第5話「少女たちの日常」

 朝。

 ぱちりと目を覚ましたリコリスは、枕元に置いていた懐中時計を見る。

 五時五十分。士官学校にいたときと変わらない時間に目が覚めた。寮の中であれば起床ラッパが鳴り響くちょうど五分前。寝る場所が変わっても起きる時間は変わらない自分に、思わず苦笑した。

 ベッドを整え直し、寝間着から軍服に着替え、髪を整えてから部屋を出る。廊下の中腹ほどにある水場で口をゆすいで顔を洗う。体に染みついたルーチンの動きを行い終えると、眠気は吹き飛び、頭はすっきりとしていた。

 階段を降り、昨日シズクやナナと話をしたリビングに足を向けると――。

「あら管理官、おはようございます。朝は早いんですね」

「おはよう。シズクこそ、寝た時間は同じくらいのはずなのに、早起きね」

「私はここで姉妹たちが起きてくるのを待つのが好きなんです」

 リビングに座って、本を読んでいたのはシズクだった。

 椅子に深く腰掛けて、分厚い本を読んでいるのを見ると、昨日話をしたときとはまた違った印象を覚える。

「他の子も朝は早いの?」

「早い子もいれば、集合時間ギリギリに来る子もいますね。大体は同室の子と一緒に来ることが多いです」

「彼女たちの部屋は二人部屋なの?」

「ええ、私はミナミと、コノハはー、ちょっと諸事情で一人部屋。ムツミとナナ、ヤヨイとクゥが同室、ですね」

「ふぅん……諸事情っていうのは二人一組でユニットを組む関係?」

「あら、その部分は後で説明が必要かと思っていたのですが……前管理官の日記帳でも読みましたか?」

「ま、そんなとこね」

「噂をすれば影、ですね。ムツミとナナの二人です」

 シズクが手のひらでリビングに続く廊下を指し示すと、二人の少女が歩いてきていた。

 片方はオレンジ色と金髪の間のような色の髪を右に左に自由に跳ねさせながら、大きな欠伸をしている。まだ眠気が残っているのか、足取りはどこかおぼつかない。

 その一方でもう一人、ナナの少し前を先導するようにちょこちょこと歩いてきているのが、シズク曰くナナのペアであるムツミ。

 自分ほどでないにせよ、比較的長身のナナとは異なり、ナナとちょうど頭一つ分ほど小さいムツミは、ナナと並ぶと更に小さく見える。肩より少しだけ長いセミロングの黒髪で、長い前髪が目に入らないように左右をヘアピンで留めているいう髪型、そしてこぼれそうな大きな深緑の目も相まって、ナナよりもムツミの方が妹に見えるが、実際は逆らしい。

「うんうん、むつむつは相変わらず今日も可愛いっすねぇ」

「もー、なっちゃん、髪整えたばっかりなんだからくしゃくしゃにしないでって!」

 寝ぼけているのか、それとも素でやっているのか。まるで愛犬の頭を撫でるように、歯を見せながらムツミの頭を両手でわしゃわしゃと撫でるナナ。そんなやりとりは見ているだけでほほえましく思ってしまう。

