第14話「大事な人を助けるために」
――むつむつ、起きて。
ナナの声が聞こえた気がして、ムツミは目を開く。
倒れたまま何分気を失っていただろうか。焦って周りを見渡し気配を探るも、辺りからは共和国兵の気配は無いように感じ、ムツミは安堵のため息を付く。少なくとも、洞窟を出てから感じていたような殺気は感じなかった。
右腕を動かそうとすると先ほど撃たれたところが鈍く痛み、左手はサーベルを握った形のままで固まり、サーベルは既に光となって消えていた。
ムツミの体は満身創痍の状態にあった。けれど彼女の頭にあったのは、相方のナナのこと。
寝ている間に症状が悪化していないだろうか、洞窟の中に敵が侵入してきてはいないだろうか――ムツミの心だけがはやって仕方が無い。
今すぐにでも飛んで帰ってナナの姿を見たい。ムツミはその一心で体を起こす。
「なっ、ちゃん……」
――立たなきゃ……。なっちゃんの所に、向かわなきゃ……。
ムツミは痛む体を奮い立たせ、木を支えになんとか立ち上がる。そして右足を引きずりながら、洞窟の方へと一歩を踏み出した。
ゆっくりと、ゆっくりと、けれど確実にムツミは洞窟へと歩みを進める。
――背後から、追跡している影があるとも知らずに。
行くときの数倍の時間をかけて洞窟の入口へとたどり着いたムツミは、体力、気力ともに限界に近づいていた。息は切れ、肩の傷口は開いて血が滲み、右手と左足だけでなんとか来た、といった様子だった。
そしてよくよくみるとナナの血痕が残っている地面を踏みしめ、洞窟の中へと入った――次の瞬間。
ガンッ、という音と共に目の前に星が舞った。
――な、に……?
ムツミは一瞬、何をされたのか分からなかった。ただ、目の前が暗くなって、額からじんじんと強い痛みが出てきていて――後頭部から感じる、強い圧力。
「案内、ご苦労さん」
背後から――声がした。
ムツミの知らない、男性の声だった。その声を聞いた瞬間、――もう一人いたんだ。殺し損ねた共和国兵が――と後悔した時には全てが遅すぎた。ムツミは洞窟の壁と共和国兵の手の間に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。
鼻の辺りに熱いものが流れてきたと思うと、それは口の中に入ってくる。先ほどから何度も感じた鉄の味を感じながら、ムツミは後悔の念に駆られた。
――もう少し、もう少し注意深く戻っていれば――と。
ナナが寝ているこの洞窟には、何人たりとも入れちゃだめだったのに、自分が、敵をおびき寄せてしまうなんて……。
「なるほど、ここの中が合流場所か。ってことは、ここで待ち伏せすれば何も知らない人形共がのこのことやってくるって寸法だな。
道案内ご苦労さん。お前の役割は終わったから後は――」
ムツミは壁に額を強くぶつけられて、脳しんとうを起こしていた。手元に集中しなければ武器を生成できない彼女は、ふらつく頭の中、どれだけ強く念じたところで手の中に武器が出てくることはなかった。
――だめ、このまま、じゃ……なっちゃん、が……!
ムツミの頭に過ぎるのは、自分のことではなく――最後まで、相方のナナのことだった。
先ほどに首を絞められたときと同じように、左手にサーベルを生成しようとも出てこない。逆に――。
「死ね」
と、低く冷たい言葉が聞こえた瞬間、背後で何かが振りかぶられるような気配を感じて。
そして次の瞬間――。
パァン、と聞き慣れた銃声が、洞窟の奥の方から聞こえてきた。
かと思うと、後頭部にあった圧力が無くなり、ムツミの体は重力に引かれて地面へと倒れ込む。自分の体が音を立てるのと同時、背後からはドサリと重さがあるものが倒れる音がした。
口の中の血を吐き出して銃声が聞こえた方を見ると――ナナが壁によりかかっているのが見えた。その手には銃口から煙を吐き出す、ムツミの愛銃が見て取れた。
「見よう、見まねでも……、意外と、当たるもん、っすね……」
その言葉を最後に、ナナはずるずると壁にもたれかかりながら、その場に倒れ込んだ。
「――――なっちゃんっ!」
ナナの名前を叫びながら、よろよろと歩み寄る。
「なっちゃん、動いちゃだめって、私……、きゃっ!」
ナナの元へとたどり着くと、ムツミは体力が限界を迎えたのか、足をもつれさせて倒れ込んだ。
ムツミの顔のすぐ近くにナナの顔がある。ナナは、間違いなくここにいる。生きている――。そう思うと、思わずムツミの目からは涙がこぼれた。一つ溢れると、もう止まらなかった。
あのまま死ぬかもしれない、ナナともう会えないかもしれない。今までの恐怖が一気にムツミを襲い、涙が止まらなくなる。
「……あれ、あれ?」
涙を拭おうとしても、怪我で上手く腕が動かず涙は顎を伝って地面に染みを作る。
なんとか流れる涙を拭おうと四苦八苦するムツミに、ふっと頬に温かい物が触れる。
「泣いてちゃ、可愛い顔がもったいないっすよ」
そんなことを言いながら、ナナは笑っていた。
「なっ、ちゃ…………――――!」
ムツミの感情が、堪えきれなくなった。ナナの胸もとにすがりつき、ムツミは声を抑えることもせず、わんわんと声を上げて泣いた。ナナはそんなムツミを優しい表情を浮かべて、ムツミが泣き止むまで頭を撫で続けたのだった。
「なんか、夢の中でむつむつに呼ばれた気がしたんす」
ムツミが落ち着いたのを見計らって、ナナが切り出した。
「それでなんか目が覚めて、変な胸騒ぎがして入り口の方に行ったら、なんかむつむつがピンチになってて……。なんとかしなきゃ、何か武器は――って思ったら、むつむつが銃を構えている姿が頭にパッと浮かんだんすよ。なんでかは分かんないっすけど。
初めてむつむつの銃を使ったけど。……当たって、よかった……」
そこまでたどたどしく、ゆっくりと言うと、ナナは安心したようにため息を付く。
「やられっぱなしでかっこ悪かったし、むつむつに助けられてばっかりだったすけど……。これで少しは、むつむつを助けられたっすかね」
にぱっと笑いかけるナナの表情に、ムツミは頬が熱を持つのを感じる。
――助けられたのは、こっちの方だよ。ムツミは心の中で感謝する。
「私は……なっちゃんがいてくれれば、それでいいよ」
「…………ひひっ」
心の底からの願いを口にする。自分で言っているのに、自分で恥ずかしくなってきて、言葉の最後は上手く言葉にならなかった。
けれどナナにはしっかり伝わったようで、恥ずかしそうにはにかんだ表情を見せてくれる。
「さ、なっちゃん。まだ傷は塞がってないんだから、もう少し、安静にしていよう?」
「……そっすね。むつむつの言うとおりっす」
愛する人を喪わなくて、本当に良かったと、心底そう思いながら。ムツミは毛布を生成し、かけてやる。
しばらくして、ナナから小さな寝息が聞こえてきたことに安堵したムツミは。壁にもたれかかった姿勢のまま、小さな眠りに付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます