幕間2「光、無音、窓辺にて。」

「まったく…………」

 就寝前。ふと部屋のカーテンを開けると、就寝時間が過ぎているにも関わらず隣の部屋からは薄らぼんやりと明かりが漏れていた。コノハは小さく呟くと、目を瞑って静かにため息を付いた。

 この家における就寝時間は、特に定められているわけではない。しかし過去に長女のニーナが「この時間には寝るようにしない?」と提案して以来、大体姉妹の全員がその時間には寝るようにしている。

 しかし物事には例外があるもので――。隣のミナミとシズクの部屋や、その隣のイチカとニーナの部屋は時間通りに電気が消えるけれど、管理官の部屋やムツミとナナの部屋は時々就寝時間が過ぎても明かりが付いていることがあった。

 得てしてそういうときは、ムツミとナナが痴話喧嘩をしたときの後。

 ――今ごろはきっと、二人でちゃんと言葉を交わして、仲直りをしている頃だろう、とコノハは二人の顔を思い浮かべる。

「あの二人と言ったら。…………まったく」

 コノハは再度その言葉を繰り返して。そして自分の口元が、小さく笑みの形を浮かべているのを自覚する。

 ――手間のかかる妹たちだ。

 コノハはムツミとナナの二人をそう評価している。

 ムツミとナナ。お互いが、お互いを大事に思っているからこそ、相手を大事にするがあまりに、二人はよくぶつかり合う。それは喧嘩というにはあまりにもかわいげのあるもので、あまりにも些細なもので――。

 それはお互いが言葉をしっかりと交わせば、すぐに解決するものなのだけれど。二人はあまりにも奥手で、不器用で。だから、誰かが背中を蹴っ飛ばしてやらないと、解決に動けない。動かない。

 今回だってそうだ。コノハがナナをけしかけてやっと、喧嘩をして以来言葉をろくすっぽ交わさなかった二人が、今部屋の中で話をしている。それがなきゃ、二人はずっとお互いに顔を背けて、お互いの様子をちらちらと見ているままだっただろう。

 ――まぁ、今回は、いや、今回も。無事に仲直りできそうでよかった。

 コノハは心の中で安堵して、カーテンに手を掛ける。

 隣の部屋の話し声は聞こえない。けれど、柔らかい明かりだけが部屋から小さく漏れ出ていた。


 コノハは暗い部屋の中、静かにベッドに座る。

 この家は二階が管理官の部屋以外は全部同じ作りになっていて、コノハの一人部屋も、その限りではない。

 コノハがいつも寝ている西側のベッド。その向かい側に、もう一つのベッドがある。

 向かいのベッドの中には誰もいない。夜にちょくちょく遊びに来ては、向かい側のベッドに座って話し相手になってくれた笑顔の姉は、もういない。

 次女、ニーナ。

 コノハをちょくちょく気に掛けてくれて、夜になるとよくコノハの部屋に遊びに来てくれたのが、ニーナだった。

 管理官が持ってきた私物の書物を借りて読むのが夜の日課だったコノハの日常は、ニーナが来るようになってがらりと変わった。

 就寝時間直前に部屋にやってきては、外に連れ出して星空の眺め方を教えてくれたり。訓練が休みの日は、山へと連れ出して狩りを行ったり――もちろん野生動物の肉は姉妹でおいしく頂いた――。朝起きて、訓練をして、寝る。そんな日常を、良い意味で壊してくれたニーナにコノハは感謝していた。

 コノハはニーナが浮かべる、天真爛漫といった笑みを近くで見るのがコノハは一番好きだったし、家の中でニーナに会う度に、頭をわしゃわしゃと撫でられるのが好きだったし、挨拶代わりにキスをするといった過度とも言えるスキンシップは、コノハは嫌いではなかった。

 ニーナがコノハを気に掛けてくれる分、コノハもニーナに懐いていたし、よく甘えていた。部屋にいるときに、時々コノハの隣に座っては静かに頭を撫でられるのが好きだったし、そんなときに耳元で囁かれる言葉が、くすぐったくて気持ちが良くて、大好きだった。

「――――――」

 甘えられる相手が、心の底から言葉を交わせる相手がいるということは、それはその人にとっては心の支えとなりうるもので――。だからだろう、ムツミとナナが痴話喧嘩をしたときはいつも、ニーナの事が頭に浮かぶ。ニーナの手の温かさと柔らかさを、思い出す。

 今でも向かいのベッドに、にへらと笑ったニーナがいて、「コノハ」と少し声を抑えた明るい声が聞こえてくるような気がする。

 寂しい、とは思わない。

 胸の中にはニーナがいるし、ニーナの言葉は、文字となって今でも届いているし。――何よりもニーナとの約束を守ることが、コノハの中の支えとなっている。

『コノハ。私はちょっと遠くに行っちゃうけど、絶対に連絡はするから! だから妹たちをよろしくね!』

 家からイチカとニーナが出る日に、頭を撫でられながらニーナから言われた言葉。

 妹たち、とはもちろん姉のミナミとシズクも含むけれど、暗に妹のムツミやナナ、ヤヨイやクゥを任せられた、という思いが強い。

 だからだろう。ムツミとナナの二人を、特に気に掛けてしまう。

 ニーナがしてきたことを、その通りにできるとは思っていない。だけど、コノハは、コノハができるだけのことをしようと思っている。それが、ニーナとの約束だから。

「――ニーナ…………姉さん……」

 今は遠くにいる、大好きな姉の名前を静かに呼ぶ。

 ――私たちは、皆元気でやってます。色々と喧嘩とかもしてるけれど。

 次にニーナから手紙が来たら、返事の文面にそう入れよう。

 コノハは胸の中でそんなことを思いながら、静かにベッドに体を倒した。

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