番外 50_【火の遺跡】2 最下層
不思議な声が頭の中に直接聞こえた後、宝箱の後ろの壁に現れた鏡が溶けて、扉に変わった。その扉の先にあった光景は、地下10階の入り口から見たものと全く同じだった。
「……これは……入り口に戻されたのかな?」
『どうする? もう止めて帰るか?』
セイの問いかけに、そうだとも違うとも言わず、焔獅子はただ静かに、お座りの姿勢で問いかけてきた。案内はここで終わりだっていう意思表示かな?
「いやいや、行くよ。楽せずちゃんと自分たちで一番奥まで行けってことだね、頑張るよ」
『……ははっ、違う違う、試して悪かったよ。ちゃんと主の側まで送るさ。運ぶのはオレのカノジョだけどね』
人間だったらウィンクしてそうな口調だった。
『戻ったんじゃなくて、ここは一つ下の階層の入り口なんだ』
「一つ下って……じゃあここは、地下11階?」
『そ。こっちが本物の最下層』
地下10階と地下11階は、地形がほぼ同じなのだそうだ。
「この広さと高さで二つあるんだ、すごいね。でも何の為に、そんな大掛かりなことを?」
焔獅子はフフンと笑うような空気を出して、教えてくれた。
大抵の人間たちは地下10階を、最下層だと勘違いする──勘違いするように、造られているのだ、と。
セイたちは雌の焔獅子に運んでもらったが、通常の挑戦者たちは地下9階までとは比べ物にならない広大な地下10階を、岩山をいくつも登って降りて、行き止まりの多い道を選択しつつ進み、大型魔獣と戦い続けながら、最奥を目指す。
そして、その最奥の岩山の頂上で、
「巨大雷鳥」
『そそ。主の、次の位の副主。うちの主は炎鳥だけど、副主は雷鳥なんだ』
小部屋に入る前の山頂の広場に、本来なら巨大雷鳥が待ち構えているのだそうだ。セイたちが行った時に姿が見えなかったのは、セイが相手だから出て来なかったのではなく、巣そのものから不在なのだとか。
今は居ないだけで、普段は雷鳥と戦わなければならない。
雷鳥だが火魔法で戦うから、ラスボスだと勘違いされる……いや、きっとそれも、わざとなのだろう。
ラスボスっぽい雷鳥を倒すと(人間側の勝利は少ない)ドロップ品を入手出来る。アイテム狙いでダンジョンに来た者は、それで満足して帰る者が多い。満身創痍で、それ以上何かをする余力が無いせいもある。
しかし、それから更に奥の壁の魔法陣の仕組みに気付き、魔力を流して(火と雷、両方の魔力を相当量流さないと開かない)扉を開き、小部屋へ行く者も、少数ながらいる。
彼らはすぐに宝箱に気付く。そして「良い物が欲しい」と考えながら宝箱に手を掛けた場合、【宝箱】はその望み通り、蓋を開けて中身が取れるように
さあ望みは叶えた、挑戦者たちよ、もうお帰り────
「罠やんけ!!!」
「めちゃくちゃ怖いんですけど! セイくんが止めてくれなかったら、ぼくたちが先に宝箱に触ってたら、鏡も扉も出てこなかったってことですよね!? 最下層に行けなかったってことですよね!?」
「ラスボスやと思た奴を倒した真後ろにある隠し部屋に置いてあった宝箱開けたらアウトて! エグ過ぎるやろ、人の心とか無いんか!?」
カワウソたちが絶叫している。思いっきり宝箱開けようとしてたもんねぇ。ギルドとの初ダンジョンアタックで、まだ交換箱を宝箱だと思っていた時に「やっぱり人様の物を勝手に持って帰るのはダメだよね」と分かり合えたはずだったのに……。
一応その考えを持っている彼らですら、開ける気になる宝箱だ。冒険者たちが中身を取らないはずがない。
……だが、だとすると誰一人として鏡の先へ進めないのでは?
「もしお宝を手に入れてしまったら、もう二度と鏡の扉は現れないのかな?」
『勿論、再挑戦は……可能さ。1階から全部やり直せばいいだけ。簡単だろ?』
焔獅子がニヤリとした感じの声音で言うのに、セイは引きつった笑みを返した。うーん、戦闘無しでもこの道のりを初めからもう一回徒歩で来るのは、結構しんどいな。カワウソたちを止めるの間に合って良かった、マジで……。
(つまり地下10階は丸ごと最下層のダミーで、本心から魔界を目指してないと本物の最下層には行けないってことだね。厳しいなぁ)
そして、本心かどうかを見極めているのが、不思議な声の主──宝箱……なのか? 箱が審査するのか?
