第9話「少女たちとピクニック」

 ある日の夜、リコリスはベッドに寝転がったまま、悶々とこれからのことを考えていた。

 今の状況は、来たばかりよりはよっぽどいい。けれど、満足しているかと言えば、決してそうではなかった。

「うーーーん……。パンケーキで少なくともちっちゃい子たちとは仲良くなった。けど、もう少しみんなと仲良くなりたいなぁ……。何かいい方法は……」

 天井を見上げて、リコリスは呟く。

 ――士官学校(あっち)じゃ、どんな風に仲良くなったっけ。

 何人かの友人の顔を頭に思い浮かべる。カミュとは共同部屋で話しやすかったし裏表がない性格だったから一日足らずで仲良くなった。馬鹿カイルは食堂でスープをぶちまけたことが接点だった。エリィは座学が隣の席で、授業で教本を見せてもらって、その後の登山でも一緒になって……とここまで考えて、リコリスの頭に電流が走った。そうだ、あの子と仲良くなったのは――!

 リコリスは一つの妙案を思いついた。口元は横に広がり、なかなか元に戻ろうとしない。

 明日一番に話をしよう。そうリコリスは心に決めたのだった。


「明日はピクニックに行きましょう!」

 翌日の朝食時のこと、少女たちが食事を生成しようとしている時に突然立ち上がったリコリスが、全員を見回しながらそう宣言した。

 長い沈黙。そして全員の頭の上に疑問符が浮かぶ。

 ムツミとナナはお互いに顔を見せ合って、首を傾げていた。

 そんな中、リコリスだけが満足げに鼻息一つ、ふん、とつく。

「なんでかって言えば、毎日毎日訓練ってのも色々と消耗しちゃうでしょ? たまにはリフレッシュしなきゃ!」

「あの……」

 と遠慮がちに手を上げたのは、最年長のミナミ。

「……私たちは管理官より戦場に出るときに備えて訓練をするようにと、先代からも先々代からも言われてましたし、それが当然だと思っています。ですので、特に消耗しているということはなく……」

「それでもよ!」

 ミナミの落ち着いた声を遮って、リコリスが言う。

 びしっと効果音が付きそうな勢いでミナミを指さし、目を爛々と輝かせたリコリスは止まる気配を見せない。

「皆は訓練ばっかりで遊び心が足りない。せっかくの人生なんだし、楽しいことしなきゃ!」

「……『人』生と言いましても、私たちは人(にん)」

「あー、それは無し。あなたたちが今まで管理官から何て言われて過ごしたかは分からないけど、私は皆を『人形』とは呼びません。あなたたちは『人』です。人なので遊ぶのです。反論は聞かない。以上」

 その言い分はまるで暴君か支配者か、はたまた融通の利かないただの子どもか。

 ともあれリコリスの中では、明日は訓練を休みにしてピクニックに行くということで決まっていた。

 手を上げていたミナミはふぅ、と息を一つ吐いて、その手を下ろす。納得したというよりも、リコリスの勢いに押されてしぶしぶ、と言った様子が見て取れた。

「ねーねー、『ぴくにっく』ってなにすんの?」

 続いて元気よく手を上げたのは幼少組のヤヨイだった。

「えっとね、どこか目的地を決めて、そこに向けて皆でゆっくり散歩をするの。それで目的地に着いたら、涼しい場所ご飯を食べたり、遊んだりゆったりしたり……自由に過ごすんだ。普段の訓練みたいに急いで山登りをしたりとか、そう言ったのは無し。お話ししながらゆっくり歩くの。……どう?」

