着駅である。これ以上の新幹線移動はもうできない。納豆は駅の中で元の山のような形へと戻ると、そのまま駅の外へと出て駅前を這い回った。鹿児島市の市街地が、東京のようにネバネバで覆われていった。


 次はとうとう航空自衛隊の出番となった。支援戦闘機、つまり海外でいうところの攻撃機のお出ましである。爆装したF-2支援戦闘機が、南下中の納豆を空爆すべく編隊飛行し鹿児島へと急行した。

 F-2の編隊はミサイルを用いて容赦なく航空攻撃を浴びせた。戦車のような重装甲の装甲戦力であっても食らえばひとたまりもない攻撃である。F-2が搭載しているのは元々敵の艦船を攻撃するための対艦ミサイルであるから、その威力は折り紙付きだ。

 けれども、否やはりというべきか、納豆は対艦ミサイルによる猛烈な空爆の中でも生き延びた。まるで豆腐にかすがいとばかりに、爆撃の中でも納豆は南へ進むのをやめなかった。


 これほどの火力をもってしても足止めすらできない巨大納豆。それに対する希望は、ANTが提案した塩水ぶっかけ作戦のみであった。

 この時すでに東京で塩水が集められていたのだが、納豆が九州に移動してしまったことでまた新たに現地で集め直すこととなった。輸送するよりはそちらの方が早いからである。

 

 眩しい朝の陽射しの下、封鎖された道路には、自衛隊のトラック数十台と、ホースを握った迷彩柄の男たちが並んでいた。トラックに積まれているのは、熱した塩水の入ったタンクである。その前からは、映画の巨大怪獣のように大きな納豆が迫っている。


「放水開始!」


 その指示の下、タンクに接続されたホースを伝って、熱した塩水が浴びせられた。塩水の当たった場所からは、水しぶきとともにゆらゆらと湯気が立っている。

 塩水を浴びせられた納豆には、はっきりと変化が現れた。あれほど爆撃されてもどこ吹く風であった納豆の巨体が、だんだんと崩れ出したのだ。


「やった! 効いてるぞ!」

「行けるぞ! このまま死にさらせ納豆野郎!」


 現場の自衛隊員たちは、歓喜に沸いていた。今までどんなに攻撃を浴びせても動じなかった相手が、今こうしてぐずぐずに崩れていっているのだ。その喜びもひとしおというものである。

 塩水の放水が終わるころには、もう巨大納豆は完全に崩れていて、大型犬のような大きさの大豆だけがごろごろと転がっていた。


 勝利であった。圧倒的な勝利であった。現場の自衛隊員の中で、歓声を上げない者はなかった。

 その狂騒の中で、ただ一人、異変に気づいた者がいた。


「おい、あれ見ろよ……」


 その年若い隊員が指差した方には、黒くて丸い石があった。表面はごつごつしていて、所々に光を反射する粒が混ざっているのか、まだらに小さくきらきら光る部分がある。

 その黒い石に、周囲の大豆がまるで磁力に引っ張られているかのように引き寄せられていた。みるみるうちに集まっていく大豆たちは、やがて元のようにネバネバを出しながらくっつき、むくむくと膨れ上がっていく。

 納豆が大きくなっていくのに反比例して、隊員たちの顔から喜色が消えていく。そして、ほんの数分程度で、納豆はその巨大な体を取り戻してしまった。


「何だと!?」

「奴ら復活しやがった!」

「塩水は!?」

「もう空っぽだ!」

「畜生! 何てこった!」


 この時すでに、熱した塩水は全て放水し尽くしてしまっていた。再び巨大となった納豆が地面を這って通り過ぎていくのを、自衛隊員たちは落胆の表情を浮かべながら指をくわえて見ているしかなかった。


***


 塩水ぶっかけ作戦でも、巨大納豆の完全な鎮静化は不可能であった。しかし、効き目が全くなかったわけではない。ほんの一時的にせよ納豆の体は崩れ、ばらばらになったのだ。この結果は、少しばかりの希望を見せてくれた。


「MN-1は納豆工場に落ちた隕石を核としてそこから納豆を操り、自らの身を守ると同時に移動手段としているのだ」


 宇宙生命体分析班は、そういった仮説を立てた。巨大納豆の発生地点となった納豆工場に隕石の落下があったという目撃証言は、すでにANTの把握するところとなっていた。

 ANTはすでに多くの情報を得ており、それを関係機関と共有していた。MN-1はどうやら細菌類に干渉して操ることができるようで、彼らは移動と自己防衛のためにこの能力を使い、たまたま隕石の落下地点にあった納豆に含まれた納豆菌を操って巨大化させたということである。

 彼らには脳や神経などの器官が備わっていることは初期の段階で分かっていたが、先の新幹線の件から、相応の知性や学習能力を持つことも分かった。納豆を使って新幹線を運転し日本を横断するなどという芸当は、知性以外に説明のしようがないからである。


 霞が関に置かれたANTの対策本部では、次の対策が話し合われていた。

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