第10話「造られた少女たち」
「出頭って……どういうことよ!?」
リコリスは有無を言わさない電話口の対応に声を荒げる。今まで何の連絡もなかったくせに、突然理由も無しに出頭とはどういうことか。
知らず知らずのうちに、電話機を持っていない方の手が握り拳になっていた。
『言葉通りだ。リコリス中尉。明日、参謀本部へ出頭を命ずる』
「今までなんの指示もしてこなかったくせして、呼び出すときはこっちの都合は無視ってこと? そんな勝手な――」
『命令だ。軍属である君にその意味が分からないわけがなかろう?』
「その命令が急だって言ってんの! 夜に連絡を受けて次の日の早朝に出ろって……おかしいでしょう? こっちの都合は考えないわけ?」
リコリスはピクニックの準備中にムツミと約束したのだ。パンケーキの作り方を教えてあげる、と。
訓練ばかりだった彼女たちに、人らしい生き方を、楽しさを教えてあげると、そう、約束したのだ。
急に呼び出しを受けて、はいそうですか、と納得できるリコリスではなかった。
『決定は覆らない。明日九○○○に車両で行ける一番奥へ向かう。それに乗り、出頭したまえ。来なかったら――分かるな?』
そして唐突に電話が切られる。
何も聞こえてこなくなった受話器を、叩きつけるように戻す。
「――えーと…………」
振り返ると、ミナミたち全員の目がリコリスへと向いていた。全員が全員、何も言わずに心配そうな表情を浮かべていて、リコリスは居心地の悪さを感じていた。
「…………あは、あははは。参謀本部から緊急の呼び出しが入っちゃった。私、何にも悪いことしたつもりはないんだけどなー?」
重苦しくなった空気を軽くするように、あえておどけたように、けれどあるがままの事実を伝える。
空気は若干軽くなったものの、ミナミたちの視線は不安そうなまま。
「『出頭』って、リコリスさん言ってましたけど……」
泣き出しそうな声のムツミが、リコリスに問う。『出頭』という言葉自体に不穏な空気を感じたのだろう、リコリスの身を案じているように感じた。
電話口から離れ、ゆっくりとムツミの元に近づいていくリコリス。
「軍の中じゃ、呼び出しはみんな一緒くたにして『出頭』って言うのよ。私はなーんにも悪いことはしていないし、連れ出されたが最後、営倉行きーなんてことはないから、そこは安心して? ……たぶん」
ムツミの元へ向かったリコリスは、小さい子をあやすように、ムツミの髪の毛に優しく触れる。最初こそは不安そうな表情が抜けなかったが、二度三度と続けると、不安そうな表情は幾分柔らかくなった。
「だけどー……朝にした約束、延期になっちゃうね。……ごめんね」
「そんなっ! 呼び出しなら仕方ないです。私は待ってますから、リコリスさんが戻ってくるまで、待ってますから!」
――ムツミは、本当に優しい子だ。
リコリスはささくれ立っていた胸の中が落ち着いてきて、段々と胸が温かくなってくるのを感じる。
もしかしたら――呼び出しの内容によっては、この子たちとお別れしなきゃいけないという可能性も捨てきれない。
だけど、パンケーキを作ったとき、一緒にピクニックに行ったとき、日常生活をしているとき――それらの時間は、リコリスにとって楽しいものだった、と断言できる。
少なくとも、もっと一緒にいたい、と、そう思える位には、この時間はかけがえの無いものだった。
だからもし参謀部に何か言われたとしても、突っぱねてやる。私は、この子たちといたいんだ――。
「…………そ、か」
リコリスはそこまで考えて。自分が思っていた以上に、ミナミたちといたいという気持ちが自分の中で大きくなっていることに気づく。それこそ、軍部における上官に逆らうつもりがあるくらいには。
「ま、そんなところだから私は早めに寝るね。一応準備もしておかなきゃだし。明日寝坊したら洒落にならないしね」
笑顔を作って、手を振ってリビングに繋がる階段を上り始めるリコリス。ミナミたちは何も言わないけれど、きっと内心を分かってくれたのだと信じる。
管理官専用の部屋に戻ったリコリスは、来たときのバッグに必要な物を入れて、そして翌日着ることになる軍服がハンガーにかけられてあることを確認して、ベッドに入る。
――急な出頭命令。こっちの行動が発信器か何かで逐一管理されていたのだろうか。いや、だとしても引継書に書かれていたことはしっかりとやっていた。おとがめをもらう筋合いは無い。だとすれば、戦況に大きな変化があったのだろうか。――もしくは、ミナミやシズクと前線へ――?