「…………おもしろそう! 行きたい行きたーい!」

 ヤヨイの目は爛々としていて、声も上ずっている。まるで新しいおもちゃを前にした子どものよう。「な、クゥもいくだろ?」と隣にいる唯一の妹も巻き込もうとする。

「じゃあじゃあ、おひるごはんにぱんけーきたべたい!」

「当然、作るわよ。あと、普段のご飯とは違って、サンドイッチも作ってあげる!」

「やったーーー!」

 お互い向かい合ってバンザイをするクゥとヤヨイ。

「管理官管理官。行く場所ってもう決まってるんすか?」

 喜び合う幼少組の向かいで、「はいはーい」と手を上げたのはナナ。

 そう、ピクニックには目的地が必要。しかしリコリスはこの周辺の地理が訓練場しか知らない。

「うん、そこなのよねぇ……。訓練場じゃ特別感が無いし……、かといって私が知ってる場所っていうとそのくらいで……」

「場所ならいくつか候補があるっすよ。滝があるところとか、自然にできた洞窟とか。あぁ、山小屋とかもあるっすねぇ」

 指折り数えながら場所の候補を挙げていくナナ。その隣でムツミが「なっちゃん、なんでそんな場所知ってるの……」と脇腹を小突くと、「それは秘密っすよ、秘密」とあっけらかんと返す。

「ねぇナナ、その山小屋ってどのくらいの距離があるの?」

「……そっすねぇ、あたしも探検してて見つけたやつっすけど……。ここから急いで向かって一時間、ゆっくり向かえば三時間、ってところっすかね。意外と丈夫そうな作りしてたっすよ」

「……ねぇ、ナナ。後でその『探検』について教えてもらえるかしら?」

「…………あ。…………あはは、い、いいじゃないっすか、場所決まったんだし、ね?」

 シズクの細まった視線がナナに刺さる。ナナはその視線の逆の方、相方に助けを求めようとするが、ムツミは苦笑いを浮かべたまま首を横に振る。

 そんなやりとりを見ながら、リコリスはパンと手を打つ。

「それじゃあ決まりね。明日は訓練をお休みしてピクニック。起きる時間はいつもと同じで七時にリビング集合。お昼ご飯を作って、そこから出発ってことで、いいわね?」

 各人がめいめいの返事をして、朝食時の臨時ミーティングは終了になる。



 翌日。窓を開けた先は見事な晴天。絶好のピクニック日和だった。

 いつもの時間より早く目が覚めたリコリスは、動きやすい格好をしてリビングへと降りていく。

 するといつものようにリビングでシズクが本を読んでいた。

「おはよ、シズク」

「管理官も、相変わらず早いですね」

「私はもう体に染みついちゃってるからね。……それよりさ、シズク。昨日の話し合いの時、何もしゃべらなかったけど、何かあった?」

 シズクの隣に座ったリコリスは、頬杖をついて目線だけをシズクへと向ける。

 そう、昨日のピクニックの話をしている間、いつもは議論のまとめ役となるシズクがなぜか一言も言葉を発しなかった。リコリスはそれを不思議には思ったけれど、シズクが不満そうな顔をしていなかったことから、特に話を振ることもなかったのだけれど。

 シズクは少しだけ驚いたように目を見開いて、そして読んでいた本をぱたりと閉じる。

「別に、不機嫌だったわけじゃないですよ? ただ――」

「ただ?」

 ふぅ、と息を付いて、シズクは言う。

「私たちを『人形』じゃなくて『人』ですって明確に宣言したのは、あなたが初めてだなぁって。そう思っていただけ」

 リコリスと同じく頬杖を付いて、もうひとつ息をつくシズク。

 その横顔がどこか満足げなものに見えたのは、きっと気のせいではないと、リコリスは思った。

「…………ふぅん。そ、か。……私、褒められてるって思っていいんだよね?」

「……さぁ、それはどうでしょうか?」

 二人してくすくすと笑い合う早朝のリビング。少し肌寒いはずのそこは、どこか温かいものに満ちていた。


「おはよーっ!」「おっはよーーーっ!」

 それから数十分後、ばたばたとリビングに駆け下りてきたのはクゥとヤヨイの二人。いつもよりも早い時間帯なのは、きっと今日が楽しみだからであろう。

「ねぇねぇ、お昼の準備は?」

 リコリスの元へとてとてと駆けてきたクゥは、まだ朝食前にも関わらず昼食のことを聞いてくる。

 おそらく彼女にとってはピクニック、イコール、パンケーキを食べる機会、となっているのだろう。

「作るのは朝ごはんを食べ終えてからの予定だけど……。じゃあ物だけでも準備しましょうか」

「はーい! おてつだいします!」

 やる気いっぱいになっている子のやる気を削ぐにもどうかと思い、リコリスは予定を前倒しして材料の生成だけはやっておくことにした。「私、甘いなぁ……」とそんなことを思いながら、リコリスはクゥとヤヨイへと指示を出す。

