アタック・オブ・ザ・ジャイアント・納豆 ネバネバのネバーランド

武州人也

第1話 隕石からの物体NATTOU

 寒さの厳しい日であった。鉛色の空の下で、冷たい北風が吹いている。この日、空の鉛色を突き破って、黒い物体が宇宙より飛来した。


 その隕石は、東京西部某市の納豆工場を直撃した。砲弾の如くに天井を突き破った宇宙そらからの贈り物は、パック詰めの納豆を発酵させている高温のムロに飛び込み、着弾とともにけたたましい音を立てた。

 えらい音がした、と、三十がらみの女性従業員がムロの方を覗きに行った。轟音は、ムロの方から聞こえたからである。

 出荷前の納豆に何もなければいいが、きっとよからぬことが起こったに違いない。そういった懸念を抱きつつ、女性従業員はムロの扉を開けた。


 彼女が見たのは、信じられないものであった。


「きゃあああああああ!」


 甲高い叫び声が、工場中に響き渡った。


***


「な、何だあれは!」

「でっかい納豆だ!」

「逃げろ!」

「うわぁ! 助けてくれ!」


 住宅街を、ネバネバした巨大な何かが這っている。逃げ遅れた一人の男が、そのネバネバの中に呑み込まれてしまった。

 東京西部の某市から、突如巨大な物体が出現した。ナメクジのように這いまわって住宅街を呑み込みネバネバにしていくそれは、見た目も匂いも納豆としか思えなかった。

 見上げるように巨大な納豆の出現は、人々にパニックをもたらした。納豆に呑み込まれた人間が呑まれたまま出てこなくなったことで、納豆の襲撃に遭った地域の人々ははっきりと「あれは害をなすものだ」と認識したのである。

 巨大納豆は、東へ向かって突き進んでいた。このままでは被害は拡大するばかりであり、市民生活の崩壊は必至であった。事実、納豆の這った後に残されたネバネバによって交通の麻痺が引き起こされ、物流が滞っている現状がある。

 流石にこれには政府も静観してはいられなかった。緊急対策本部が設置され、予測進路上の住民を対象とした避難と、巨大納豆に対する武力行使の命令が下された。


 巨大納豆は武蔵野市、次いで杉並区を通過し、中野区へと侵入していた。このまま指を咥えて見ていれば、きっと納豆は都心部へと侵入し混乱をもたらすであろう。陸上自衛隊の攻撃ヘリ部隊がすぐさま急行し、これを迎え撃った。

 陸上自衛隊のヘリパイロットたちは、全く信じられないものを直に目の当たりにした。アスファルトの道路の上を、高さ数十メートルもあろうかという納豆の塊が這っている。その這った跡は糸を引き、ネバネバが残されていた。


「すげぇな……ゴジラみてぇにでっけぇ納豆だ」

「オレぁ納豆嫌いなんだよ。ミサイル攻撃を食らえ!」


 横並びに飛行する攻撃ヘリ「コブラ」から、一斉にTOW対戦車ミサイルが放たれる。有線誘導されたミサイルは茶色いネバネバの物体に向かって飛来し、赤い炎とともに爆風を巻き起こした。


「やったか!?」


 やがて、爆風が晴れる。そこには、何の痛痒つうようも感じていないかのように地面を這う巨大納豆の姿があった。ミサイル攻撃は功を奏さなかったのである。


 攻撃ヘリ部隊が撤退した後も、納豆は東に進路を取り、道路を這っていた。そしてとうとう、新宿駅を納豆が襲った。

 天を貫かんばかりのビル群、その間を、納豆は我が物顔で闊歩していた。戒厳令が敷かれているせいで、ぞっとしてしまうほどに人気のない新宿駅がそこにはある。納豆に這い回られた新宿は、納豆特有の茶色いネバネバで覆いつくされた。その様子は、まさしく納豆の天下を思わせるものであった。

 納豆が中央線沿いに東進していることを考えれば、このままでは次には東京駅を納豆が襲うであろう。何としても、納豆を止めねばならない。

 

 出動した機甲科や野戦特科は、都庁を背に部隊を展開させた。10式戦車や99式自走155mmりゅう弾砲などの装甲戦力が、居並んで主砲を対岸に向けている。

 その目の前に巨大納豆が姿を現した時、並んだ火筒ほづつが火を噴いた。地を震わせんばかりの轟音とともに放たれた砲弾が、地を這う巨大納豆に着弾する。富士の総合火力演習でも見られないような、大迫力の一斉砲撃であった。まるで怪獣映画のワンシーンである。


「ゴジラならともかく、納豆ごとき戦車砲で一撃……は?」


 10式戦車に乗り込む戦車兵の一人が、素っ頓狂な声を漏らした。煙が晴れたそこには、何の傷も追っていない納豆が這っていた。

 結局、砲撃にも効き目はなかった。巨大納豆のネバネバはミサイルや榴弾などの衝撃を吸収してしまうようだ。先のヘリによるミサイル攻撃同様、何の効力も示さなかったのである。

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