「二人は、本当に仲がいいのね」

「住んでいる中でも、一番の仲良しですね」

 そういうシズクも、愛おしいものを見るような、慈愛の視線を二人に向けていた。

「あ、シズク姉、管理官、おはようっす」

「おはようございます。シズク姉さん」

 シズクを前に礼をしたムツミは、それからちらりとリコリスの方を見て――そして小動物のようにナナの後ろに姿を隠した。

「ムツミちゃん――だっけ、おはよ」

 こちらから声をかけてはみるものの、返事は無し。ナナの後ろから訝しげな視線を見せるムツミに、どうやら警戒されているようだ。

 ――まぁその気持ちは分からなくもないから、ショックを受けるものでもないけれど。

「じきに慣れますよ。きっと」

「うぅん、そうだといいんだけどねぇ」

 座る場所は固定されているのか、いくつかの椅子を隔てて二人は並んで座る。

 かと思いきや腕を枕にして、再び寝ようとしているナナ。それを必死に起こそうとするムツミとのやりとりを見て本当に仲がいいんだな――とリコリスは再認識した。


「おっはよー!」「はよー!」

 ムツミとナナがリビングの席に着くやいなや、今度は元気いっぱいな声と共に幼い少女たちが飛び込んできた。

「背が大きい方がヤヨイで、小さい方がクゥ。やんちゃな子たち、ですね。色々と」

 リコリスの隣に座るシズクが、彼女たちの名前と見分ける特徴を教えてくれる。

 先に入ってきたヤヨイは、浅葱色の髪を短く切っていてボーイッシュな印象を覚える。

 一方その後ろからヤヨイに続いて入ってきたのがクゥ。一本のヘアゴムで結んである黒髪をぴょこぴょこと躍らせてリビングに飛び込んできたクゥは、その勢いのままリコリスの元までやってくると、大きなくりくりとした目でリコリスを見上げてくる。

「ねぇねぇ新しいかんりかん! ここに来るとちゅうのガラガラ、あれどうだった?」

「ガラガラ…………あぁ」

 家に入る前、橋に足を踏み入れたときに金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡ったのをリコリスは思い出す。――もしかして、と思いクゥの方を見ると、にこーっとやんちゃな笑みを浮かべてきた。

「あれあたしあたし! あたしが作ったの!」

 手を上げて、あの警報装置を作ったのは自分だと自己主張するクゥ。ぴょんぴょんとその場でジャンプする様子は、まるで懐っこい飼い犬を連想させる。

「クゥはトラップを仕掛けるのが大の得意で……。管理官、建物の中にも気がつかないうちに色々と仕掛けられてるので、注意してくださいね? この子、容赦ってものを知らないので……」

「ち、注意するわね」

 クゥに聞こえないようにこっそりと説明をするシズク。後半の言葉に、やけに真剣味を感じたリコリスは、建物内にいるときも気をつけよう、と決心するのだった。


 それから三十分程が経ち――。

「シズク、おはよう」

 気がつけば背後にすらっとしたスタイルの女性が立っていた。声がするまでリコリスもシズクも気がつかず、危うく変な叫び声を上げそうになったのをなんとか飲み込む。

「っ! あ、ミナミ姉さん、おはようございます。今日は早めですね」

 ミナミと呼ばれたここの家の最年長者。腰まである銀髪は、さらりとまっすぐに伸びていて、上質なシルクを彷彿とさせた。

「うん、まぁね。……管理官が来た初日に寝坊は、かっこ悪いし」

 ややつり目がちで、それなりに背が高いことから一瞬怖い印象を覚えたものの、声色は優しいものを持っていて。見た目によらず優しい人なのかもしれない、とリコリスは感じた。


「……おはよう……」

 それからしばらくしてやってきたのは最後の一人、コノハ。

 ぼさぼさの枯草色の長髪はぼさぼさで、整えられているようには見えない。しかしその足取りはしっかりとしていて、眠そうというわけではないように見える。

「コノハ、今日もギリギリまで読書?」

「……ん」

「まったく……起きてるならこっちに来てなさいな」

「うるさいと、本に集中できない……」

 シズクとそんなやりとりを行いつつ、席に着くコノハ。

 時刻は七時ギリギリ。シズクが言った時間通りに全員がリビングに集まった。


「それじゃあ皆、朝ごはん出して」

 シズクが全員に向けてそう言うと、全員がそれぞれの様子で手のひらを上にして、何かを生成し始める。

 数秒後、彼女たちのテーブルに置かれたのは、カロリーを取ることだけを重視した缶詰パンに、肉が入った缶詰に果物の缶詰。そして缶切り。以上。

 リコリスの前にも、シズクが生成してくれた同じものが置かれる。

「それじゃ、いただきます」

「「「「「「いただきます」」」」」」

 シズクの声に合わせて、全員が手を合わせて、それらを食べ始める。

「ちょ、ちょっとまって。みんないつもこんなものを食べてるの?」

 慌ててリコリスが立ち上がり、シズクに問いかける。

 このようなご飯は、最前線の、かつ戦場で兵士が食べるようなものだ。ここのような、ある意味で戦いとは無縁な場所で食べるようなものではない、というのがリコリスの考えだった。

 もっと温かいものや、スプーンを使って飲む温かいスープなどがあってもいいんじゃないか、彼女たちは、見た目は育ち盛りの少女なのだから、と。

 しかしリコリスの主張とは裏腹に、彼女たちはもくもくとそれが当然であるかのように食べている。けれど、決して美味しそうに食べているようには見えない。

 リコリスは士官学校にいた時のことを思い出す。その時は朝食こそほぼ似たようなものだったものの、昼食や夕食は自分が好きな物を注文できるスタイルで、「今日は何を食べようか」などと選り好みをするのが楽しみの一つであった。もちろん、自分が選んだものなのだから美味しいに決まってる。頬に手を当て、ほっぺたが落ちそうになりながら食べたものだった。もちろん、食後の甘い物も忘れることなく。女生徒同士で食べ合いをしたものだった。

 ――しかしここの食事事情は何だ。まるで最前線の兵士が無理矢理流し込む非常食のようではないか!

 目を見開いたまま少女たちの食事風景を眺めていると、シズクの席の方向から声が上がった。

「そう言われましても、管理官。これで必要な栄養素は取れてます。……なにより、私がここに来てからずっとこの食事ですよ?」

 そうしれっと言うのは最年長のミナミ。他の彼女たちも、うんうんと頷きながら、乾パンと共に缶詰の中のものを口に入れている。

 その間にも、コノハがヤヨイの口元を生成した布巾で拭いてあげて面倒見の良さを見せていたり、ムツミが食べきれなかった分をナナが代わりに食べてあげて「だからむつむつは小っさいんすよ」などとからかっていたり、クゥが目をこらさないと見えないほどの細い線でヤヨイの果物の缶詰を自分の方に引き寄せていたり――もちろんすぐにバレた――と、短いながらも彼女たちの人となりが少しずつ分かる食事風景だった。

 リコリスもリコリスで、一応最前線での食事は何度か体験していて慣れたもの。乾パンと一緒に水分が多い果物を食べることで口の渇きを防ぎつつ、合間合間に肉を食べて飽きを防いでいた。

 決してまずいわけではない――けれど、美味しいとも言い切れない。

 リコリスから思えば、食事こそ一日の中で唯一楽しみを得られる機会。それを、こんな味気ない物で処理してしまうのはもったいない! と。そう思ったリコリスは決心をする。

 いつか、この子たちに「おいしい」と言われる物を食べさせてあげたい――と。


「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」

 食事の時間は十分にも満たなかった。腹だけが膨れるだけの食事。これからこんな食事が続くのか――と思うと、リコリスの胃は少しだけ重くなるのを感じた。

「それじゃ、みんな、運動できる服装に着替えていつも通りもう一度ここに集合。分かったわね」

 シズクがそう言うと、思い思いの返事をして彼女たちは部屋の方へと戻っていく。

「これから何をするの?」

「前管理官の日記帳に書かれてませんでした? いざ戦場に行ったときのための――」

「あ、訓練か。……こんな早い時間からやるんだ」

「訓練の内容を見れば分かってくれると思います。周辺の関係上、暗くなったら帰りが大変なので、日があるうちにしかできないんです」

「あぁ、なるほどね」

 この第五十九番倉庫は、周りを山に囲まれた場所に立っている。もちろん町中のように街灯があるわけでもなく、日が落ちれば明かりとしては月の光だけとなり、明かりとするには心許ない。そういう意味では日のあるうちに訓練をし、日が落ちるまえに訓練を終える、というのは理にかなっているように感じる。

 リコリスがひとり頷いていると、どたどたと走ってくる音が二つ。ヤヨイとクゥの二人が動きやすそうな運動着に着替え、やる気満々といった様子で戻ってきた。

「ヤヨイ、コノハはまた本開いたりしてなかったでしょうね?」

「んぁー? 私が着替えてる時に一緒に着替えてたから多分大丈夫じゃねーの?」

「……ならいいけど。あの子、遅刻常習犯だから」

 後ろの言葉は、自分に向けての言葉のように思えた。

 続いてミナミが、ムツミとナナが、最後にコノハがリビングへとやってきた。

 全員が士官学校で使うときのような運動着に袖を通しており、まるでこれから体育の授業が行われるようにも見える。

「ちなみに、これらの服って……」

「もちろん、生成したものです。終わったら還せばいいし、洗い物もしなくていいので」

「便利なものね」

 イタズラっぽくウィンクしたシズクに、感心するやら驚くやらのリコリスだった。


 第五十九番倉庫を出た彼女たちは、建物の北側の山を登り始めた。

 リコリスがここに来るときにあった道のようなものはなく、ただ木々が点々生えている山を慣れた足取りで登っていく。歩く道無き道は、傾斜角度にして約三十度。楽々というわけではなく、それなりに傾斜を感じられる道程だった。