 数分もしないうちに、一部はシズクに手伝って貰いながら、机の上には大量の食材が出そろうことになる。

 パンケーキを作るもの一式、それに、ライ麦パン、トマト、キャベツ、干し肉、マーガリン。

 そして調理道具として包丁、カセットコンロ、スキレット、パンが入る程度の箱。

 机の上は食材で一杯になる。

「これが全部お昼ご飯になるの?」

「そうよー、朝ごはんが終わったら作り始めるから、そのときはお手伝いお願いね?」

「はい!」「はーい!」

 二人の元気な声がリビングに響いた。


 そうしてリコリスを含む八人がリビングに集まったのは六時半。

 シズク曰く、朝食前の集合時間が早まったのは今までで初めてとのことで――。リコリスはピクニックを楽しみにしているのかな、と思うと無性に嬉しく思えた。


「それじゃ、サンドイッチを作りましょうか」

「ところで、『さんどいっち』って何すか? 新しい武器の名前?」

「この状況で武器を作れるのはあんたたちくらいのものよ……。

 えっと、試しに私が作りながら説明するわね。そこにある黒くて四角いもの、それがパン――つまり、外側に当たる物ね。それをこんな厚さに切って、ナイフで薄くマーガリン、これね、を塗る。それに薄く切ったトマト、キャベツ数枚、干し肉数枚を乗せて、上からもう一枚パンを載せて……これで完成。パンとパンでサンドするから、サンドイッチ。分かった?」

 最初にとんちんかんな質問をしたナナは、「おぉ……」と歓声を上げ、しげしげと完成したサンドイッチを眺める。

 彼女たちは今まで、缶詰パンに、肉が入った缶詰に果物の缶詰の三品が毎日のご飯だった。パンはパン、肉は肉、とそれぞれの物を一つずつ食べるという方法でしか食べてこなかったから、パンで何かを挟む、という方法自体が初めての経験なんだろう。幼少組だけでなく、ナナやムツミも目を輝かせていた。

「と言うわけで、パンは私が均等に切っておくから挟むのを――」

「はいっ」「はーい!」

 リコリスがそこまで言ったところで、元気な声がリコリスの声を押しのける。

 ヤヨイとクゥ、四つの目がリコリスを見つめる。その目は「やりたい、やらせて!」と言わないまでも十二分に伝わってきた。

「……じゃあ、ヤヨイとクゥ、お願いできるかしら?」

「「はーい!」」

 二人は元気よく返事をして、そして作戦会議を始めた。「私がこれに黄色いこれを塗るから……」「分かった、あたしが乗っけてく役だな!」「じゃあそれで!」

 きゃいきゃいと可愛らしい声を聞きながら、固いパンを心もち薄めに切っていく。幼少組でも問題無く食べられるように、とリコリスの配慮だ。

 パンを切り終えると、今度はパンケーキの番。

 こちらはまだ誰かに任せるわけにはいかないので、一人二枚の分量でパンケーキを焼いていく。最悪、現地で足りなくなった場合、彼女たちに材料を生成してもらえばよいのだから気は楽なもの。

 慣れた手つきで生地を作っていく。学生時代に何度も繰り返した手順だ、レシピを見ずとも余裕でできる。

 その様子を、興味深そうに見ているのはムツミだった。

 以前にパンケーキを振る舞ったときは、完成系が既に机の上に置いてあったし、追加で焼いた物も生地は既にできていた。

 だから机の上の材料から生地ができていく様子は初めての経験のようで、興味津々といった様子でリコリスの手元を眺めていた。

「……ねぇムツミちゃん」

「はっ……はいっ!?」

「そんなに驚かなくても大丈夫だって」

 手元のボウルで生地をかき混ぜながら、優しく呼びかける。

 反応が可愛らしくて、思わずその頭を撫でてあげたくなる。今は両手が塞がっているし、その後ろで相棒のナナが『むつむつに触るなオーラ』を発しているからまだできないけれど。

