悪役令嬢は婚約破棄を画策するようです

黒うさぎ

悪役令嬢は婚約破棄を画策するようです

 公爵令嬢であるセリアーヌは、ウラン王国の第一王子であるダレスの婚約者である。

 第一王子の婚約者ということはつまり、未来の女王であるということだ。


 セリアーヌは幼少の頃より、女王となるための厳しい教育を施されてきた。

 その甲斐もあり、今ではダレスの隣でその公務を支えるに相応しい淑女へと成長していた。


 女王として約束された未来。

 だがしかし、セリアーヌは女王になることが、―――非常に面倒くさかった。


「毎日毎日、王の隣に控えて、愛想よく居住まいを正して。

 プライベートは皆無なのに、女王として相応しい振る舞いを求められる。

 全ては国民のためって……。

 そんなのやってられないわ!」


 幼い頃から女王になるために、抑圧された生活を強いられてきたセリアーヌ。

 一切の自由もなく、公爵令嬢でありながら、まるで奴隷のように管理された人生。


 国のためと我慢してきたが、所詮はただの小娘。

 それも限界を迎えていた。


 セリアーヌは女王になることは嫌だが、婚約者であるダレスのことが嫌いなわけではない。

 むしろ、自由恋愛のない、許嫁という立場でありながら、愛しているといっても過言ではなかった。


 小さい頃からずっとそばに控えながら、ダレスの姿を見てきた。

 王子として、立ち居振る舞う姿は立派で、この方の伴侶となるためならば、とここまで頑張ってきたのだ。


 ダレスと一緒にいたい。

 しかし、女王になるのは面倒くさい。


 いったいどうすればいいのか。


 頭を悩ませたセリアーヌは、一つの考えを思いついた。


「そうだわ!

 正妻となる婚約者ではなく、妾になればいいのよ!」


 この国には後宮が存在し、そこでは王のお手つきとなった者たちが暮らしている。

 実際に、現王の妾たちも、後宮で生活をしているのだ。


 国王たるもの、妾くらいいるものだ。

 ダレスだって王となれば、妾を囲うようになるはずである。


 ダレスの愛を一身に受けられないということに、思うところがないわけではない。

 しかし、女王になるために教育されてきたため、その程度のことはとっくに覚悟できていた。


「そうと決まれば、早速婚約破棄をしてもらって、妾になれるような計画を考えなければ!」


 ニヤリと笑うセリアーヌは、過去で一番輝いていた。


 ◇


 セリアーヌは妾になるための計画実行にあたり、協力者を用意することにした。

 一人ではなかなかいい案が思い浮かばなかったのだ。


 しかし、だからといって、誰でも協力者に迎え入れられるというわけではない。

 第一王子であるダレスと、公爵令嬢であるセリアーヌ。

 そのどちらと接触しても、不自然に思われないような人選だと好ましい。


 そこでセリアーヌが白羽の矢をたてたのは、第一王女であるアリシアだ。

 アリシアはダレスの妹にあたり、年齢も近いため、ダレスの婚約者であるセリアーヌも親しくしていた。


 アリシアはセリアーヌのことを姉のように慕ってくれており、ダレスとの婚約も心から祝福してくれていた。

 だが、心優しいアリシアのことだ。

 セリアーヌが頼めば、きっと協力をしてくれるだろう。


 そうと決まれば、善は急げ、だ。

 セリアーヌは早速、アリシアとのお茶会をセッティングすることにした。


「ごきげんよう、セリアーヌお姉様!」


 満面の笑みを浮かべ、挨拶をしてくるアリシア。

 その姿は小動物のようで、同性でありながら、思わず庇護欲を書き立てられてしまうほどだ。


「ごきげんよう、アリシア様。

 本日はお招きに応じてくださり、ありがとうございます」


「そんな。

 お姉様のお誘いでしたら、いついかなるときでも参上致しますわ!」


 アリシアは本当にいい子だ。

 そんな彼女を利用するようで心苦しいが、妾になるためだ、仕方ない。


「今日はアリシア様にお願いがあってお呼びしたの」


「どんなことでも仰ってください!

 どんな願いも私が叶えて見せますわ!」


 身を乗り出しながら、アリシアがいった。


(まだ話もしていないというのに、こんなに慕ってくれるなんて……。

 やっぱり、アリシアを協力者に選んで正解だったわね)


「実は私、ダレス様との関係に思うところがありまして」


「ダレスお兄様がお嫌いなのですか?」


「いえ、そういうわけではありません。

 ダレス様のことは、お慕いしております。

 ただ、婚約者というのは、私には相応しくないような気がして」


「なるほど、そういう話でしたか」


「ダレス様のお側には、いたいと思っているのですが……」


 さすがにダレスの妹であるアリシアに、妾になりたいなどと直接いうわけにもいかない。

 だが、聡いアリシアなら、セリアーヌの気持ちを酌んでくれるはずだ。


「そういうことでしたら、私にお任せください!

 私に策があります!」


(少し話をしただけなのに、もう作戦を思いつくだなんて。

 やはり、私の目に狂いはなかったわ!)


