第8話「少女たちへの手紙」

 ある日の早朝。

 カーテンの隙間からは朝の優しい日差しが差し込んでくる。まだ早朝と言うにも早い時間帯。

 コンコン、コンコン。

 何やら窓ガラスを叩く小さな音がするのに、寝ていたムツミが気づく。

 ムツミとナナの部屋は二階で、地上からはそれなりに高い位置にある。誰かがノックできる高さでもないし、ヤヨイかクゥ辺りがイタズラでもしているのかな――そう思いつつ目を擦りながらカーテンを開けると、窓枠に一羽の鳩が部屋の中を覗き込むように佇んでいた。

 その鳩の大きさは二十センチほど。朝日を受けて、首元がエメラルド色に光って見える。

 ムツミはその愛くるしい目元とくちばしの形に、見覚えがあった。

「…………え? ピヨちゃん?」

 思わず声が大きくなってしまう。窓の外にいたのは、間違いなく次女のニーナが飼っていた小鳩のピヨちゃんだったからだ。

 ムツミの驚いた声に、逆側のベッドに寝ていたナナもゆるゆると体を起こした。

「んぅ…………、むつむつ、どうしたんすか? 朝から大きな声出して……」

「ピヨちゃんが来たんだよなっちゃん! ほら!」

 目を擦り擦り寝ぼけたような声を上げるナナ。相変わらず髪の毛はぼさぼさで、右に左にと金とオレンジの間のくせっ毛が跳ねている。

 くぁ、とあくびをひとつついたナナは、ようやくほとんど閉じていた目を開き、窓の外を見る。

「んー…………あ、ほんとだ。これは紛れもなくピヨちゃんっすね。

 ……とりあえず、中に入れてやったらいいんじゃないっすか? せっかく来てくれたんだし」

「あ、そうだよね。順序逆だったね。おいで、ピヨちゃん」

 ムツミが窓を開けると、両方の足を揃えて小さくジャンプしながら部屋の中に入ってくる。

 そして小さく羽ばたいたかと思うと、慣れたようにムツミの肩に乗ってくる。

「ん。やっぱり、ピヨちゃんはむつむつの肩がお気に入りっすね」

 ムツミの頬に顔をすり寄せてくるピーちゃんにくすぐったそうに笑うムツミ。労うように頭を人差し指の背で撫でてやると、気持ちよさそうに「くるるる」と鳴く。

「あ、そうだそうだ、手紙!」

 ムツミはピヨちゃんの足を見る。予想通り、足には白く折りたたまれた手紙が巻かれてあった。

 長女のイチカと次女のニーナ、そして先代の管理官が前線に向かってからというもの、時々このようにピヨちゃんを使って手紙を届けてくれていたのだった。長距離間で連絡が取れる通信設備は限られていることもあり、手紙は姉妹の間で連絡を取り合う重要なアイテムとなっていた。手紙の中身は自分たちの近況報告がほとんどで、第五十九番倉庫の姉妹たちも返信の手紙をピヨちゃんの足にくくりつけ送り出したものだった。

「多分これ……姉さんたちから、だよね」

「そっすね。あたしたちが見ちゃいけないのがあるかもしれないし、まずはシズク姉っすかね」

「そうしよっか」

 ムツミはピヨちゃんを肩に乗せたまま、自室のドアを開ける。秋口のひんやりとした空気が二人と一匹の頬をなでた。

 リビングへと降りると、いつもと同じように、いつもの席で本を読むシズクとリコリスの姿があった。

「シズク姉さん!」

「あらムツミにナナ、今日は早いじゃないの。…………あら」

 シズクはムツミの肩に乗っている存在に気づいたのだろう、目を丸くして、それから嬉しそうな顔になる。

「ピヨちゃんじゃない。ムツミの部屋に?」

「はい。さっき窓にピーちゃんが来ててね、手紙がくくりつけてあったの」

 折りたたまれたままの手紙を、ムツミはシズクへ差し出す。

「あなたもご苦労さま。大変だったでしょう」

 シズクは優しくピーちゃんの喉元に優しく触れる。されるがままになっているピヨちゃんは気持ちよさそうに目を瞑る。

「ピヨちゃんを使うってことは、大体ニーナ姉よね。皆が揃ったら開けましょうか」

「……緊急の連絡とかじゃなきゃ、いいんだけど……」

「むつむつは心配性っすねぇ。大体いつもの近況報告だって」

 猫を可愛がるように、ナナはムツミの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「……だよね」

 ムツミはへにゃっとした笑みを浮かべて、ナナを見上げる。

 いつもと変わらない日常が、そこにはあった。


「――さて皆、揃ったわね。イチカ姉かニーナ姉か、もしくは前の管理官か。出したのは誰だか分からないけれど、今朝ピヨちゃん経由で手紙が届きました。雨に降られちゃったみたいで、紙は濡れてたけど、なんとか読めるので、皆で見てみようと思います」

 リビングにはいつもの八人が揃っている。ミナミたちは慣れたようにシズクの話を聞き、リコリスは「伝書鳩って今もあるんだ……」と小さく呟いた。

 ピヨちゃんが泥にでも足を踏み入れたのか、白紙というよりもほとんどが茶色の紙となっているそれを、シズクは全員の視線が手紙に集まっているのを見、ひらりと裏返す。

 そこには『ミナミたちへ』としっかりとした筆跡で文字が綴られていた。


『ミナミたちへ


はぁい 皆元気?

やっとこっちは少し落ち着いてきた感じです。

来る日も来る日も出撃任務ばかりだったから、そっちの訓練が懐かしいよ

それはそうとして、そっちはみんな仲良くしてる? ケンカとかしてない?

こっちはイチカ姉と管理官とでぼちぼちうまくやってます。ほ

かの軍人さんとかとは管理官が相手してくれてるから、そこは

らくちん。管理官からの命令を聞いているだけでいいからね。

にしても、そっちは大丈夫? なんかこっちで変な噂が立ってるみたい。

げんきでいてくれればいいんだけど……。戸締まりとかはちゃんとするんだよ?

てきどに息抜きとかして、無理しないように。新しい指揮官と仲良くね!


                               ニーナより』


 ミナミたち、第五十九番倉庫に残る面々を心配し、そして大事に思っているのがひしひしと伝わってくるような、温かい文章が紙面に躍っていた。

 リコリスには、文面にどこか独特の言い回しがあるようにも思えたが、それが手紙を送った者の書き方なのだろうと理解する。

 周りを見ると、文面を覗き見る彼女たちの表情は明るい。きっと、文章の中に手紙を書いた人の姿を見ているのだろう。文章でもその人らしさを出せるということは羨ましいと思うし、それだけ、手紙を送った主が彼女たちから愛されていると分かって、リコリスも嬉しくなる。

「お姉さんは、妹思いの良い子たち、なんだね」

 リコリスが文章を読み終えてしみじみと言うと、隣にいたシズクがリコリスの方をちらりと見る。

「だって――」

 シズクが眉を下げて、少しだけ恥ずかしそうに笑う。

「私たちの、自慢の姉さんたち、ですから」

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