「今日は急いで作らないといけないから、私が全部やっちゃってるけど――」

「けど?」

 ムツミが不思議そうな視線をリコリスの手元から顔の方へと上げる。

「今度、時間見つけて一緒に作ってみよっか?」 

「――っ! いい、んですかっ!?」

「うん、ムツミちゃん、作ってみたそうな顔してたし、興味あるのかなーって思って。どう?」

「ぜひ! ぜひ、お願いしますっ!」

「ん、じゃあ、約束」

 ぱぁぁと、太陽が輝くような笑みになったムツミは、勢いよく頭を下げる。

 もしムツミに犬のような尻尾が付いていたのなら、嬉しさで左右にぶんぶんと振れていただろう、とリコリスは思う。それくらい、今まで見たことがないくらい嬉しそうな顔をしていたものだったから――言ってみて良かったなと、しみじみと感じるのだった。


 ヤヨイとクゥが人数分のサンドイッチを作るのと、リコリスがパンケーキを焼き終えるのはほぼ同時だった。

 サンドイッチは箱に詰め、パンケーキはラップに包み、別の箱の中へ。飲み物は各自必要に応じて生成。

 そして荷物はミナミの立候補で年長者であるミナミに一任。

 全員の姿が、玄関前にあった。

「それじゃ、みんな準備はいい? って持ち物あるのはミナミだけだけど」

「大丈夫? 重くない?」

「……平気。このくらいなら全く問題無い」

「良かった。疲れたら交代しましょうね」

 ミナミとシズクがそんなやりとりをしている中、ナナが元気よく前の方へと踏み出す。

「場所教えるのがあたしなんで、あたしが先頭でいいっすよね?」

「うん、そのつもり。その後ろにムツミ、それからヤヨイとクゥ、コノハ、で年長組といった順番で行きましょ」

「ナナ、ちなみに聞くけど、その場所、急勾配とかじゃないわよね?」

「大丈夫っす、ここから訓練場までと同じくらいっすよ」

 シズクがじとっとした目でナナを見る。……彼女になにか前科でもあるのだろうか、とリコリスは少しだけ不安に思っていると、シズクはナナの頭をくしゃりと撫でるだけ。

「そ、なら大丈夫だけど――」

「…………だけど?」

 ナナの表情が笑顔のまま固まる。

 シズクの手はナナの頭上に乗せられたまま。そのまま手に力を入れれば、さぞ痛いだろう。

「他に何か隠してないでしょうね?」

「そんなことないっすよ! 本当っす!」

「ま、信じましょ。それじゃ出発しましょうか、管理官」

「ん、それじゃ、ピクニックにしゅっぱーつ」

 ナナの背中を、ムツミは元気づけるように優しくポンポンと叩く。秋の穏やかな空気が、彼女たちを包んでいた。


 山の道無き道を歩いて行く八人。

 ナナには目標までの道が分かるようで、時折顔を上げて進む道を確認しながら、踏みしめられていない山道をずんずんと進んでいく。その姿は、さながら山を知り尽くしたハンターか山道を行軍する熟練兵士を思い起こさせた。

「むつむつ、大丈夫っすか?」

「ん……だい、じょうぶ。訓練で、走り回らなきゃいけないの、に比べれば、まだまだ、平気」

「無理になったら呼ぶんすよ? そのときはお姫様抱っこしてあげるっすから」

「そっ、そそそそそんなことしなくても大丈夫だよぉ!」

 ムツミの反応に、にししと歯を見せて笑うナナ。どこまでが本心か分からないが、もしムツミが歩けなくなったら、本当に背負うくらいのことはしそうだ、と思った。

 一方、疲れを心配していた年少組、ヤヨイとクゥはまだまだ元気いっぱいといった様子。どこかで見つけた木の枝を振り振り、山道を進んでいく。

 後ろの方からは、「もしヤヨイかクゥが歩けなくなったら私が背負いますから」「ん、シズク、お願いね」と年長組の間でも打ち合わせが行われていた。

 リコリス本人も、士官学校で嫌と言うほど体力を鍛えられていたおかげでそれほど疲れることなく歩けていた。「地獄の行軍訓練に比べればまだマシ」と言えるくらいには、リコリスも体力馬鹿であった。


