第3話

 にわかに信じがたい話を消化しきれぬままに、旅館へと戻ると、笹山は既に目を覚ましていたらしい。

「おいおい、早く帰ってきてくれないと退屈で死ぬかと思ったぜ」

「あんまり大きな声で言うなよ……」

「観光名所は全て歴史関連。お前はいいかもしれないけど、俺には退屈で仕方ないんだよ。これといって遊ぶ所もないんだからさ」

「酷い言い様だな」

「まあまあ、トランプでもしよ~ぜ」

「………二人では盛り上がらないだろ」


 僕はこれを機に、冗談っぽく先ほどの話をすることにした。真面目に言っても聞く耳をもたないのは分かりきったこと。それでも、一応話したという事実だけは確保しておきたいというのが正直なところだ。

「マジか~俺呪われるのか。死んだらお葬式に来てくれよ」

「まあ、案外、社交的なのに笹山は友達少ないもんな」

「そういう意味で頼んだんじゃね~よ」

 まあ、こうなるのが普通の反応だ。気になっているのは、僕が彼女の独特な雰囲気にのみ込まれているに過ぎず、その場に居なければ僕も似たような事を言っていたのだろう。


 そうこうしているうちに、女将さんがあと15分で夕食だと告げる。もはや僕の中では旅の変わった思い出くらいになっていたのに、またしてもあの瞳が脳裏に浮かぶ。

 居心地が悪くなったので、気晴らしも兼ねて行ってみる事にした。

 街灯もほとんどないような田舎道を僕一人だけが歩いている。目的地はすたれた神社。呼び出したのは年下の和服の女の子。

 何から何まで怪談チックだと冷笑しているのは、あくまでも冷静を保つために心が第三者委員会を設置したという事を示していた。


「こんばんは」

 ふいに彼女に話しかけれら思わず声を出す。

「こ、こんばんは」

「安心して、アナタだけは救ってあげる。だから今夜は二人で夕食を楽しも?」

「近くの飲食店は既に閉まってそうだけど?」

「私がおにぎり作ってきたから大丈夫」

 そう言って、背後に隠していた風呂敷包みのお弁当箱を差し出す。

 食べて良いものかと少し考えたが、この状況で断るのも変だったので、おそるおそる一口食べる。


 ………美味しい。特に変哲のない、普通のおにぎりだ。

 彼女も一口食べては月を見上げるという一連の動作を繰り返し、早々と二人は完食してしまった。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 どうして彼女とこうしておにぎりを分け合う事になったのかは自分でも分からない。そう、彼女の一挙手一投足すべてが、ほんの少し理解の範疇から超えていたのだ。



 ―後南朝の呪いは始まったよ―


 境内に腰かけていた彼女はゆっくりと立ち上がるとそう言った。

まさかとは思ったが、彼女はどこかへ去ってゆくので、僕もここに居座る理由は無いと、旅館へと走って帰った。


入口で女将さんが深刻な顔をして僕を呼ぶのを見て、全てを察した。

「お連れ様、笹山様が………!」


僕らの部屋には、既に死んだ、いや、笹山の無残な姿と、散らかされた夕食、そして一輪の白い花と和歌が一首、置かれているだけだった。



『よそに聞き あらましにせし み吉野の 岩のかけみち 見ぬくまぞなき』

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