『何度挑戦したって、箱が認めなきゃ通れないからな。結構狭き門なんだぜ?』
箱らしい。箱がどうやって……謎しか無いが、おそらくその仕組みをしっているのは、やはり月絲族だけなんだろう。
『こんなに早く通れるのは珍しいんだ。アンタは善いニンゲンなんだろうなーってオレでも思うよ。……さ! 主の所まで行こう。きっと待ってる』
いつの間にか、かなり時間が経っていたようだ。無口な雌の焔獅子は地面に丸まって寝ているくらいだ。お待たせしました。
もう一度背中に乗せてもらい、やっぱり巣の中をあちこち飛び回られながら、移動。
奥の方に見えていた一番大きな岩山へと近付くに連れて、朱色に燃える巨大炎鳥の姿が見えて来たのだった。
・◇・
『野郎ども! 水の魔力が来たぞ────!!』
『『『ウォオオオ────!!!』』』
『『『待ってたぜぇ────!!!』』』
キュォオオオオ──!! という巨大炎鳥の鳴き声と、魔獣たちのグォオオ!! ギュワー!! などの様々な鳴き声複数が、セイたちを囲むようにして鳴り響いた。
魔獣の言葉が分からないコテンが瞬時に結界を強化し、カワウソたちがセイを守って前後で身構えた。魔獣たちの鳴き声の迫力が凄まじいので、警戒する気持ちは分かる。
「みんな、大丈夫。歓迎の雄叫びっぽい」
ロウサンを連れて来てなくて良かった、もし居たら問答無用で魔獣全部排除しようとして、阿鼻叫喚になるところだった……そう考えたセイは甘い。“過激派”はもう一匹いる。
『もぉおおっ、シロは、うるさいのキライですぅー!』
白神龍のシロが腕輪の擬態を解いて、小さな体には不釣り合いな高威力の【覇気】をぶちかました。魔獣に危害を加える圧じゃなかったけれど、ここでは攻撃判定になったらしく、魔界へ帰還したのか魔獣全てが速やかに消えた。そして広場はセイたちだけに。ああああああ。
しばらくして、どこからか魔獣たちが続々と遺跡に帰って来た。主である炎鳥も、尖った岩の上へと停まり直している。
炎鳥はセイの二倍の高さの体長で、長い尾羽が燃えて見えた。顔の周りに、細い羽が獣の髭のように生えている。声は女の子だった。
まずは謝罪から。
「うちの子が突然、本当に申し訳ありません……」
『いや、我々も激しく取り乱してたからな! 鳥だけに!』
「ははは……えーと」
『で、【真の挑戦】に来たのだったかな?』
「うん、僕たち魔界に行きたくて。【真の挑戦】を受けたいんだ。何をしたらいいのか教えてもらっても?」
『言葉が通じるなら話が早い! 水の魔法が使えると聞いたぞ、巣の中でたくさん水魔法使っていただきたい!』
「火の魔獣の弱点が水なんだよね? 魔獣に向けては使わない方がいいのかな。どこかに水を溜めるやり方でも良いかな?」
『溜められるのか!? すごく有り難いぞっ。どこが良いかな、どこにしようかな……よし、一緒に巣を一周しよう! 我の上に乗りなさい』
炎鳥は降りてきて、セイが乗りやすいように体を伏せ、頭も下げた。えっ、乗っていいのか? 巣の主だよね?? 誇りとか自尊心的に大丈夫なのか?
戸惑うセイに炎鳥は、さぁさぁ早く遠慮なく! と急かしてくる。短気。
おそるおそる乗って、広大な最下層エリアを端から端まで飛んで回る。
炎鳥の希望で、エリアの四隅に位置する岩山と、最奥近くにある大きめの岩山の頂上に、セイとカワウソたちが土魔法で池を作って、魔法で水を溜めた。
『水だけでなく土の魔力まであっちこっちにいっぱいバラ撒けるとは! 有り難い、有り難いぞっ』
大変な喜びようだった。シロのお詫びもあるし、もっと作ろうかと言えば、炎鳥は一緒に飛んでくれただけで充分だと満足そうに鳴いた。
属性の魔力を体内に持っている状態で巣の中を回るだけでも、効果があるのだったか……なるほど、雌の炎獅子がやたらとあちこち遠回りして飛んでいた理由が分かった。
セイたちを運んだのは、親切心からだけでは無かったという事だ。全然構わないよ、安定感抜群のロウサンと違って揺れが大きく、全身で風を感じる雌焔獅子の乗り心地にセイは酔いそうになったけれど、カワウソたちは「ジェットコースターみたいや!」「本物の絶景を巡る絶叫系アトラクションですね!」とはしゃいでたし、コテンも楽しそうな空気を出してたから。言ってくれれば水魔法で雨を降らせながら乗ったのに。
(火の魔獣だけど、やっぱり水は必要なんだな……そりゃそうだよね)
セイが作った大きめの池に、並んで顔を突っ込みガブガブ水を飲んでいる魔獣たちを見る。一心不乱だ……風の遺跡の魔獣たちよりも、水に必死に見えるな?
