第42話 中出しが、クーニャちゃんを目覚めさせたんだね!

 床に倒れ込んでいるマコを、立ち上がったクーニャが見下ろしている。その口元が、歪みつつも笑みになっていた。


「よくも、勝手にわたしの中に入って、好き勝手わめき散らしてくれたな」

「……クーニャ!」


 魔術の要領で、マコは溜めなくクーニャに飛び付く。

 クーニャは容赦なくそれを頭突きで迎え撃つ。


「痛いぃっ!」


 また床に倒れたマコの頭の中に、映像が流れ出した。ハジの、自分の裸を見て微妙な表情をしている裸(ややこしい)だった。


「うわ、うわぁあああっ! なんでこのタイミングでまたこのひと!?」

「おかえりクーニャちゃん!」


 続いて樹が抱き着こうとして、クーニャの手に阻まれる。それでもめげずに笑顔で続ける。


「麻子ちゃんの感情の中出しが、クーニャちゃんを目覚めさせたんだね!」

「お前、近頃本当に酷いぞ?」

「え、そうかなあ?」


 軽蔑の視線を向けられた樹は何故か嬉しそうである。


「クーニャ」


 続いて呼んだ声は、マコでも樹でもない。ハジが、部屋の入口に立っていた。


「あれ、なんでお前がいる?」

「服着てるぅ!?」マコが映像と現実の狭間で混乱した声を出す。

「いや、着てるけど」


 ハジはいつものにやけた感じがなりを潜め、真面目に苦笑する。


「クーニャちゃんが意識を失ってる間に、訪ねてきたんだよ」樹が説明した。

「……どうした? 悪りいけど、今日は」

「いや、実は」


 ハジは一瞬言い淀んでから続けた。


「さっき、たまたま呉次郎さんに会って」

「……え?」

「少し様子が変だったから、知らせたほうがいいかなって」

「アリガトォオオオオオオオオオッ!」


 クーニャが襲いかかる勢いでハジの手を両手で取って硬く握る。

 気圧されるハジから呉次郎の様子を聞き出したクーニャは、


「ちょっと待ってろ、すぐ着替え……うわっ」


 そこでようやく自分の寝間着の前が、半分以上はだけているのに気付いた。


「……あ」


 ハジはいつもなら「ごちそうさまでした」とでも言いそうなものだが、赤面して目を逸らす。


「その反応逆に恥ずかしいわ! 出てけぇ!」


 蹴られてハジが部屋の外に叩き出される。一緒にマコと樹もリビングに移動した。


          ○


 着替えたわたしは家を出た。マコと樹は一緒で、ハジもついてきた。


 ハジが見かけた呉次郎は寝間着であるTシャツと短パンにサンダルをつっかけ、荷物も持たず公園のベンチでぼーっとしていたらしい。

 学校帰りのカイとハジが通りかかって話しかけると、心ここにあらずといった様子で、なにを言っても生返事だったという。だけどやがて立ち上がると


「久那を、頼むよ」


 それだけ、はっきりと言って立ち去ったという。


 カイは目を白黒させるだけだったが、ハジは「なんか、ヤバい気がする」と思った。

 そしてカイに尾行を頼み、自分はわたしの家に来た、というわけだ。


 カイに尾行なんて繊細な作業ができるわけないだろと思ったが、今のところ一応呉次郎の後を、一定の距離を保ちながら追っているらしい。それによると、呉次郎は駅から電車を乗り継ぎ、とあるローカル線に乗っているという。それは、終点が南の海まで続く長大な線だった。


 一体呉次郎はどこへ向かっているのか? もしかしたら目的なんてなく、ただ、遠くへ行こうとしているだけかもしれない。


「……カイから泣きが入った」


 わたしたちもその線に乗って移動し始めたころ、左隣に座るハジがスマホを見ながら言った。


「もしこのまま終点まで行くようなら、駅を出られないって」

「なんで?」

「電車代が足りないらしい」

「……それは現実的だな」


 わたしはハジの手からスマホを奪うように取って、こう打ち込む。


『もしそうなったら、お前の無駄な筋力を生かして改札を強行突破しろ』


 すぐに返事がある。


『ざけんな! てめえクーニャだな!?』


 おお、ばれてる。だが素直に認めるほどわたしは馬鹿ではない。


『いいえ、マコです。お願い海人君。なんとしてもくれさんを追って』

『命を賭して!』


 秒で返信があって、わたしの頬が引きつる。


「あいつ、まだエンジェル信仰捨ててねーのか」

「あ! こらクーニャ! 勝手に私の名前使わないでよ」


 呟きに気付いた右隣のマコが覗き込んで抗議するが、鮮やかにスルーして「樹」と呼んだ。


「ん、なんだい?」


 マコの向こうの樹が身を乗り出してくる。


「ひとつ、提案がある」



 そしてわたしは、どうしたらいいのか考えた内容を口にした。

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