 そして歩き始めて三時間弱、面々は目標となる山小屋へとたどり着いた。

 それは太い木を何本も組み合わせてできていて、リコリスが想像していたよりも大きな小屋だった。そして入り口の扉に鍵はかかっていない。

 建てられて、時間はそんなに経っていないように見える。

「ここがあたしが見つけた山小屋っす。結構いい作りしてるっしょ?」

 指の背で鼻を擦りながら言うナナに、ほぅ……と嘆息で答える面々。

「誰のかは分かんないけど、鍵も開いてるからきっと誰でも使っていいってことだと思うんす。多分」

「ま、もし所有者と鉢合わせしたらごめんなさいしましょうね。――ナナが」

「あたしが悪者っすか!?」

 そんな軽口を叩きつつ、山小屋の中に入る八人。

 中は思いのほか涼しく、綺麗で、掃除や換気をせずともそのまま使える様子だった。

「ね、ね。ごはんまだ? まだー?」「まだー?」

 山小屋が見え始めてから、幼少組はわくわくが抑えきれない様子で、早くお昼ご飯が――特にパンケーキが――食べたいとリコリスをせっついてくる。

「それじゃ、昼食にしましょうか」

 シズクがそう言うと、自然と彼女たちからは歓声が上がる。

 生成した皿にサンドイッチとハチミツを掛けたパンケーキを乗せて、それぞれの前に置いていく。「いただきます」を今か今かと待ちわびる幼少組その姿は「待て」をされている犬のようだ。

「それじゃあ、いただきましょうか」

 各々の前に皿が置かれたのを確認して、シズクがそう切り出す。

 声の揃った挨拶の後に、彼女たちはすぐさまサンドイッチにかぶりつく。

 サンドイッチを強く握りすぎて、パンから具材がこぼれ落ちるのも可愛らしい。四苦八苦しながらも初めてのサンドイッチに舌鼓をうつ彼女たち。両手で持ったサンドイッチを咀嚼する彼女たちの表情は、いたく満足げに見えた。

 普段の訓練をしたときとはまた違った疲労感、そしていつも食べているものとはまた一工夫も二工夫もされたご飯。何度か体験した士官学校の時ですら美味しかったのだ。初めてならなお格別だろう、とリコリスは思う。

 リコリスがサンドイッチを一つ食べ終わったかと思うと、「おかわり!」と元気のいい声が聞こえてくる。口の周りをトマトで赤くしながら笑顔で皿を出すクゥ。本当にこの時間を楽しみにしていたのだろう、食べるスピードが普段の食事とは段違いに早い。そしてクゥに競うように「おかわり!」と言ったのはヤヨイ。もしかすると、二人で作ったサンドイッチは、二人が初めて作った料理、ということになるのかもしれない。そう思うと、二人の食いっぷりの良さが、やけに愛おしく思えた。

「はいはい、急いで食べすぎて詰まらせないでね」

 シズクはうれしそうに彼女たちの皿にサンドイッチを置いていく。

 普段の食事量から計算して、ほぼ倍に増やしたサンドイッチの数だったが、気がつけば箱の中は数えるほどにになっていた。パンケーキも同様で、――このままのペースだったらこの場で作らなければいけなくなるかもしれない、と思うほどで。

 普段と違う場所で、普段と違うものを食べる――そんな些細な変化が、こんなに楽しく、嬉しいことになるのだと思うと、またいつかやってもいいかなと、リコリスはそう、しみじみと思うのだった。



「…………ん。…………――――ぅん!?」

 リコリスがぱちりと目を覚ます。食事をして山小屋の床にごろんと寝転んだが最後、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

