第15話「再会と敵対」
「ミナミッ! 七時方向から二人!」
「……大丈夫。……狙える」
シズクの指示の後、ズパンッと森の中に発破音が二発。
山を登ってきていた共和国軍兵士が二人、頭から血を出して前のめりに倒れる。これでミナミとシズクが共和国兵を屠ったのは六人目。隠し通路から飛び出てからほとんど時間は経っていないにも関わらず、次から次へと敵が視界に入ってくる。攻撃される前の狙撃で被害はないにせよ、状況は決して良いものとは言えなかった。
これで山の上方部という地理的優位を保ったところから狙撃をしたのは六人になる。
「やっぱり……これ……」
「えぇ。……地理は全て把握されてると思っていいわね」
ミナミとシズクは、イチカとニーナがいた頃以来のペアとなって第五十九番倉庫と訓練場の間の山道を警戒していた。
まさかとは思うが、訓練場までは把握されていないだろう――そんな考えが甘すぎることには、すぐに気づく。ミナミたちが第五十九番倉庫の中にいなければ訓練場、もしくは山の中に逃げたはずだ――共和国軍の兵士たちは、そのような思考が見え見えの動きをしているのだから。
ミナミは銃に付いているスコープから目を離し、単眼鏡を生成。二人の位置から見える第五十九番倉庫の入り口から出てきた兵士は、まっすぐに自分たちがいる訓練場の方向へと向かってきていた。使う道こそ違っているが、方向は間違いなく自分たちがいつも使っている、そして地下通路の出口である訓練場だった。
「射程に入ったら、撃つ。それでいい?」
「ん、お願い」
シズクとミナミが山を登ってくる兵士を見ながら声を掛け合っていると、背後の方からパンッと軽い音が聞こえた。
そしてそれは、一度ではなかった。
パンッ、パパンッ。
地下通路から出てきたムツミが応戦しているのか――と、最初は思った。しかし聞こえてくる方向が、明らかに下からでなく、自分たちと似た高度――つまり山の上だった。
――何かがおかしい。何度目かの銃声が響いた方向に単眼鏡を向けたミナミ。その目に映ったのは――ヘルメットから服から、全てを迷彩に包んだ共和国軍の兵士が腹ばいになって狙撃銃を構えている姿。
――しまった、見逃した!
狙っているのは……訓練場!? 寒気がしたミナミは単眼鏡を放り出し、銃撃を繰り返している兵士に向けて銃口を向けるも、焦りが生じているせいか、照準が上手く定まらない。撃てない内にまた一つ、新たな銃声が生まれた。妹たちの誰かが撃たれている――そう考えると、ミナミはいつもの冷静さを欠いてしまう。
「……ここッ!」
ズパンッ。
木々の隙間を縫うように一発。ヘルメットの下、顔の側面を狙った一発は思った通りの場所に命中。頭部を失った狙撃手は、そのまま地面に倒れ伏して、動かなくなった。
「……シズク、一度訓練場に戻ろう。狙撃手が一人、何発も打ち込んでいた。誰かが狙われていたかもしれない」
「倉庫から登ってくるのはどうするの?」
「まずは妹たちの安全確認から。……なんだか、嫌な予感がする」
「…………分かった。一度地下通路の出口まで戻ろう」
「……ありがと」
自分の意志を尊重してくれたシズクに感謝しつつ、ミナミたちは地下通路の出口――訓練場へと戻る。
そして、二人が見たものは。
地面にうつ伏せになっているムツミを守るように倒れ込む、ナナの姿だった。
「――――――ッ!」
二人は走り出す。走っている間に、ムツミの叫び声が響いてきた。
遠くから見るだけでも、ナナの背中にはじわじわと血が広がっていっているのが分かる。
ミナミとシズクの二人は全速力で山を駆け下り、そして訓練場へと降り立つ。
その途中で木の葉や木の枝で顔や手にひっかき傷ができるもそんなのは気にしない。まずは妹が無事なのかどうか、二人の頭はそれしかなかった。
「ナナッ!」
「なっちゃん、ねぇ、起きて、なっちゃん!」
ナナの背中には三発、そして大腿部に一発の弾痕が見て取れ、ナナの緑色の軍服はどす黒い色に染まっていく。
「ムツミ! ナナは……?」
錯乱するようにナナを揺り動かすムツミ。シズクが声をかけるも、耳に入っていないのか反応を示さない。
「――ムツミ!」
その頬に手を当て、無理矢理に自分の方を向かせると、やっと気がついたのかムツミはほっとした表情を見せる。そして同時に、その目尻から、涙がこぼれ始めた。
「何が……あったの?」
目からこぼれ落ちる涙を手の甲で拭って、ムツミは下唇を噛みながら、震える声で話し出す。
「地下通路から、脱出するときに……なっちゃんは私に、手を伸ばしてて。その時に、なっちゃんの体がビクッて跳ねて……。その時に私も気づいていれば……。それでもなっちゃんは、私の脱出を優先してくれて……。脱出した後も、私を守ってくれて。
