第13話「大事な人を守るために」

 ムツミは洞窟を出、気配を消して山中を歩く。向かう方向からは殺気を感じ、思わず身震いしてしまう。

 ――近くに、いる。

 ムツミは気配を敏感に感じ取り、注意深く歩くこと、数分。

「……見つ、けた」

 迷彩柄の服を着た共和国兵を見つけた。距離は百メートル足らず。先ほどにナナを背負って歩いた道に沿って、その人影は洞窟に向かって歩いてきていた。

「そっちには――ぜったい、行かせない」

 愛用のアサルトライフルに備わっているスコープを覗き込み、照準を合わせる。

 息を吸って、吐いて。そして止める。

 引き金を絞る。発破音の後に、スコープの向こうで一人が頭を打ち抜かれて倒れる。続けて、もう一発。打たれた人物を介抱しようとしていたもう一人を打ち抜いた。

 これで、二人。

 狙撃されているのを察したのか、最後の一人は近くの木に身を隠す。しかしその動きすらも、ムツミには丸見えだった。様子を窺おうと顔を出したところに一発。ムツミが発見した三人は、数分の内に骸へと変わった。

「……ふぅ」

 スコープから目を離して、ふぅ、と息を吐いたムツミの額には、汗で髪の毛が張り付いていた。

 集中していて、汗が目に入りそうになっていることにすら気がつかなかったムツミは、手の甲で額を拭うと、ふと光が目に入った。木漏れ日が目に入ったのか、とふとその方向に目をやったムツミは――十数メートル先に、迷彩服を着込んだ人物がいることに気づいた。

「――――――ッ!」

 その瞬間、ムツミは咄嗟に頭を下げる。それと同時、すぐ近くを銃弾が通り抜ける音がした。

 間髪を入れず、銃声。ムツミの右腕に衝撃が走る。

「ぁうっ……!」

 その人物が銃を構えているのを見、撃たれた――? と思うには全てが遅すぎた。慌てて立ち上がり銃を構えようとするも――右腕の痺れるような痛みに上手く照準を合わせることが出来ない。

 その間に、その人物はこちらに急接近してくるのが見えた。ムツミは咄嗟に銃の持ち手を逆にし、左手で構えて――銃口を相手に向けるより先に、相手の方が一瞬早くムツミの方へとたどり着く。

 銃身を上から押さえつけられ、その一瞬差で発射された銃弾は、相手には当たらず地面を穿つ。

 ――しまった!?

 素早く背後に回り込んだ共和国兵はムツミの首に腕を回し、首を締め上げてきた。

 ムツミの足が地面から離れ、首だけで支えられる体勢になってしまう。ギリ、と音がして喉元が丸太のような太い腕で強く締め付けられ、頸椎に鈍い痛みが走る。

「かっ…………は、…………っ!」

 声を出すどころか、息をすることもできない。

 逃れようと首を絞める腕をひっかくも、力が弱まる気配は見えない。逆に強く首を絞められ、口からは声とも言えない音が漏れる。

 じたばたと足を動かしてもがくが、それで体勢が崩れるような共和国兵ではなく、それは無駄に体の中にある酸素を消費するだけだった。

「………………ぁ、…………、」

 ムツミの脳内から徐々に酸素が失われていく。視界にチカチカと小さな光が見え始める。周りが白くぼやけ始め、体から力が抜けていくのを感じる。

 ひっかいていた手は既にだらりと下に垂れ、左手に持っていた銃はいつの間にか手元を離れて消滅している。

 首元が締まる音だけが、やたら遠くから聞こえる気がした。

 自分という意識が、自分自身からゆっくりと離れていく――そんな感覚がムツミの体をゆっくりと優しく包んでいく。

 ――わた、し……この、まま…………。

 眠りに落ちる前のような、全身のだるさを覚えた瞬間――ムツミの頭に、洞窟の中に横たわるナナの姿が浮かんだ。

 ――なっ、ちゃん……。私、が、死んだら、この、後は……。

 足跡を、血の跡を辿って、きっと洞窟へたどり着くだろう。鎮痛剤を飲んで眠りに付いているナナは、きっとそのまま――――。

 ――そんなの、は。私が、許さ、ない――っ!