リコリスの頭には様々なイメージが湧き上がっては消えていく。
大したことになりませんように――。リコリスはそうとだけ小さく呟いて、そして目を閉じた。
翌日、時間通りに合流場所へ向かったリコリスは、最初に第五十九番倉庫に来たときと同じ軍用車両に乗せられた。運転手も来たときと同じ、名前も知らない少将。
走り出すこと一時間ほど、まるで第五十九番倉庫に向かうのかと思われるほどの山道を走る軍用車両。地面は当然ながら舗装されておらず、車輪が何かに乗り上げる度、尻にダイレクトに振動が伝わってくる。
そして車は、合図も無く急に止まる。
その場所は山奥も山奥。周りに木々しか無いような、そんな場所だった。
「ここ……? ここに何があるって言うのよ?」
「来れば分かります」
そうとだけ言った少将は、車を降りて歩き出す。
木々が鬱蒼と生えた方へと足を向けたかと思うと、リコリスの目が何かを捉える。
「…………?」
周りの木をカモフラージュにして、迷彩柄の四角い建物が目の前にそびえ立っているのに、リコリスは気づく。それはまるで存在自体を木々の中に隠しているようにしか見えなかった。
「ここ、は……?」
「……後ろを着いてきてください」
少将はそう言いながら、建物の一箇所にポケットから取り出したカードキーをかざす。すると硬い金属音と共に、入り口への扉が開いた。
建物自体も秘匿なら、入り方も秘匿。まるで何かを隠しているような建物の中に、リコリスは足を踏み入れる。
建物の中に入ると、自動的にドアは閉まり、一瞬建物の中が真っ暗になる。
「ようこそ、我らの研究所へ」
地面の奥から聞こえるような、低い低い声が聞こえたと思うと、照明灯り、視界が元に戻る。
リコリスの前にいたのは――。
「ロム……ルス……大将?」
卒業式の日にリコリスに指令書を渡した、ロムルス大将その人であった。
「なぜあなたがここに? 今は前線で陣頭指揮を取っておられるはずでは?」
リコリスはふと頭に過ぎったことを問いかけると、ロムルス大将はくっくっと声を押し殺して笑う。
「戦争はね……終わったんだよ。私が、終わらせた」
「…………え?」
リコリスは一瞬、何を入れたのか分からなかった。――戦争が、終わった?
きっとぽかんとした表情になっていたのだろう、リコリスの顔を見ていたロムルス大将は、にやりと口元だけで笑みの形をつくる。
「そうでもなければ、私がこんなところに来られるわけがなかろう」
「えっと…………戦争が終わったというのはどういうこと、なのでしょうか?」
「終結だよ。……全てはこちらに来れば分かることだ」
そしてロムルス大将は踵を返して廊下の奥の方へと歩いて行く。
慌てて付いていった長い階段を降りた先の大きなドアを開けると、その中には――。
「ここ…………は…………」
リコリスは最初、その部屋の光景に思考が止まった。――信じられなかった。
室内にはいくつもの大きなカプセルが並べられており、その内部は水のような透明な液体で満たされていた。その内部は小さなライトで照らされていて、カプセル自体が淡い光を放っているように、リコリスには感じた。
そしてリコリスを驚かさせたのは――カプセルの中に、裸体の少女が浮かんでいることだった。
片方の壁沿いに均等に並べられているカプセル、それらの内部全てに、裸体の少女の体が浮かべられている。体の大きさはムツミほどからクゥほどまで、まちまちであったが彼女らは全員が眠っているのか、そもそも生命体として活動を始めてすらいないのか――目を瞑ったまま、ピクリとも動かない。
リコリスは口をぽかんと開いたまま、背後を、ロムルス大将の方を振り返る。
彼は演説をするかのように両手を広げ、そして低い声で、言った。
「『人形』はすばらしい。たった二人で何千人分もの兵器を作ることができる!」
興奮気味に、大将は話す。
「『人形』たちが来るまでは押されていた我らも、無限の武器によって戦線を元の位置にまで戻すことができた、いや、やろうと思えば戦争に『勝つ』ことも十二分に可能だったろう!」
「……それと、ここに何の関係が……?」
「中尉も分かっているのだろう? 研究所だよ。何を――はもちろん分かるだろう? 君が管理している『人形』の、素体だよ」
それを聞いたリコリスの胸の中に、ふつふつとした怒りが湧いてきていた。
「こんな……こんな人の命を弄ぶようなこと、許されるわけ……!」
「ない? と思うだろう? しかし戦争のためならなんだって許される。君だって聞いてきただろう? 我が軍の『秘密兵器』が敵軍に壊滅的な打撃を与えている、と」
「だからって……こんな人体実験みたいなもの、表に出たらただじゃ――」
「『人形』は戦争のために生まれた物だ。ならば、」
ロムルス大将はリコリスの言葉を遮って言うと。
パンッ、と。
リコリスは、乾いた音を聞いた。
それと同時に、喉の奥からは熱いものがこみ上げてくる。
声を上げようとすると、その代わりに、口からは血が吹き出した。左胸が熱を持ったように熱い。
ロムルスに向けて再び何かを言おうとして――声の代わりに再び吐血したリコリスは、糸が切れた操り人形のようにかくり、と膝が折れる。
リコリスは、急に体から力が抜けていく感覚を覚えた。体を支えきれず、そのまま地面へと倒れ伏す。
「戦争が終われば、それらが不要になることくらい、君にも分かるだろう?」
二つの硬い足音が遠ざかっていく。
しばらくすると。頭上から赤い光が降り注いできた。
何かを訴えるような、音がする。けれど、それが何を意味するのかは、分からない。
リコリスは自分の体から、命が抜けていくのを感じながら。
無機質な警報音を、ただ聞いていた。
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