「管理官、大丈夫ですか?」

 シズクがリコリスに向けて手を差し伸べるも、彼女も士官学校を次席で卒業した自負もある、簡単にへばってはなるまいと、その申し出を断り、木に手を掛けてゆっくりと登っていく。

 歩き始めて三十分、登りの道が終わったと思うと、急に視界が開けた。

 そこは五十メートルプールが二つか三つはすっぽり入るほどの空間で、そこだけは斜面がなく、平坦な場所になっていた。

「へぇ……こんなところが…………」

「ずぅっと昔は田んぼか何かだったんでしょうね。探検好きなナナが偶然この場所を見つけて、それ以来ここを『訓練場』と呼んでここで訓練をしています。家の前は狭いし、山の中で訓練するにも、やることが限られますからね」

 確かに、戦闘行為は基本的に平地で行われることが多い。それを考えると、訓練も平地で行うのが普通だろう。リコリスの士官学校の実地訓練では、あくまで山は重い物資を運ぶだけのものだったから、その考えは正しいと思う。

「さ、午前中は近接戦闘の訓練よ。各自ペア同士で組んで」

 シズクの指示に合わせて、それぞれがユニットで決められたペアで組む。

 ミナミはコノハと。ムツミはナナと。ヤヨイはクゥと。そして――。

「あれ、シズクは?」

「私は監督役です。皆がちゃんとしっかり訓練しているかの、ね。――それとも、管理官、私と組んでくれますか?」

「――必要とあらば」

 挑戦的なシズクの視線。初めて見るシズクの表情に、リコリスの胸はどくんと大きく高鳴る。

 自分だって士官学校の男性陣を相手に何度も勝ってきたんだ、このようなところで負けるわけにはいかない!

「じゃあ、お相手お願いましょうか」

 シズクはそう言うと、リコリスへ生成した木刀を渡す。リコリスはそれを両手で握りしめ、シズクと距離を取った。

 彼我距離は約三メートル。

 数歩もあれば十分間合いに入れる。後はどこで仕掛けるか――そう思っていると、瞬きをしたその一瞬でシズクが間合いを詰めてきた。

「――ッ!?」

 反射的に木刀を横に傾けると、ガンッと鈍い音が響いてリコリスの脳天を狙った一撃はそこで止まる。

「あら、一撃で仕留めるつもりだったのですが」

「そう、簡単に、負けてたまるものですか!」

 そのまま鍔迫り合いに入る二人。その力は思っていた以上に強く、まるで同期の力自慢を相手にしたような――いや、それ以上の力で圧倒される。全力で抵抗しているにも関わらず、ギリギリとシズクの木刀が自分の頭に迫ってきているのが分かった。シズクの細い腕のどこからこんな膂力が発揮されているのか、リコリスは驚きと共に対抗意識を感じた。

「ッ、だぁぁぁっ!」

 力任せに木刀を振るい、その力の方向をなんとか逸らす。再び二人の間には距離ができた。

 ――力で負けているなら、攻められる前に、攻める!

 大きく一歩を踏み出し、袈裟斬りを仕掛けるも、剣先で軌道を逸らされてシズクの体には届かない。返す刀で胴を狙うも後ろに踏み出すことで回避、再び一歩。距離を詰めて喉元への突きを繰り出す、しかし軽く横に太刀筋をずらされ、外れる。そのままの勢いを利用し、回転。逆袈裟に切り上げて木刀を狙うも、今度は防がれ、再び鍔迫り合いへ。

「なかなか、管理官もやりますね」

「シズクも、ねっ!」

 二つの木刀の間には、ギリギリと音が鳴っている。うっすらと笑みを浮かべているシズクの声には、まだ余裕があるように見える。それでも全力で力を入れていないと、すぐに押し負けてしまうんじゃないかと思われるほどの力。

 ――この子、強い!

