盾役は帰りたい

 勇者一行の盾役エンは胃がキリキリしていた。




 今日も今日とて、朝食の席で聖女アンジェが傭兵ガルムに食って掛かり、それをいなしていると今度は勇者エリクが怒り出す。賢者エリーと魔術師リリカは別のテーブルで優雅に紅茶なんかをすすっていて……


 さっさと朝食を済ませた傭兵ガルムは日課のために席を外すが、追いかけようとする聖女とその聖女を追いかけようとする勇者をどうにかなだめてやっと落ち着いた朝食となった。




 いつも日課のために早めに朝食をとる傭兵ガルムと文句を言いながらその時間にわざわざ合わせて朝食をとろうとする聖女。その聖女に合わせる勇者。本当であれば無視してしまえばいいことなのだが、一度放置したところ宿屋が吹き飛んだ上に一日中大変な目にあったので、それ以降必ず傭兵・聖女・勇者が集まるところには一緒に入るようにしていた。




 ――聖女様も一々突っかかるな……どこの拗らせ小娘だ


 偽らざる盾役エンの本音である。




 最初はあの聖女が嫌う人物とはいったいどれほど嫌な奴であろうかと胃をキリキリさせていたが、ふたを開ければ傭兵ガルムは盾役エンが驚くほど寛大な人物であった。


 もっとも、付き合っていくうちに傭兵ガルムは寛大なのではなくこの二人にまったく興味関心がないことに気が付いたが。




 そんな自分たちが世界の中心である青少年二人とは異なり、いい大人である盾役エンはどうにかこの二人と傭兵ガルムの間を取り持ちながら主都から5つほど街を旅してきた。途中で傭兵ガルムに二人にもう少し対応できないか相談したり――さらに被害が拡大したのでやめてもらった。傭兵ガルムに慰められた――二人を諭そうと時に一緒に、時に個別で話をしたり――一切聞き入れてもらえなかった。傭兵ガルムに愚痴を聞いてもらった――主都に役割変更の依頼を出したり――いまだ返答はない。傭兵ガルムと酒を一晩飲み明かした――色々、本当に色々とちょっとしたことから宿屋が吹き飛ぶようなことまでしてきたが、全く変わることがなかった。今はもう街々でよく効く胃薬を買いだめするのが趣味になりつつある。




 そんな胃痛とお友達になりつつある盾役エンが改めて胃がキリキリする、と胃を押さえたのは勇者と賢者、魔術師が宿の裏庭から連れ立って戻ろうとしているところに出くわしたからである。




 勇者・聖女・盾役と傭兵ガルムは主都から同行しているが、賢者と魔術師は今の街のひとつ前の街で仲間になった人物である。やっと、盾役エンの苦労を分かち合ってくれる人物が増える! と喜んだのもつかの間、この二人はまったくもってこちらに興味を持っていなかった。賢者エリーは一部の人間以外をみなバカにしており、魔術師リリカは魔術の使えない人間は無価値だと思っていた。この二人にとっては聖女と勇者は自分の名声を高めるための道具、盾役はそんな道具たちの世話役、傭兵ガルムに至っては、魔術も使えない底辺の人物のくせに自分たちの名声の邪魔をする人間。といったくくりで見られていた。


 この二人にとって自分たち以上に魔物を倒している傭兵ガルムはこの上なく邪魔な存在であった。しかもこの傭兵がいることで聖女と勇者が様々な問題行動を起こすとくれば、彼女たちからしたら排除するのにためらいなど全くないだろう。


 そんな傭兵ガルムを排除したい三人がそろって、傭兵ガルムが日課をこなしているであろう裏庭からそろって、しかも上機嫌で出てきたとなると盾役エンの胃がキリキリと痛むのも無理はないというものだ。


 破壊音などが聞こえないことから特に宿屋に被害は出ていないであろうがそれがかえって不気味でもある。




 ゆっくりと裏庭に顔を出すと、そこでは剣を手に立っている傭兵ガルドが見えた。




「ヒッ」




 特に何かをされた様子はないが、思わず悲鳴が漏れ出るような気迫が傭兵ガルムから漂ってきていた。




「よぉ、エン。一つ聞きたいんだがよぉ。」




「ハイなんなりとっ!!」




 盾役エンは自分の出せる速さの限界以上の速さで、傭兵ガルムの前に直立していた。




「おれぁさっき初めて知ったんだがよぉ、俺は勇者一行の仲間だって?」




 ゆっくりとした喋りが余計に恐ろしい。




「さっき勇者の野郎が俺を追放だなんだと、騒いでいたが。万が一にも俺が勇者一行だと世間に公表でもしてんだとしたら、それは契約違反ってやつだよなぁ?俺は今から主都に行って大臣やらの首もらってこなきゃいけねぇか?」




「ひぃっ。だ、大丈夫です!!!! 勇者一行の中にガルムさんのガの字も出ておりません! これまでの道中もたまたま行き先が同じだった傭兵が勇者を道案内していることになっております! これにもガルムさんの名前は一切出ておりません!!!」




「そうかい、そりゃぁよかった。いい年した大人の奴らまであの脳内お花畑殿とおんなじだと、頭すげ替えに行かねぇといけねぇからなぁ。」




 ――それは頭=国王ということでしょうか?!