銃声が止まった後も、ずっと頭を、抑えてたから、どうしたんだろうって、思ったら、なっちゃんが、動かなくなってて……それで、それ、で…………!」
「分かった、もういい。ムツミの責任じゃないから、大丈夫。大丈夫……」
そう言ってシズクはムツミの頭を胸へと抱きしめる。ポンポンと後頭部を軽く叩いてやると、ムツミの嗚咽が聞こえてくる。
「なっちゃんは……なっちゃんは、大丈夫、ですよね。…………死、んじゃったり、しない、ですよね……」
「それは…………」
心配そうに見上げるムツミにシズクが答えに窮していると、ミナミがムツミの頭に手を乗せて、落ち着けるように声をかける。ムツミの頭を撫でながら、まっすぐにムツミと目を合わせて、伝える。
「それは、ムツミ、あなた次第。私たちはここでやってくる敵たちの足止めをする。だからあなたは……これからナナを背負って落ち着けるところへ向かって、ナナの治療をするの。救急医療セットは生成可能だから、それを使って。あなたが頼り。……分かった?」
「…………はい」
下唇を噛んで、今にも涙がこぼれ落ちそうになっていたムツミは、キリッとした目つきになって、そして一言、返事をする。
「良い子。それじゃお互い――力を尽くしましょう」
ミナミは、最後にムツミの頭をひと撫でし、ムツミはナナを背負って、第五十九番倉庫から逆方向へ――離れる方向へと向かう。
ミナミとシズクは、再び山を登って第五十九番倉庫と訓練場の間に立ち、残った敵兵を処理に向かった。
――ムツミ、あなたなら……大丈夫。ナナを頼むわね。
ミナミは心の中で、エールを送った。
引き続き、勝手知ったる山の中で地形を大いに利用しながら、進軍してくる共和国の兵士を屠っていくミナミとシズク。
「それにしても……なんでこんなにいるのかしら……」
シズクが広い視野を生かして敵兵を見つけ、ミナミが狙撃をする――その流れで既に屠った人数は十人を優に超えている。それでも、敵がいなくなることがないということは――それはつまり、襲って来ている共和国の兵士は、最低でも一個小隊以上のレベルで来ているということだ。
シズクは周りを警戒をしながらも考える。自分たちを狙うにしても……人数が多すぎないだろうか、と。そこまでして、自分たちを執拗に狙う理由は何なのだろう、と。
今まで味方だと思っていた相手に逆に狙われると言うこと、少なくとも、上層部か、最前線で何かがあったのだろうとは想像できる。クーデターの可能性も否定できない。しかし直近に来た姉からの手紙では、何もそんな空気は無かった。
ならば急激に物事が動いたのだろうか……。
シズクがそんな思考に耽っていると、ふと単独で山を登ってくる兵士の姿に見覚えがあった。服装こそは他の兵士と同じ迷彩柄のジャケットだが、あの桃色のふわふわとした髪の毛と長身は、見間違いようがない。単眼鏡で確認する。間違いない。
「え、あれ……イチカ姉さん?」
シズクは思わずその名前を呼ぶ。それは自分たちの姉、今は前線で活躍しているはずの姉、イチカの姿だったのだから。
周りに共和国兵がいないことを確認しつつ、二人はイチカの元へ向かう。
「イチカ姉さん!」
その名前を呼ぶと、イチカは二人の方を向く。そして彼女は安心したようにその目を細めてふっと笑う。やはりその表情は戦場に行く前の長女の表情そのままで――だからミナミとシズクは警戒心を解いてイチカへと話しかける。
「イチカ姉さん、なんでこんな所に?」
シズクもミナミも、まさかこんな所で遭遇できると思わず、戦闘中にも関わらず二人の表情には笑顔が宿る。
「管理官から連絡が無かったかしら? 戦争は終結協定を結ぶことになったの」
イチカの言葉は、ミナミとシズクがよく知る、長女の声と言葉そのものだった。
――だから、何も不思議に思わなかった。なぜここに長女がいるかということに。
「そう……なんだ。初めて聞いた。じゃあイチカ姉さん、合流地点に一緒に行こう。コノハたちも待って――」
イチカを案内しようとミナミが背を向けて歩き始めたその時――。
ドンッ、と、重い発破音が山の中に轟いた。
「…………え………………?」
ミナミは一瞬、何が起こったのか分からなかった。自分の体に走った衝撃に、理性ではそれを理解しても、感情がそれを拒絶する。
始めに反応を示したのは、体だった。けほっと口から血を吐きながら、ミナミは後ろを――自分を背後から撃った相手を見、そして膝からかくりと崩れ落ちた。
「イチカ、姉、さ……なん…………で……」
ミナミの体が倒れ行くのを見、シズクが声を震わせる。
「姉、さん…………なんで、撃ったの? …………――答えて!」
瞬間的にハンドガンを生成し、イチカに向けながら、シズクは姉妹たちには決して見せない、激しい剣幕でイチカをにらみつける。
イチカはそんなこと意に介さないとでも言うかのように、にぃぃ、と口角を釣り上げて、今までシズクが見たことがない表情を見せる。それは一言で言い表すならば、邪悪な笑み。
