第4話

『よそに聞き あらましにせし み吉野の 岩のかけみち 見ぬくまぞなき』


 南朝の中でも天皇に次いで権力を持っていたとされる北畠きたばたけ親房ちかふさの詠んだ和歌。


 ―噂にばかり聞き、どんな風かと想像していた吉野。今では深山の崖に掛け渡した道さえ隅々まで見知っている―


 京都から貴族や天皇が出るというのは、相当、精神的ショックのある事なのだろうことは、大河ドラマや何かで現代人も想像できる。それを想うと、この和歌なんかも、色々と感じさせる。


 しかし、そんな和歌の研究よりも、優先すべきは笹山の死という重大な事実。

 そして彼女の言った通り、南朝の和歌として、怨念とやらが犯行声明を出してきたのだ。

 すぐさま警察は事態を掌握し、犯人を捜し始めた。

 その際、僕の供述、すなわち彼女の受け売りたる怨念話は、如何ほど捜査方針に好影響を与えることが出来たであろうか。

 なるほど、和服の中高生くらいの女子という人物像は確かに記録されただろうが、田舎だからって、果たしてそんな子が日常的にいるものなのか。

 つまるところ、旅先でいさかいが起きて、僕が笹山を殺したとするのが、初動捜査としては無難であって、妄言として尚更、僕自身に注目される事は想像に難くない。


「ちょっとご足労おかけいたしますが………」

 案の定、僕は翌朝、二人の刑事が室内―もちろん、元とは別の部屋な訳だが―へと入ってきて、朝食を中断せざるを得なくなった。


「いやあ、この度は思いがけない事でしたな」

 田舎だからか、いかにもサスペンスに登場する刑事デカかのような口調でもって、取調室の冷えた椅子に座らされつつ、話が始まる。

「実はね、もう一度お伺いしたい事があるのですが」

「何でしょうか」

「アナタは昨晩、どこで、何をなさっていましたか?」

「ここへ来る途中で見た女の子が、晩ごはんを一緒に食べようというので、近くの神社でその子と過ごしていて、帰ると、女将さんが笹山の事を知れせてくれました」

「なるほど」


「実はね、聞き込みを多くの警官で行っているんですが、というのも、こういった事件はここらじゃ滅多に起きませんからね。それでも、アナタの仰るような人相の少女は誰も知らないんですよね」

 思わず僕はドラマみたく『そんなバカな!?』と、立ち上がりそうになったが、今時、日常的に着物を着ているという特異性には合点がいく。

 つまり、僕は何らかの策略にはめられたという事だ。


「なるほど? では、笹山さんは誰かに恨まれていたなどの心当たりは?」

 考えてみると、彼女の怨念話、そして和歌の存在がおぼろげに表れてきた。

 仮に刑事の尋ねたように、笹山が誰かに殺意を抱かれていたとして、僕を犯人に仕立て上げる為には、あまりにも作為が過ぎてはいないだろうか。

「いえ、特には。強いて言えば、笹山の当選した宿泊券に、僕がついてこれたのは、笹山が彼女と別れたからですけど、まさか殺したりは………」


 つまり、あの少女の言い分通り、『南朝』という歴史そのものがキーワードなのだろうか。

 怨念などという絵空事を信じていては真相は迷宮入りするが、少女さえ見つかれば、笹山が死んだ理由が明らかになるであろう事は確信していた。

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