 リコリスは胸が先ほどとは別の意味で胸が高鳴るのを感じていた。

 自分の闘争本能を沸き立たさせてくれる相手に、リコリスの口元はにやりと三日月型を描く。

 守ることなく攻め続けたリコリスは、次第に息が荒くなってくる。呼吸が乱れ、一瞬攻撃が緩んだその瞬間、今度はシズクの方から反撃が開始された。上段からの振り下ろし、突き、回転を利用した袈裟斬りに逆袈裟の一撃。全てが重く、速く、鋭く、彼女たちのスペックの高さを、リコリスはその身で知ることとなった。

 幾度と無くリコリスは地面を転がり、急所に致命的な一撃を受けかける。しかしすんでの所でそれを避け、打撃は受けども致命的な一撃は回避する。

 一方のシズクにもリコリスは数度の有効打を与える、しかし彼女はまったくと言っていいほど痛がる様子もなく、動きが鈍くなること無く、リコリスを攻め続けた。

 何合も打ち合って――そして、最終的に降参を申し出たのはリコリスの方だった。

「はぁーっ、はぁっ、はっ、……ふぅー……。……強い、ね、シズク。まったく敵わない」

「一応、人よりは強く造られてますからね。それでも、管理官とは互角にやり合えたと思っていますよ?」

「バカ言いなさいな。私が攻撃すれば通る気配がまるでなくて、守ろうとすれば全てがギリギリで。後半なんて防戦一方だったじゃないの……今も、息切れしてないし……なんなの、あんたたちのスペック……」

「それでも、その二人を投入してもなお、戦争はまだ終えることができていない。まだまだ弱いですよ、私たちは。――だから、訓練してるんです」

「…………そ、か。じゃあ私も、なんとか管理官としてお仕事しなきゃ、ね」

「その調子です、管理官」

 シズクから手を伸ばされる。その手を掴んで、なんとか立ち上がったリコリス。その二人を見る六人の目は、今朝とは違った光を宿していた。


 それからリコリスとシズクは、ペア三組の近接戦闘の訓練を草地に座り込みながら眺めていた。

 動きがいいのは、ナナ。長身を生かしたサーベルの攻撃は鋭く、相手をするムツミは防戦一方。先に木剣のついた銃剣は、力負けしてか何度も取り落とされ、その度にムツミの方から「降参」の声が聞かれていた。

 その一方で、ミナミとコノハの二人は両手に持ったナイフとサーベルというリーチの異なる武器で訓練をしていた。

 体格の異なる二人は、どちらかと言えばミナミが指導をしつつコノハが訓練をする、と言った光景で、きっと姉二人がいたときにはミナミとシズクが組んでいたのだろうな、と想像できた。

 昼間に昼食を摂って――朝食と同じように、生成した乾パンと缶詰だった――午後は射撃の訓練。

 訓練場所を山の方へと移し、人の形をした的をいかに正確に射貫くかを行う。

 スナイパーライフルを構えるムツミは、伏せるとその小さい体と相まって山の中に完全に隠れる形になる。そこからの射撃は正確無比という言葉の通りで、的の急所の部分を何度も打ち抜いていた。

 近接戦闘のナナと遠距離射撃のムツミ。ペアとして最適だと、リコリスは思った。

 射撃が苦手だと自分から言ってきたナナ、ヤヨイ、クゥは引き続き平地での訓練。ハンドガンで三十メートル先の的を狙うも、弾は明後日の方向に飛んでいく。二人にはムツミと共に遠距離射撃が上手だったミナミが付き、徹底指導の形を取っていた。

 そして五時を過ぎ、太陽が山の向こうへ沈み始めた頃に訓練は終了。彼女たちは来たときと同じように山を下り、暗くなる前に第五十九番倉庫へと帰る。

 そして朝食と同じように夕食を取り、順番でドラム缶を利用した入浴を行い、睡眠の時間を迎える。

 朝起きて、昼に訓練をして、夜に少しの自由時間を得て、そして睡眠の時間――それはまるで、リコリスが士官学校で学んでいたときと同じスケジュールだ。

「なんか……この時間の流れ、懐かしいなぁ……。卒業して、まだ何日も経ってないのに……」

 ベッドに入り込みながら、そう呟くリコリス。

 眠気に支配されつつある頭の中で、リコリスは考える。

 シズクだけじゃなくて、もっと、他の子とも仲良くならないとなぁ。管理官として、全員を知らなきゃいけないし……まだまだ、先は、長いなぁ……――。

 訓練の疲れもあったリコリスは、それから間もなく、泥のように眠りに付いた。

 夢は、何も見なかった。

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