第16話「敵対と和解」
山の中に、二種類の銃声が響く。
片方はいかにも重い弾を吐き出すような発破音。
もう片方は軽い銃声が二つ。
そして激しく息をする音が一つ。
「はっ…………はっ、は、……くぅ……っ」
木から木へと移って幹に背を預けるシズク。その直後、木の幹を一つの銃弾が穿つ。両手で持つイチカの銃は口径が大きく、被弾箇所によっては即戦闘不能にされかねないという恐怖がある。一方で、腕一本で反動を支えられるようにしているシズクの弾は軽い。急所に当てるか、何発も当てる必要があり、結果、運動量が多くなってしまっているのはシズクの方だった。
そしてなによりシズクを追い詰めているのは――。
「――――ッ!」
木の幹に隠れていたシズクの近くに、それはポトリと落ちてきた、五センチ程度の楕円形の、何か。
シズクはその物を見るやいなや、木の幹の逆側へと急いで隠れる。そして伏せる。
次の瞬間、ボンッという爆発音。そしてそれを中心として落ち葉が同心円状に吹き飛ぶ。
一般的に手榴弾と呼ばれるそれをイチカは幾度となく生成し、そしてシズクが隠れている所へ正確に投げ込んできていた。
イチカの銃の斜線から逃れようと隠れると手榴弾が飛んでくる。
手榴弾の爆発から逃れようとすると、今度はイチカの斜線上に飛び出すことになってしまう。
シズクは手榴弾をときには蹴飛ばし、ときには別の幹に隠れ、なんとか今までイチカからの攻撃を防いできた。しかし手榴弾の爆風に伴う破片を完全に防ぎきることはできず、体には刃物で切ったような裂傷がいくつもいくつもできていた。
「はっ……。……っ……は……」
シズクは有効な攻撃をする機会はほとんどなく、逃げ回るので精いっぱい。状況不利なのは否定のしようがなかった。
――このままじゃ埒が明かない。こっちが体力切れをする前に、なんとか、なんとかイチカ姉を無力化しなきゃ……。
木の幹から一瞬だけ顔を出してイチカの場所を確認する。
次の瞬間、ドンッという音と共に、先ほどまで体があった所を銃弾が掠めていく。
木と木の間を移動しながら二発応射。動きながらの銃撃は、イチカの服を掠めたにすぎなかった。
――なんとか、もっと近づくか、腕を撃ち抜くかして――。
シズクがなんとかイチカに対抗する手段を考えているその瞬間に、遠くの方で何かが落下したのに。シズクは最後まで気がつかなかった。
ボンッと破裂音が聞こえた瞬間、シズクは咄嗟に両腕で顔を覆う。
「――――! ぅ、あ……」
次の瞬間、爆風と共に腕に、頭部に、腹部に、足に。小さなものが突き刺さるような感覚があった。
殺傷力がある距離ではない、もっと遠くの方で炸裂した手榴弾の破片が、シズクの体を襲った。
腕はどこが傷口なのか分からないほど、軍服が血で真っ赤になっていて、血が止めどなく溢れてくる。腕だけではない、体中が『痛い』と悲鳴を上げる。
ギリ、とシズクは歯を食いしばり、体の訴えを無視。痛いなんて言ってられない、私が倒れてしまえば、次に狙われるのはミナミなのだから。
――ミナミ。そう、ミナミの容態はどうなっているだろう。出血は止まっただろうか、傷口は酷くなっていないだろうか――。今すぐにでも駆けつけたいという気持ちを抑え込んでいると、周りの木々に見覚えがあることに気づく。
いつの間にか、シズクは二つ隣の木にはミナミが寝ている所まで追い込まれていたのだった。
このままの位置では、直接的な銃撃は受けないにせよ、ミナミが手榴弾の被害を受けてしまう――。ふとミナミが寝ている方を見ると、木の後ろで淡い銀色の光が薄く灯ったのを見た。
その色は、光は。ミナミが何かを生成した証拠。
シズクはそれを見、一つの作戦を思いつく。
「――――」
意思疎通もしていない、合図も交わしていない。
けれど、シズクには一つの確信があった。だから――シズクは今まで逃げていた行動方針を変える。
シズクが隠れていた木の幹から飛び出し、イチカの元へと走る。まるで待ち構えていたかのように、イチカの銃口がまっすぐにシズクの方へと向いていた。先ほどからイチカが狙っているのは体の中央、心臓部。――だとすれば、次に弾が飛んでくる場所は一点しかない。そして飛んでくる位置が分かっているなら、対処のしようはある。
シズクは肩を掴むように胸の中心部をガードする。果たして銃弾はその一点へとやってきた。腕を貫かれる感覚。突き刺さるような鈍い痛みがシズクの腕に走る。けれど腕だけならば致命傷にはならない。――急所を打ち抜かれさえなければ、問題は無い!
「ミナミ姉さん!」
シズクは叫ぶ。
イチカの襲撃も手榴弾も封じた。チャンスは――今。
シズクの声に合わせ、背後で狙い澄ましたミナミのアサルトライフルが火を吹いた。その銃弾はイチカが持っている銃に直撃し、弾き飛ばした。
次の瞬間、シズクはイチカに肩からぶつかり、二人で草の上に倒れこむ。二人で山の斜面をゴロゴロと転がった二人は、木にぶつかって止まる。
一瞬早く立ち上がったシズクは、イチカの両腕を抑えてイチカに馬乗りになる。そしてまっすぐに、イチカの目を見る。
彼女の目は、先ほどと変わらずどこか濁っているように見えた。表情にもどこか邪悪なものが宿っているように思えるほど。シズクが知っているイチカとは、かけ離れて見えた。
「――――目を……覚まして! イチカ姉さん!」
叫びながら、その額に勢いをつけて自分の額をぶつける。目の前に星が舞った。
一度、二度、三度。自分の額も痛みで熱を感じる。四度、五度。六度。
痛そうに目を瞑っていたイチカが、目を開ける。その目には光が宿っているようにシズクには見えた。
「…………あれ。…………わた、し……?」
左右をきょろきょろと伺って、そして目の前を見て、不思議そうな顔をする。
「ここは…………? なんで、シズちゃんがここに……?」
「――――イチカ姉さん、分かる? 私が、分かる?」
思わずシズクの目に涙が浮かびそうになる。イチカがイチカたり得る証拠を、イチカしか呼ばないシズクの呼び方を聞いて、長女が戻ってきたのだと、感覚的に分かった。
「もちろん。私の妹のこと、分からない訳がないでしょ? シズちゃん?」
にっと眩しい笑みを浮かべるイチカ。
それこそが、シズクがよく知る、イチカの姿だった。
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