聖女様の恋模様

聖女アンジェは激高した。


傭兵ガルムを追放した勇者たち三人に今まで見せたこともないような怒りを見せていた。




「ガルムさんを追放したってどういうことなのですかっ?!!」




対する勇者エリクは聖女アンジェの剣幕におびえ身をすくませていた。




「お、落ち着いてくれよ。追放したって言っても、別に殺したわけじゃないんだ! 俺たちは十分強くなったし、あいつの上から目線の命令にアンジェもうんざりしてただろ? いつも反発してたじゃないか!!」




勇者エリクは聖女アンジェの剣幕におびえながらもなんとかなだめようと言葉を重ねた。


聖女アンジェにとって傭兵ガラムは父のような憧れの人のような、とにかく淡い恋心とも呼べるようなものを抱いていた。それが今回傭兵ガルムが追放され、しかも自分もその原因であるこのような勇者の言葉を聞いてはじめて怒りで頭が真っ白になるという経験をした。








聖女アンジェは貧しい街のさらにはずれにある教会の孤児院で育った。


常に空腹と戦い、それでも盗みなど人の道を外れたことは行わず。十数人の子供と三人のシスターしかいない孤児院はならず者たちの格好の標的であったが、不思議と襲われることもなく金銭不足による食べ物不足以外の脅威に襲われたことはなかった。




だが、聖女アンジェが8歳を迎える日、とうとう脅威が襲ってきた。教会だけでなく街全体が、当時悪名を轟かせていた盗賊たちに襲われたのだ。自分で立てる女はすべてなぶりものにされた。立てない女は殺された。男たちは片足の筋を切られ労働力とされた。子供たちは見目好いものは売り払われ、それ以外のものは面白半分に殺された。




聖女アンジェは美しい少女だった。見目が良いなどというレベルではなく、発育不良の現状でも盗賊たちがこれまでで見てきた中で最も美しい少女であった。


聖女アンジェにとって幸いだったのは、盗賊たちに見つかってすぐに頭目の場所まで連れていかれたことであろう。知り合いが、家族がなぶられているのを見ることがなかったのだから。街人にとっての災難は聖女アンジェがいたことであろう。聖女アンジェがいたことで貧しく何の旨味のない街が盗賊によって襲われたのだから。双方にとっての幸福は聖女に関する知識がなかったことであろう。そしてそれが災難でもあった。




聖女に対する知識があれば、教会のアンジェが聖女であることに気が付いたであろう。そうすればアンジェを隠すなり、大きな教会に引き渡すなりして今回の災難は起きなかったであろう。聖女に関する知識がなかったから、街人はアンジェを恨むこともなくアンジェも自らが原因と知ることもなくいられたのだ。




自らが原因であるとも、自分以外の人間がどうなっているのかも知らずにいられた幸運な聖女アンジェは頭目のところに連れてこられたが、それと時同じくして盗賊団を追ってきた傭兵団と騎士団によって救助され、そのまま聖女であることが発覚し主都の教会へと護送されたのだった。




アンジェ救助の際部屋に踏み込んできたのが傭兵ガルムであった。もちろん他にも騎士たちがいたが、恐怖の真っただ中にいた聖女アンジェは部屋の扉を真っ先に蹴破っていた傭兵ガルムこそが救世主に見えたのだ。


主都の教会で聖女としてしての生活を送るうちに、あの時の恐怖とともに自らを救ってくれた傭兵ガルムを心に抱いて生活していた。






勇者一行に傭兵ガルムがいたことは聖女アンジェにとってこの上なく幸運なことであった。あの時のお礼を伝えたいと顔合わせしてすぐに一人になった傭兵ガルムに声をかけた。


しかしながら、10年も前の、しかも傭兵ガルムにとってはよくある事件のことなど一々記憶になど残っているわけがない。




――そんなことがあったのか。気にすることはない、あんたが無事でよかった。


当たり障りなくそう答えて聖女アンジェの頭を軽くたたいた。傭兵ガルムは年頃の少女の気持ちなど知る由もなかった。わざわざ恩を感じるほどまでのことではないと、そんな気持ちでいっただけであった。しかし、それは聖女アンジェにとって自分の10年の否定にも等しいものであった。自分が傭兵ガルムをこんなにも想っていたのに、傭兵ガルムにとって自分は忘れてしまうような、その他大勢のどこにでもいる子供と同じであるなどと。初めて感じる屈辱であった。それと同時に言い表せぬ懐かしい庇護されるものとしての感覚でもあった。




聖女アンジェは聖女らしく、品行方正・誠実で博愛主義の人物であった。しかし、少女アンジェの本来の性格は負けん気が強く好き嫌いがはっきりとしたいわゆる男勝りのいたって普通の少女であった。これまで聖女として自らの役割を果たす反面、周囲の人間からはなびかれ、褒めたたえられてきた少女アンジェはこの時から傭兵ガルムに対してだけどうしても素直になれず、憎まれ口をたたくようになってしまったのである。素直になれない思春期の恋心と反抗期の発露であった。






そんなわけで、品行方正な聖女様が傭兵ガルムにだけきつく当たることで周りから見ると聖女様は傭兵ガルムを嫌っているように見えるのだ。また、本人を知らない人からすると傭兵ガルムはあの素晴らしい聖女様すら嫌うような人間であると思われているのである。


今回の発端も勇者が聖女の嫌う人間を追放し、ついでにそれに感謝されて……というような妄想がしたのが発端であった。聖女のために行動したのに、毎回理由をつけて聖女が追放を撤回するためさらに余計な勘違いを繰り返し、と泥沼化していったのである。




最も、賢者は聖女の心理を理解していた。理解してはいたが傭兵ガルムが邪魔であることに違いはないので口をはさむことはなかった。もちろん聖女に対する罪悪感なんてものもなくただただバカにしていただけである。






「ガルムさんはどこにいるのですか?」




聖女アンジェはようやく言葉を絞り出した。頭は依然真っ白であるが、それはいろいろな言葉や感情がぐるぐると出口を求めてさまよっているからだ。




「傭兵ガルムなら、ギルドの食堂にもうあと半鐘ぐらいで来るはずよ。勇者様とそうお約束していたっものね」




賢者エリーが困惑で固まってしまっている勇者の代わりに答えた。




「わかりました。ではギルドの食堂に向かいます」




聖女アンジェはそれだけ言うと自分の荷物だけをまとめて引き留めようとする勇者を一瞥もせずに宿の部屋を出て行った。




「ま、まってくれ!」




勇者エリクも急いで荷物をひっつかんで後を追いかける。さらにそのあとを呆れたように賢者と魔術師が追いかけた。




「聖女様もめんどくさいわぁ」


「バカしかいない」






▼次回


「盾役は帰りたい」


聖女アンジェは傭兵ガルムを引き留められるのか?!

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