 咄嗟に浮かんだのは、サーベルを構えるナナの姿。ムツミは左手にナナの愛刀を生成。逆手に持ったままのそれを、反動を付けて、背後へと突き刺した。

「ぐぅぅっ!?」

 何かの手応えと共に、くぐもった声が聞こえる。

 その瞬間、ムツミの首にかけられていた圧力が緩み、重力に引かれるままムツミの体は地面に転がった。息を一気に吸い込むと、肺がきしんで胸に痛みが生じる。

「ごほっ――――!」

 咳き込みつつ、ムツミは痺れる体をなげうって前方へと走る。いつ来るか分からない背後からの追い打ちに怯えながら、つまずきそうになる足を必死に動かし、ただ走った。

「ハッ……は、はぁっ……はっ!」

 必死で足を動かした。振り向かずに、何も考えずに、ただ前だけを見て足を動かした。すぐ後ろを、敵が追いかけてくるような気がしたから。絞め殺したと思った相手からの反撃に憤怒した敵が、先ほどのように急加速で走ってくるような気がしたから。

 握りしめたままの左手のサーベルは、敵の肉を切り裂いた感覚がまだ残っている。走りながら、目にちらりと映った切っ先には赤い色が見えて、負傷したナナの事が頭を過ぎった。

 数十歩ほど走ってムツミは気づく。足音が一つしかないことに。地面には落ち葉が敷き詰められていて、歩けば否応にもカサカサと音が鳴る。自分が足を動かす度に聞こえてくる以外には、音が聞こえてこないことに気づいた瞬間、ムツミは後ろを振り返る。

 敵は、男は――元の位置から、一歩も動いていなかった。ただし、左手はムツミが貫いた左脇腹に添えられていて、マスク越しにこちらを睨んでいるのが分かった。

 ――どうする。これから私は、どうしたらいい……?

 ムツミは精いっぱい思考を巡らす。

 降参する? 少なくとも先ほどの相手は私を殺しに来た。もし降参したら――姉妹のことを吐かされるかもしれない。なら捕まるのだけはしちゃいけない。ぜったい。却下。

 逃げる? これでなっちゃんがいる洞窟に向かわれたら元も子もない。却下。

 なら、戦う? ついさっき、身体能力の差をまざまざと見せつけられてもまだ? ――いいや。それでも。

 ムツミの中での脳内での議論は、数瞬のうちに決まっていた。なっちゃんを守るために洞窟から出てきた。なら、出てくる敵は全員殺さなきゃ。そうじゃなきゃ、なっちゃんを守れない。大事な人を、助けられるはずの人を、殺させてしまうことになる。そんなのは――――絶対に、嫌だ。

 ムツミは十数メートル先にいる大男をにらみ返す。負けるもんか、と強い意思を込めて、にらみつける。

 戦うしかない。――でも。利き腕を撃たれている今、ここでアサルトライフルを生成したところで、さっきの二の舞になることは目に見えてる。それなら。

 ムツミは左手のサーベルの柄をぎゅっと握る。いつも相方が握っていたところに、自分の手がある。相方が握るとちょうどいいのに、自分が握ると少しだけ下の部分が余っていた。

 ――なっちゃんは。

 ムツミは、サーベルを構える相方の姿を思い出していた。なっちゃんはどう構えていただろうか。たしか、正眼に――ムツミは相手に対し正面になるように立つ。そして構えは――サーベルを自然体に構えているだけ、だったように感じる。太刀筋は、連携は、防御は――考えれば考えるほど、ナナの姿がぼやけてくる。一番近くで見ていたはずのナナの一挙手一投足を思い出そうとしても、肝心なところが靄に隠れてしまう。あれは、きっとナナでしかできないことで、ナナの動きをトレースしたところで、きっと付け焼き刃にすぎない。なら、なら――やぶれかぶれでも、自分のできる限りを、やるしかない。下唇を噛んで、左手を固く握る。

 やるしか、ない。やるしか。でも――――。ムツミの頭に、別の感情が過ぎる。――本当に、この大男に、勝てるの?

