第2話 巨大納豆東京を襲撃
一方、政府は自衛隊による武力行使と並行して、別建ての計画も進めていた。内閣官房から出向させた
納豆が中野区に入った頃、ANTは非常に重要と思われる情報を掴んでいた。それは、納豆が這った後のネバネバから採取されたものであった。
「納豆の中に、ミドリムシ大の宇宙生物がいる」
ネバネバの中から、未知の生物の死骸と思われるものが検出された。分析を進めていくうちに、その生物には脳や神経といった組織が存在すること、繁殖サイクルが恐ろしく速く、たった一日で誕生から生殖そして個体の死を迎えること、嫌気性で空気に触れると弱り、生殖能力を喪失することなどの生態が明らかになった。
「これはまさしく未知の宇宙生命体です。彼らがあの巨大納豆を操っているのでしょう」
解明した大学教授たちは、皆して異口同音に驚愕していた。納豆工場に落下した隕石によって運ばれてきたことはこの時すでに判明していたため、隕石の英語名
巨大納豆に関する正体について多少の情報は得られたが、納豆の侵攻を止めるための手掛かりを手にしたわけではなかった。
ヘリによるミサイル攻撃の失敗後、最初に討伐方法を提言したのは、文科省から出向してきた
「ロック作戦だ! ロック音楽を聞かせて退治するのだ」
彼の発言は一見突拍子もないもののように聞こえるが、実はきちんと理由がある。納豆が地面に残したネバネバからは、ほんのわずかであるが生きた状態のMN-1も採取された。それらに音楽を聴かせる実験を行った所、とあるロックバンドの楽曲が流れた際に突然暴れ出し、程なくして死亡したのである。
かくして戦車と榴弾砲による砲撃作戦の失敗後、東へ東へと突き進む納豆を待ち構えるように、道路の左右に巨大スピーカーが設置された。
「音楽が効くのかよ」
「マーズ・アタックじゃねぇんだぞ」
敷設作業にあたった自衛官は口々に言い合った。皆この作戦には疑いしか抱いていないようである。
いよいよ、巨大納豆が道路を這い、スピーカーの方に近づいてきた。それを見計らって、件のロックバンドの楽曲が大音量で流された。
爆音で流されるロック音楽が、人一人出歩いていない市街地に鳴り響く。対策本部のモニターの前で、ANTのメンバーたちは固唾をのんで状況を見守っていた。
納豆は、爆音何するものぞと言わんばかりに道路を這っていた。
「納豆のネバネバは爆発の衝撃さえ吸収してしまったんだ……音楽なんかが効くはずなかった……」
星はモニターの前で、がっくりと肩を落とした。
後で分かったことであるが、このMN-1は確かにロック音楽、というより騒がしい音声に弱いことが分かった。しかしネバネバに覆われていては空気の振動である音の威力は減衰してしまう。失敗の原因はそう結論づけられた。
***
次にアイデアを出したのは、坂崎という老女であった。納豆工場の社長である。
「熱した塩水を浴びせるというのはどうでしょう」
この老齢の社長は、顔の印象の通りの穏やかな声色で言った。
「確か……納豆の糸は味噌汁で切ることができると昔姉に教わりました」
「その通りです佐竹さん。よくご存じですね。納豆の糸は熱と塩分に弱い、というのが実態なのですけれども」
流石は納豆工場の社長である。納豆の性質について、彼女は熟知していた。
早速、リーダーの佐竹は大量の食塩水を用意するように手配を進めた。巨大納豆討伐作戦第二弾「塩水ぶっかけ作戦」への準備を進めつつ、ANTは納豆の行方をじっと観察した。
巨大納豆は陸上自衛隊による抵抗を受けることなく、東京駅へとたどり着いた。関東一帯に貯蔵されている砲弾を撃ち尽くしてしまったため、陸上自衛隊には納豆の東京駅襲来を防ぐ手立てがなかったのである。東京駅周辺は封鎖され、人々はすでに避難していた。新宿の時と同様、人一人いない不気味な東京駅がそこにはあった。
東京駅にたどり着いた納豆は、東海道新幹線の線路内に侵入すると、そこに放置されていたN700Aのぞみに覆いかぶさった。ねちょねちょと納豆が蠢きながら、徐々にその体を薄く引き伸ばして車両を覆っていく。
そして、納豆に隙間なく完全に覆われた新幹線は、そのまま南に向かって走り出した。
「な、何だ!? 納豆が新幹線を!?」
ヘリによって空撮された映像を見た佐竹は、納豆に覆われた新幹線が走り出すや否や、緑茶を噴き出して叫んだ。
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