イチカは、口元に笑みの形を作ったまま、何もしゃべらない。銃を突きつけられているにも関わらず、恐れるような様子は微塵も見えない。
ふぅ、とイチカが息を吐いたと思うと、シズクが向けていた銃をがしりと掴む。対抗して発砲するも、その銃弾はイチカの体から大きく外れ、遠くの木の幹に当たる。
「――――ッ!」
イチカの銃口が、今度はシズクに向いているのを見、シズクは地面を転がって回避行動を取る。そして逆の手に煙幕弾を生成、地面に向けて叩きつけた。
周りが一瞬で白い煙で覆われる。
シズクはミナミを背負い走り出す。
――イチカ姉さんは、どうして、なんで――。
シズクの頭には、先ほど見せたイチカらしくない笑みが頭にこびりついて離れなかった。
山中を駆けること数分。ちょうど見つけた太い幹を背にミナミを寝かせる。ミナミの上着には、べったりと血液が付着していた。傷を確認しようと上着を脱がせると、ミナミの肌は血で染まっていた。おそらく銃弾が貫通したのだろう、傷口そのものは綺麗だったものの、その分出血がひどい。被弾した箇所から、次々と血液が流れ出してくる。
ミナミの呼吸は小さく浅いものだったが、しっかりとしていた。そして不幸中の幸いと言うべきか、急所は外れていた。
右手に救急箱を生成し、ガーゼで血を拭き取り、消毒液を馴染ませたガーゼを傷口に押し当てる。痛みにうめき声を上げるミナミを見、「我慢して」と声をかける。それから包帯で患部を強く巻き付ける。せめてものの止血処置としてできることはやった。しかし十分な治療かと言えば、あくまでも応急処置の範囲でしかない。
ミナミは意識はあるものの、痛みに顔をしかめている。少なくとも――戦える状況にはない。今はただ、シズクの怪我が悪化しないのを祈るだけだった。
シズクは来た道を戻り、ミナミから少しでも距離を取る。もし何者かに襲われた時、少しでも生存率が上がるように、ミナミに危害が加えられないように。
そしてシズクは考える。懸念事項が一つ――。
実の姉、イチカの豹変ぶりだった。
少なくとも、姉が自分たちを撃つなんてことはシズクが知りうるイチカの中ではありえないことだった。第五十九番倉庫で一緒に過ごした中で、妹たちの面倒を良く見てくれた優しい姉。そんな人がミナミに、そして自分に銃口を向けたと言うことが信じられなかった。
――これからは、シズちゃんがみんなをまとめてあげてね。
前線に行く時の別れ際に言ったイチカの言葉が頭を過ぎる。あの優しい表情は、温かい手の温もりは、間違いなくイチカの物だった。――けれど、いまのイチカは。
そしてあの表情。まるでイチカ姉に何かが取り憑いているかのような、獣のような笑み。少なくとも彼女は、あんな表情をする人じゃなかった。
戦場に立って変わってしまったのだろうか。――いや、そうだとしても自分の妹を手にかけるなんてことは考えたくなかった。
しかし事実として私たちは狙われた。今も山中のどこかにいるイチカに同じように話しかけたとして、再び狙われるであろうことは目に見えている。――だとすれば、戦うしか、ない。
なぜイチカ姉さんが豹変してしまったかは分からない。戦場で変わってしまったのか、はたまた、『人形』という存在である自分たちを操る方法でもあるのか――。
もしそうだと仮定して。今シズクにできる唯一の方法は、イチカを無力化することだけ。何もしなければ、きっとミナミのようにやられてしまう。自分も、そして今どこかに逃げている姉妹たちも。やられる前に、行動を起こすしかない。
――――やるしか、ない。
シズクが決意を固めた瞬間、少しずつ煙幕が晴れていく。
薄くなっていく白い煙の中に、一人の人影があった。
迷彩柄のジャケットを来たイチカの姿がそこにあった。
「イチカ姉さん!」
名前を呼ぶのと同時、一発を威嚇射撃。
顔の側面を通り過ぎた銃弾は、その衝撃波でイチカの髪の毛を小さく揺らす。
口の片側だけをニィッと釣り上げて、応射。
撃った瞬間に木の幹に隠れたシズクにはその銃弾は届かない。
木の幹越しに、シズクは叫ぶ。
「話を聞いてもらえないのなら、私はあなたを……倒す! 倒して、話を聴いてもらう!」
宣戦布告。
息を吸って。吐き出して。目を瞑って、それから開く。
シズクは両手で構えていたハンドガンを片手で持ち替え、そして空になった手に、もう一丁のハンドガンを生成する。森の中に、薄い青色の光が灯り、そして数秒後、シズクの右手の中にもう一丁のハンドガンが握られる。
シズクの本来の形、二丁拳銃。シズクは全力で、姉妹の中で最強のイチカに勝負を挑もうとしていた。
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