街娘サーシャは遭遇する

街娘サーシャは朝の習慣で井戸に水をくみにでていた。


サーシャの家は街はずれの森の近くに建っている。そして井戸は家よりさらに森に近い場所にある。

サーシャは数日前に外の街に働きにでている父親が隣の町に入ったと聞いた。数日滞在してから帰ってくるとは言え、サーシャの父は整備された街道ではなく、森を抜けて正真正銘一直線に家まで帰ってくる。


通常4日はかかる道のりも2日で走り抜ける。となるともうそろそろ帰ってくる計算だ。

いつもは面倒だと思う水くみも、父が帰ってくる森の前兆を先に把握できるとなれば率先して向かうというものだ。


明日か明後日か、と街で聞いた情報から考えていたサーシャは同時に不愉快な話まで思い出していた。


街に来ている商人や旅人たちから勇者一行の話を聞いたのだ。いわく、道案内として雇った傭兵が手癖が悪く、アイテムやパーティーのお金を持ち逃げした。いわく、傭兵は弱いにもかかわらず勇者たちの戦闘に飛び込み足を引っ張っている、その上まるで功績が自分にあるかのようにふるまっている。いわく、傲慢で人として最低であり、かの聖女にすら嫌われているなどなど。


サーシャはその傭兵が父であることを知っている。街に住む人間も知っているし、サーシャの父の人物像から乖離したうわさ話に笑っている。

サーシャとて自分たちを知りもしない人間がどう噂しようと気にもならないが、それでもいい気はしない。さらに言うならそんな噂が流れるような態度をとっている勇者一行が気にくわない。そしてそんな人たちに合わせて移動していたせいで父の帰りが遅くなっていることが一等気にくわないのである。


街娘サーシャは家族が大好きであった。


「嫌なこと思い出した・・・・」


大きなため息をつき、今日も父は帰って来なさそうだな、と森の様子を見て井戸を離れた。










「ただいまー」

「おかえりなさい」

「おかえりー」


サーシャが家に帰ると朝ご飯のいい匂いがしていた。

朝の水くみがサーシャの仕事であるなら朝ご飯は弟アウルの仕事であった。

母は早朝の畑仕事を終わらせ洗濯に取り掛かるところである。

サーシャの家では皆の仕事が決まっている。代わるときもあるがおおむね力仕事はサーシャ、魔力が必要な仕事・繊細な仕事はアウル、それ以外の家事を母と決まっている。

街娘サーシャの家族は凄腕傭兵の父親と街でも評判のおっとり美人の母親、それに魔力の才のある3歳下の弟の4人家族である。サーシャ自身は家族に比べると美人でも魔法が上手なわけでもないと思っているが、彼女もきりっとした目鼻立ちに母親似の豊満な体つきは同世代のなかでも目立つ存在であるし、弟のように魔法を使いこなすことはできないが、それでも父親から教わった体術では今のところ同年代の男にも負けなしである。


「どうだった?お父さん帰ってきそう?」


「んー森の様子は変わってなかったから今日は帰って来ないと思うよ。」


サーシャは水を台所の甕の中に移しながら母に答える。


「父さんのことだから騎獣で森の上抜けて高速帰宅したりして!」


そんな姉と母に料理を盛り付けた皿を手にした弟のアウルが茶化すように声をかけてきた。母はそんな弟アウルの言葉に肩をすくめるがサーシャは父ならありえそうと思う。


「それはさすがにないでしょう?」


「今回長かったし、なんか色々噂も流れてるぐらいだからもしかしたらアウルの言うみたいにして帰ってきたりして」


街の噂に聞くような対応を勇者一行が行っていたら、父といえど堪忍袋の緒が切れて飛び出してもおかしくはない。


ギャァ ギャァ ギャァ

バサバサバサッ


なんて話をしていたら突然森の方で鳥たちが騒ぎ出した。


ガタンッ


「母さんは裏口からお願い。アウルは私が出た後魔法陣敷いて。」


サーシャの家は街はずれ、森の近くにある。街には侵入者知覚と魔物の侵入阻止の魔法陣が敷かれており、反応があった場合すぐに警邏隊が駆けつけてくる。もちろん街はずれとはいえサーシャの家もその魔法陣の範囲内ではある。が、街の中心部に比べると警邏隊が来るまでに時間がかかる。そこまで自分たちで対応しなくてはならない。