水不足の原因である水の遺跡の現状について話そうとした、その前に炎鳥がピュルルル──と高い鳴き声を上げた。
『うん、うん、いいぞっ。扉を開けられる魔力量、我々一瞬で全滅させる攻撃力、結界の防御力、我を凌ぐ魔法力、何より我々への親切な態度。さすが箱が認めたニンゲン性! 完璧、合格!』
「……人間性?」
『そうだぞ、ニンゲン性は大事だ! ここまで来れる強いニンゲンは、強い分、傲慢な奴も多いのだ。わざと魔獣の痛みが長引くような戦い方する奴とか、地形を壊そうとする奴とか。そんな奴は魔界に送れないのでなっ』
「確かに」
【試練】とは、主に会ってから課される特別な何かではなく、ダンジョンに入ってからの行動全てを指すものだったらしい。
そして、攻撃力がシロ、防御力がコテン、魔法力がセイとカワウソたちといったように、個人の能力ではなく
魔法属性も、それぞれ一属性ずつ持ったニンゲンが四人いれば良いとの事。
『【
「……ははは。えーと、結局僕たちは最下層に来るまで一回も戦闘してないんだけど、もっとちゃんと確かめたりしなくていいのかな?」
『魔法力は見たからな、充分だったぞ!』
水魔法のリクエストは、単に水の魔力が欲しかったからだけなく、セイたちの魔力の強さを見る意図もあった。言葉が通じないニンゲン相手ならば戦うしか魔力を測る手段が無いし、戦闘能力自体も見られてちょうど良いのだとか。
『魔界の魔獣はとても強くて、しかも先手必勝野郎が多いのだ。弱いニンゲンを魔界へ送って、すぐに野生魔獣に殺されたら可哀想だからな!』
意外に優しい理由だった。
『おぬしたちは魔界でも全然大丈夫だ! よし、よし、それで、なんだったかな。……加護だな! 授けるぞっ』
「ごめん、ちょっと待って」
今は困る、一緒に来ていない仲間がいるから揃ってからお願いしたいということと、その仲間が先ほど全魔獣を瞬殺したシロと同等かそれ以上の【威圧】を持っていると説明して、了承を得た。
チュンべロスについても尋ねたが、水と風の遺跡の主たちと同じく、知らないという答え。
(手掛かり無しかぁ。ここまでなんの気配も無いと、本当にちゃんと生きて存在してるのか不安になってくるよ……)
カワウソたちも「ゲームやったら、ちょいちょいヒント貰えるんやけどな」「でもゲームだったら全村人に話し掛けてフラグ立てないと先へ進めない、とかもありますよ」「全部で10軒程度の村スタートやったら、ほんまにやるんやけどな。俺らがいるのは王都と城下街やからな……」と困り顔だ。
ここで悩んでも、聞いた以上の答えはもう出ない。気持ちを切り替えて、さっき言えなかった水の遺跡の状態と原因を説明した。
『月絲族が全滅……どれだけ待っても全然来ないから、そんな気はしてたのだ……』
恐ろしいことに、火の遺跡ではだいぶ前から、魔界と繋がる魔法陣に不具合が生じているのだそうだ。
直して欲しくてずーっと月絲族を待っていた。しかし待てど暮らせどやって来ない。こんなに長く来ないのはおかしい、何かあったに違いない。もしかすると、もう……と、炎鳥たちは覚悟していたのだという。
「魔法陣の不具合っていうと……?」
『魔界との行き来を失敗する事があるのだ』
危機的状況だった。
──────────
お読みいただきありがとうございます。
三月中に番外を終わらせたかったのですが、少し前に転職して心身及び脳みそに余裕がありません……。
ゴールデンウィークに向かって忙しさが加速していく業種ですので、四月中に終わらせるのも難しいと思います。
恐ろしくスローペースですが、よろしければ……お付き合いいただけると大変嬉しいです、すみません。
隠された神域で幻獣をモフるだけの簡単なお仕事です 紺たぬねこ @nekokuma-61
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