 周りを見渡すと、気づけば山小屋の中でリコリス以外の全員もすやすやと眠っていた。

 懐中時計を見ると――午後の三時。山小屋の中に吹き込んでくる涼しい空気がやけに心地いい。できるならもう一眠りしたいところだけど――。

「ねぇ、シズク、ミナミ、起きて。そろそろ帰らないと。コノハ、ナナ、ムツミ。ほら、起きて」

 リコリスは周りで眠っている面々を揺すって起こす。なおムツミの首の辺りにクゥの足があり、ムツミ本人は非常に寝苦しそうであった。

「んぅ…………はっ、やっば、いつの間に!」

 ナナが起きたのを皮切りに、全員が目を覚ます。

 入り口に入ってくる太陽光はまだ白い色をしていて、夕方にはまだ少しだけ時間があるように見える。しかし秋口ともなれば日が落ちるのも早い。時間的な猶予は、そこまで無いようにに見えた。

「ふぁ、ぁ。いつの間にか寝てたわね」

「いつ寝たのか覚えてないです……」

 シズクが大きく伸びをする一方で、ムツミがまだ眠そうに小さく欠伸をする。

「それじゃみんな、そろそろ帰るわよ」

 ある者は欠伸をしながら、ある者は半分眠りそうになりながら、ある者は元気よく、またある者は少しばかり急ぎながら――それぞれの返事の仕方でシズクに応える。


「じゃ、帰りもあたしが先頭でいいっすよね?」

「ん、道案内、よろしくね」

「ういうい、っす」

 行くときにミナミが持っていた籠の中身は、綺麗さっぱり無くなっていたことから光に還した。荷物は無いものの、行くときとは逆で下り道。もし怪我をするとすれば、この帰り道で転んでしまった場合。ゴロゴロと斜面を転がり落ちてしまう可能性がある。

 注意深く、そして日が暮れる前に帰る必要があった。

「ナナ、帰り道は――」

「分かってるっすよ。行きはよいよい、帰りは怖い、ってね。注意してゆっくり進むっす」

「ん、分かってるなら大丈夫」

 にっと歯を見せて笑うナナに、リコリスは安心感を覚える。普段の訓練では見ることのなかった、ナナの頼もしさや器用さ。ナナだけではない、初めて見る彼女たちの別の一面が見られたことが、リコリスには嬉しかった。

「それじゃ、帰り道も気をつけて。しゅっぱーつ」

 ナナの声を合図にして、面々は歩き出す。

 足元ではかさかさと落ち葉を踏む音がする。小気味のいい音を立てながら、彼女たちは山を下りていった。


「ただいまー」「たっだいまー!」

 自分たちの家――第五十九番倉庫が見えると、幼少組の二人が猛ダッシュして家の扉を開ける。最初こそは体力切れを懸念していたものの、蓋を開けてみればヤヨイもクゥも最後まで元気いっぱいだった。子どもの体力はあなどれない――と足の張りを感じるリコリスだった。

 家に帰ると十七時半、行きと同じくらいの時間をかけて帰った計算になる。

 全員がリビングの指定席に座ると、疲れがどっと襲ってきたのか、全員がだらけた様子を見せる。疲れたのはリコリスだけではなかったようだ。

「楽しかったねー」「ご飯もおいしかったー」

 元気いっぱいにピクニックの感想を言い合っているのはヤヨイとクゥだけ。残りは椅子に寄りかかっている。

「まぁ、疲れたわね」

「……疲れたわね」

 リコリスとシズクがそんな年寄り同士のようなやりとりをしたその瞬間、

 ジリリリリリッ、

 と、リビングの隅にある電話機がけたたましい音を立てる。

 参謀部と直接繋がっているその電話は、リコリスがパンケーキの材料を取り寄せたときに使用されたもの。そのときはこちらから掛けたものだったが、この電話に掛かってくるのは初めてのことだった。

 リコリスは「ピクニックの満足感に浸らせなさいよ空気読めないわね」などと心の中で愚痴りながら、疲れた体を引きずって、電話を取る。

「はい、こちらリコリス・ハーミット」

『電話に出るのが遅い。手短に要件だけ話す。リコリス中尉、出頭命令だ。明日の九○○○、合流場所へ来い』

「…………――――はい?」

 野太い声が、電話口から響いた。

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