とはいえ、森の近くに住んでいる以上こういった状況もなくはない。

というよりも、こういった緊急事態のためにサーシャたち家族は森の近くに住んでいるのである。なので騒がず、焦らず、決めてある通りの役割をこなすのみである。


父がいない以上先陣はサーシャである。アウルは後方支援、母はさらにその後方で街への被害を出さないように動くのである。


バサッバサッ

ズシンッ


呼吸を整え扉を開けようとした瞬間、家の外に何かがおりてくる音がした。


「「ッ!」」


「あら」


まさか、ここまで侵入してくるなんて、森の様子を読み違えた、と予想外のことに息を詰める子供たちをしり目に母は軽く扉を開けた。


「「母さんっ?!」」


慌ててサーシャが母の前に出ようと扉の外に飛び出すと、目の前には巨大な爪と強固な鱗、そして雄大な翼をもつ四足竜がいた。


「っ!なんで竜が・・・・!母さん下がって!」


急いで母を背にかばうが、母はそんなサーシャの肩に手を置き四足竜に向かって声をかけた。


「おかえりなさい」


「母さんっ!って、え・・・・?」


サーシャに1歩遅れてアウルも外に出てきたが、家の前の竜に一瞬焦り、すぐにその竜から降りてきた人物に姉とそろって意表を突かれた。


「あぁ、今帰った。」


「「と、父さん・・・・?」」

























「ははははは!それでサーシャもアウルも素っ頓狂な顔してたのか!」


四足竜は父ガルムの騎獣であった。


「そんなに笑わなくていいじゃん。」


「そーだよ!家出た瞬間、竜が見えて俺一瞬死んだと思ったかんね!」


「悪かった悪かった。俺がいない間もいつも通り務めてくれてたみてぇだな。ありがとな。」


家の前に竜で乗り付け、自らの子供たちに一瞬とはいえ死を覚悟させたにもかかわらず、父親は話を一通り聞いて大笑いしていた。


子供たちの表情がおかしかったことや、娘も息子も自らの母親を守ろうと竜に立ち向かってきた成長を感じたことに機嫌がうなぎ上りである。

何と言っても前の街までの同行者が同行者であったので、やっぱり自分の家族が一番いいな、と改めて実感していたりもするのである。


そんなことなど知らぬサーシャは恥ずかしいような、父親に褒められてうれしいような、口元がむずむずするような気持に苛まれていた。

弟のアウルの方は素直に父親に突っかかり、むくれ、じゃれついていた。


「はぁ、まぁいいや。それにしても早かったね。明日か明後日ぐらいだと思ってた。というか父さんが騎獣持ってたことに驚いた。」


「そう、それ!なんで竜なんてかっけー騎獣持ってたのに教えてくれないんだよっ!俺乗ってみたい!」


「あ?サーシャには言ってなかったか?スマンスマン。アウルは言ったらそうやって大騒ぎするだろうが。」


「聞いてないよ・・・・」


サーシャは父親からの大暴露に力が抜けた。言ってなかったか?ってなんだよ。

ギャァギャァ騒ぐ3人のところにお茶を入れて持ってきた母が父親の隣に座りながらサーシャたちに声をかける。


「まぁ。じゃあ森の中をどうやって突っ切って帰ってきてると思ってたの・・・?」


「「徒歩」」


至極当然と答える子供たちに夫婦は顔を見合わせた。

子供たちが父親を尊敬していることは知っていたが、通常人として不可能なことすらもできると妄信しているとは思っていなかった。


「「・・・・」」


「いやいや、さすがに俺でも徒歩で森を1日で抜けたりしないからな」


「父さんならやると思ってる。」


「父さんだからできると思ってた。」


姉弟の父親に対する意識の違いが明確になった瞬間である。








 ▼次回


「若者アウルは逃避する」


若者アウルは逃げきれるのか?!



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巷で流行りと噂のパーティー追放とやらに合ったみたいです 葉月卯平 @pharm23101

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