 無事協力者を得たセリアーヌの計画は、加速していく。


 ◇


 セリアーヌはアリシアの作戦に従い、行動を始めた。


「明日なんだが、先日の豪雨による洪水の被害にあった村の視察に行く事になった。

 急な話だが、セリアーヌもついてきてくれないか」


 ダレスが書類に目を通しながら言った。


 これまでのセリアーヌであれば、一つ返事で了承していたところだろう。

 それが婚約者たるセリアーヌが求められている振る舞いだからだ。


 だがしかし、この日のセリアーヌは違った。


「申し訳ありません、殿下。

 明日は司法局の方へ、先日の法改正によって変更になった、犯罪者に対する処遇に関する意見を取りまとめたものを、提出しにいかなくてはならないので、視察にご同行することはできません」


「そうか、それならば仕方ないな」


 いつもなら、予定を調節し、視察と司法局への用事を両方とも片付けていただろう。

 だが、今日はそれをしなかった。


 ダレスの頼みを断る。

 それこそが、アリシアの提案した策だからだ。


『いいですか、お姉様。

 お姉様はこれまでダレスお兄様の婚約者として、その能力を遺憾なく発揮しておられました。

 しかし、それではいけません。

 今の関係にご不満があるのなら、態度で示していきましょう。

 少しだけ、お兄様との距離を空けるようにするのです。

 相手に都合のいい存在のままでは、こちらの要求をのませることはできません』


 つまりアリシアがいいたいのは、セリアーヌは役立たずではないが、女王には相応しくない程度の器だと、ダレスに思い込ませるということだろう。


 あまり無能を演じすぎると、妾にすら残してもらえない可能性があるため塩梅が難しそうではある。

 だが、アリシアも裏で手を回してくれるようだし、おそらく大丈夫だろう。


 それからというもの、セリアーヌはダレスの頼みごとや誘いをことごとく断り続けた。

 公務をサボるようなことはしない。

 むしろ、ダレスとの予定をいれないようにするために、増やしたくらいだ。


 妾になって楽をするために、仕事を増やすというのは本末転倒な気がするが、今だけの辛抱だ。


 初めは「そうか」と聞き流していたダレスだったが、こうも毎日セリアーヌに断られると気になってしまうようで、これまでより視線を感じるようになった。


 ダレスに気にしてもらえるというのは、やはり気分がいい。

 妾になったら、精一杯甘えようと思う。


 ◇


 そしてついにこのときが来た。


「セリアーヌ、話がある」


 そういって、ダレスが真剣な顔で切り出した。


 アリシアの作戦通り、セリアーヌはダレスとの距離をとり続けた。

 アリシアも裏で手を伸ばし、なにやら国王陛下にまで話を通しているようだった。


 ここまで来れば、失敗はないだろう。

 ようやく、ダレスの婚約者ではなく、妾になれるのだ。


「国王陛下が退位することになった。

 それに合わせて、私は国王に即位することになる。

 セリアーヌ。

 これからは婚約者ではなく、女王として、私を、国の民を支え、導いてくれ」


 ……あれ?


「殿下、聞き間違いでしょうか。

 今、陛下が退位なさると」


「ああ。

 陛下はお元気だが、もうお歳だからな。

 そろそろ、私に玉座を譲ることをお考えになっていたそうだ。

 アリシアから聞いたぞ。

 セリアーヌが国王の退位を提案してくれたんだってな。

 本来なら私から陛下に直接、ご提案すべきことだったが、目先のことしか見えていなかった」


(私が陛下の退位を提案?

 いったい何のこと?)


 頭を抱えるセリアーヌを尻目に、ダレスの話は続く。


「最近のお前が忙しくしていたのは、今の自分が女王に相応しいだけの働きができるということを、私に示していたんだろう?

 さすがにお前から私に、陛下の退位の話を切り出すのは酷だからな。

 私ももっと早く、セリアーヌの考えに気がついてあげるべきだった。

 やはり私には、お前が必要だ。

 女王として、私のことを支えてくれ」


(違う、そうじゃないの!

 私が忙しくしていたのは、妾になるための作戦で……!)


 どうしてこうなってしまったのか。

 アリシアの作戦通り振る舞っていたはずなのに。


「おめでとうございます、セリアーヌお姉様!

 これからは正式にお義姉様とお呼びできますね!」


 溢れんばかりの笑顔を振りまきながら、アリシアがやってきた。


 ダレスに話を聞かれないよう、アリシアの手を引いて、部屋の隅へと連れていく。


「アリシア様!

 これはいったい?」


「お義姉様がダレスお兄様との婚約関係に、不満があると仰っていたので」


「でしたらどうしてこんなことに」


 妾になれるよう協力してくれるのではなかったのか。


「ですから私は、一刻も早くお義姉様が婚約者から伴侶になれるように、今回の計画を立案したのです。

 お義姉様には、お兄様から距離をとっていただいて、お兄様の興味を引いてもらいつつ、女王としての器があることを示していただきました。

 そして私は、陛下には退位の提案を、お兄様にはお義姉様がご結婚をしたいと仰っていると、それとなくお伝えしたのです。

 これが一番早く、お義姉様の関係を進展させる手段だと思いましたので」


 褒めてください、とばかりにすり寄ってくるアリシア。

 もし尻尾がついていたのなら、忙しく振られていたことだろう。


(私はただ、妾として愛してもらえれば、それでよかったのに……)


 妾になるはずが、夫と義妹が増えたセリアーヌだった。


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