 ここにいるのがナナなら、きっと近接戦闘でもあの大男に勝てるだろう。相手の攻撃をかいくぐって、首をあっという間に両断してしまうだろう。

 でも今いるのは、敵に発見されない場所から狙撃を行う、ただ感覚が人よりちょっとだけ鋭い小動物(狩られる側)でしかない。

 にらみつけている対象に変化があった。腰から軍用ナイフを取り出し、逆手に構えている。準備万端。ムツミにはそう見えた。

 ――いや、やるしか、ない。やるしか。――――やるんだ!

「ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」

 叫んだ。叫ばなければ、恐怖で足がすくんでしまいそうだったから。息は既に整っている。締められた首に影響はない。負けたときにできる言い訳なんてものはない。勝つんだ。勝って、なっちゃんの元に帰るんだ! ムツミは全力で足場の悪い地面を蹴る。十数歩の距離はあっという間にゼロになった。

 初撃。首を狙った力任せの左上段からの切り下ろし。しかしそれは左手に持った軍用ナイフに受け止められ、勢いを上手く受け流され、危うく切っ先が地面に突き刺さりそうになる。

「――――ッ!」

 なら。同じく急所――首を狙った突きは、ほんの少し体勢を変えられただけで躱された。そしてムツミの体は、その勢いのまま、前へと泳いでしまう。

 ざくり、と。自分の耳の近くで何かが裂ける音がした。それと同時。肩の辺りに火で焼かれたような熱を感じた。

「う――ぐぅぅ…………っ!」

 反射的に後退。その一瞬のうちに熱は痛みへと変わり――思わずサーベルを取り落としそうになる。撃たれた時とは別の痛み。ムツミの顔が、苦悶に歪む。

 ――刺された。痛い。痛い刺された痛いいたいいたいいたい痛い!

 ムツミの頭は、痛みでいっぱいになる。

 しかしその中で、ほんの一握りだけ、残り続けるものがあった。

 ――だけど、と。

「なっ、ちゃんが、受けた、痛み、に、比べれ、ば。……こん、な、の……。痛く、ない!」

 ギリ、と歯をきしませて。体の中で暴れ回る痛みを意志の力で抑え込んで、再度、攻撃。首は効果が薄い。ならばそれ以外の急所を狙うまで。心臓。大動脈。いくらでも、狙う場所は、ある!

 じくじくする痛みを堪えながらのムツミの攻撃は、初撃目や二撃目よりも明らかに速度で劣っていた。無理矢理サーベルを両手持ちに切り替えても攻撃が通るわけがなく。あらゆる攻撃が受け流され、防がれてしまう。

 森林の中には軍用ナイフとサーベルが切り結ぶ音が響き続ける。押しているように見えるのはムツミの方だった。ただそれは――碌な反撃を受けていないというだけでしかない。

 攻撃の手を緩めたら反撃がくる。次に反撃されたら最後かもしれない。そんな強迫観念を感じながら、ムツミは必死に攻撃を続ける。切り下げ、切り上げ、突き。ナナとの訓練で試したことの全てを試してみても、全くと言っていいほど相手には通らない。

 反撃されそうなタイミングはいくらでもあった、しかし相手から攻撃を受けたのは、左肩の傷の一度きり。

 ――遊ばれている。

 ムツミは脳内でそんなことを思った。それでも、左肩からは血が止めどなく流れ続ける中、通らないただ攻撃を続ける。ただ体力が削られていくのを感じつつも、ムツミは攻撃の手を緩めない以外の選択肢は、残されていなかった。