「こ、国王様はガルムさんが間違っても勇者一行に名を連ねたくないこともご存知ですし、今回同行していただけているのもガルムさんが帰郷する途中の道すがらで、ガルムさんのご厚意によるものだということは重々ご理解されております!!」




 盾役エンは直立から土下座の体制になり地に頭を埋めんかの如くである。


 傭兵ガルムはそんな様子を見て少しは落ち着いたのか、もう最初ほどの気迫は感じることはない。だが、これまでのような気やすい感じでもなく油断できない相手と対峙しているかのようである。




 盾役エンはこの時ほど自分の幸運を恨んだことはない。


 おそらく今盾役エンが来ていなければ傭兵ガルムは国王をはじめとした国の上層部に不信感を抱き何をしたかわからない。そんな未曽有の危機を脱することができたことはこれ以上ない(国にとっての)幸運である。一方私人のエンとしてはせっかく仲良くなった友人が自分を敵とまではいかないが信用できない人間として見られていることに、この場に居合わせた己の間の悪さを思わずにはいられなかった。




「あぁそう。あんたが謝ることでもねぇが、近衛兵副団長からの謝罪として受け取っておく。本来なら次の街までの予定だったが、これ以上あの頭のおかしい奴らが好きにさえずるのも困るんでな。悪いが俺は一足先に帰るぞ。次の街までは俺の名前が通るが、まかり間違ってもそれ以降の街で俺の名前を出すんじゃねぇぞ。てめぇらがどうこうなるのは自由だが俺の家族までとばっちりが来たら何するかわからんぞ。」




 土下座する盾役エンにそう告げると傭兵ガルムはさっさと裏庭から立ち去って行った。おそらくそのまま次の街の家族のもとへ帰るのであろう。








 傭兵ガルムは知る人ぞ知る街の英雄だ。


 数十年前に主都近隣で暴れていた盗賊団を一斉摘発する際に活躍したのが傭兵ガルムその人である。


 盗賊の数も被害者も多くいまだにその傷は癒えていない。いったいどんな逆恨みがあるかわからないため傭兵ガルムは自らの功績をすべて国の騎士団に帰属させ事情を知る人間には誓約まで使って口止めしている。だからこそ一定の年齢以上の一部の人しか傭兵ガルムのことは知らない。




 主都からここまでたどった街は傭兵ガルムの両目がまだ健在であったころに、傭兵ガルムによって盗賊から救われた街である。その後も傭兵ガルムとその仲間によって治安も守られてきた街である。だからこそ現在も栄え、古き英知が残っており、まだまだひよっこの勇者たちが最初に通るように計画された街である。


 そして次に行く予定だった街を守った際に傭兵ガルムは隻眼になり、それ以降名を出すことも姿を見せることもせず、国を巻き込んでの盗賊の討伐を行うようになったのである。


 その際何があったのか、盾役エンは知らない。当時の仲間だった傭兵団もいつの間にか傭兵ギルドなるものをつくり方々へ散っていった。




 正直なところ、次の街を抜けた先は未だ盗賊たちの残した爪痕から回復しきれていない。当然である。野山は焼かれ、池や井戸の水には毒が投げ込まれ、人は殺された。


 盗賊こそ捕まったが被害が大きすぎ、盗賊の頭目が捕らえられてから10年、国からの補助は十分ではない。




 それでもどうにか街らしきものができたのは傭兵ガルムの仲間たちが傭兵ギルドを通して最低限の物資の流通を行ってきたからである。それでも、家族を殺されたもの、盗賊の被害者たちは国や傭兵ギルドを恨んでいる。なぜもっと早く助けてくれなかったのか、なぜ被害の少なかった街ばかりが栄えるのか。逆恨みであることは重々承知であるが、直接の憎悪の対象がもう存在しないため感情の持っていく場所がないのである。今は魔物の被害もあり目先の危機への対応で手いっぱいであるが不満がどこから噴き出るかはわからない。


 国は今回の魔物を勇者たちに排除させ、遠因となっている魔王を倒すことで国の信頼を取り戻そうとしているのである。


 そんな状態のところへ現状の勇者一行が向かうとどうなるか……盾役エンはさらに胃が痛くなる気がした。




 とにもかくにもまずは暴走するであろう聖女をどうするか。賢者と魔術師には傭兵カルムを追い出した責任として嫌がろうが何だろうが手伝ってもらう。


 自分たちの名誉のためでもあるのだ。手伝わないわけにはいかない。ここで一行を抜けるわけにもいかない。先の街で早々に勇者一行に名を連ねてもらっている。ここで抜けたらそれこそどこに行っても魔王討伐から逃げ出した臆病者・卑怯者としてそしられるのだから。






 どうにか立ち上がりながら傭兵ガルムが去って行ったほうを眺める。彼の技術ならもう街を出て森に差し掛かるころだろう。これまでと違ってレベルアップのための戦闘も、聖女に合わせた休息も必要なくさらには彼には騎獣のスキルもあったはずだ。


 明日には愛しい家族と抱擁でも交わしているであろう。




 ――名誉ある任務だと受けたが、こんなことならば他の奴に押し付けておけばよかった。家に置いてきた生まれたばかりの娘の顔がよぎる。妻のふくよかな胸に顔をうずめて眠りたい。




 近衛副団長として団長からは信頼され部下にも慕われていた盾役エンは家族に会いたくてちょっとだけ泣いた。




「あぁ、俺もおうちに帰りたい」






 ▼次回


「傭兵ガルムは家族を抱きしめる」


 娘サーシャは父を魔の手から守れるか?! 

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