「はっ、はぁっ…………!」

 一瞬。ほんの一瞬。ムツミの意識がぼやける。足がふらつく。

 瞬間、大男が軍用ナイフをムツミの脳天へ向けて振り下ろしてきた。

「――――!」

 反射的にサーベルを横に持ち、それを防ぐ。その力はすさまじく、右手で刃の部分を支えていなければすぐに力負けしてしまいそうなほどに、強かった。

 力負けすればすぐにナイフが自分の脳天をかち割ってしまうだろう。ムツミは足に力を込め、いかに力負けしないか、いかにこの状況から脱するか。それだけを考えていた。


 ――だから、それ以外のところには、まったく意識が向いていなかった。


 一瞬、ムツミは何が起きたか分からなかった、

 下の方からボキリという音がして、体が横に吹き飛んでいた。

 地面をゴロゴロと転がり、それでもサーベルだけは、相方の武器だけは手放さないようにと左手を強く握りしめ――木の幹にぶつかって体の回転は止まる。

「う…………――――ッ!」

 一体何が――と思いつつ右足に力を入れて立ち上がろうとしたその瞬間、右膝に太い針で貫かれたような痛みが走り、ムツミは再び地面へと倒れ込んだ。右足が、まったく言うことを聞かなかった。

 蹴られたのだ、右膝を。刃同士で力比べしているように見せかけて、自分の機動力を奪うのが相手の目的だったのだ、と。相手の挙動に注意すべきだったと思った時には全てはもう手遅れで。右膝の内側を剣山で何度も何度も突き刺すような痛みが、ムツミを蝕んでいた。

 頭は常に鈍い音が鳴り続いていて、視覚以外の感覚が上手く働いていない。痛みと、虚しさと、悔しさと、右手に持つサーベルの冷たい温度だけが、ムツミが持つ感覚の全てだった。

「ぐ、ぅ……ま、だ…………!」

 ここで倒れていてはいけない、まだ、戦いは終わって――地面を左手で引っ掻いたその先に、鈍色のつま先が見えて――――。

 胸の部分に強い衝撃が走ったと思ったその瞬間、ムツミの体は宙にあった。数瞬の浮遊の後、太い幹に背中から叩きつけられたムツミは、肺の中にある空気を強制的に全て吐き出し、ずるずると地面へと座り込んだ。

「がはっ…………ガ、ァ…………」

 咳き込むのと同時に、落ち葉の上に鮮血が散った。胸の骨のどこかが折れたのだろう、喉の奥から熱いものがせり上がってくるのを感じ、再びムツミは咳と共に血を吐き、そして――前のめりに倒れ込んだ。

 ぜひゅー、ぜひゅー、と、今まで聞いたことのない呼吸音が自分の口から漏れ出しているのが分かる。体はどこが痛いのか分からないくらい、ムツミの全身が『痛い』と泣きわめく。

 どこからか、落ち葉を踏む音が聞こえる。遠くだろうか、はたまた近くだろうか、それすらも分からない。だが不安定な呼吸音の一方で、一定のリズムで、落ち葉がどこかで鳴っていた。

 途端――――。

「あ……ぁァッ!」

 左手に鋭い痛みが走った。ナナの愛刀と、大男の靴底の間に挟まれ、左手がミシミシと音を立てる。踏みつける力は圧倒的で、今にも手の骨が粉々になりそうなほどで。

「なぁ……」

 ふと、今までムツミが聞いたことのないほどの、太く低い声が聞こえた。今までの管理官でも出すことのない、何かを必死で抑え込んでいるような声。

「スナイパーっていうのは、拷問を受けやすいって話、聞いたことがあるか?」

 問いかけだった。左手を踏む力はそのままに、頭上から声が響く。

 ムツミは声を出そうとして、空咳と共に再び吐血する。鼻先に溢れた血から、ツンとした鉄の匂いがムツミの鼻腔へと入っていった。

「ついさっきだ。先行偵察をしていた部下が、何者かに狙撃されたそうだ。三人もいたのに、連絡をよこせたのはたった一人だ。……そしてその一人からも連絡が途絶えている」

 さて、俺と会ったときにお前が持っていた銃は……なんだった?」

「…………――――」

 ぐり、と右手を踏む足が捻られ、更なる痛みに口から声にならない悲鳴が上がる。

「あいつらは俺が手塩にかけて育てた精鋭だったんだよなァ、つまりだ。お前は、俺の努力をふいにしたってわけだ。分かるか? なぁ。スナイパーさんよ、ォ!」

「――――――――ッ!」

 一度足が左手から離れた――と思った瞬間、すさまじい力で足が踏み抜かれた。左手からは複数の形容がしがたい乾いた音が鳴り、悲鳴の代わりに空咳の音が森の中に響いた。

 左手の感覚は既におぼろげで、左手どころか痛みで全身の感覚すらも感じられなくて。まるで自分が自分で無いような、夢の中にいるような浮遊感がムツミを包む。

 ――私は、ここで死ぬのか、な。

 痛い、よりも。

 苦しい、よりも。

 死ぬ、という実感が、ムツミの頭を巡る。

 もう、動かなくていい、かな。ムツミは眠りに落ちる直前のような感覚のまま、その目を閉じようとして。手に何かを握っている感覚が頭に伝わる。

『――むつむつ』

 脳裏に、懐かしい声がした。少し鼻にかかったような、人なつっこさが前面に出た、あの声。ムツミの、大事な人の声がした。

 ――そう、だよね。まだあきらめちゃだめ、だよね。

 ムツミはゆっくりと目を開く。文字通り目と鼻の先に男の大きな足があった。頭上からは、何事かをしゃべっている声が聞こえて――そして次の瞬間、ムツミの視界が上へと動く。

「――――、」

 頭頂部に走る痛みに、ムツミの口からうめき声が上がる。髪の毛を握り、無理矢理顔を近づけさせてきた男は、勝ち誇ったように言葉を投げつけてくる。

 ムツミはその事は耳に入っていない。ただ、目の前に殺さなきゃいけない人物が居る、ムツミの意識はそれだけ。

 相手は、いつでも自分を殺せると思って油断している。やるのは、やれるのは――今しか、ない。

 ムツミは、右手の中に軍用ナイフを生成。撃たれてきしむ右腕にあるだけの力を込めて、男の無防備な左手首めがけて、ナイフを振るった。

「…………ぁ?」

 ぷしっと鮮血が迸る。大男はその時になってやっと、ムツミが音も無く反撃していたのだと気づいたようだった。

 自分の手首から血が噴き出している。それに焦ったのか、髪の毛を掴んでいた右手を離してしまう。重力に惹かれたムツミは、再度地上へと倒れ伏す。

 倒れた時に顎を足のつま先で強かに打った。口の中に、鉄の味が混じる。

「――こ、の……野郎……ッ!」

 男の声色に怒りが混じる。

 ――男が左手に持っているのは軍用ナイフ。だとすれば、次にするであろう行動は、おそらく一つだけ。

 予想が外れれば死ぬ。けれど、ムツミはその可能性に賭けた。ただだまって死ぬよりは、よほど良かった。

 ムツミは、男の膝が折れるのを見、賭けに勝ったことを確信する。後は――体を動かすだけ。

 ムツミは全身の力を振り絞り、左へと半回転。果たしてムツミの頭へとまっすぐに振り下ろされたナイフはずぶりと音を立てて――地面へと突き刺さった。

 これが最後のチャンスとばかりに、倒れ込んだ姿勢のまま、ナナの愛刀を握りしめたままの左手を持ち上げ、そして――

「アアアアアあああああァァァァッッッ!」

 まっすぐに、男の喉元へと、サーベルを突き出した。


 ざくり。


 音として表現するならば、そんな軽い音が森に響き渡り、そして、音が消えた。

 そして数秒後、ムツミの上の方から血が噴き出す音が聞こえるのと同時に、どさり、と男が地面に倒れる音が響いた。

 数秒。

 十秒。

 男が動き出す気配は、無い。

「は、はは……げほっ…………ははっ…………」

 咳と共に血は出るけれど。

 左手の骨は何本も折れてるけれど。

「ね、……なっ、ちゃん…………」

 服もぼろぼろで、撃たれた所や刺されたところからは血がすごく出てるけれど。

「わたし……勝った、よ…………!」

 そう呟いて。ムツミはゆっくりと、瞳を閉じた。

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