第29話 大事なのは大きさじゃない。相性だ

 前回の忘れたいあらすじ。


 マコの『願』の回収を手伝うと約束したわたしは、暑苦しい男が苦手だというマコの代わりにカイを呼び出す。カイの『でっかくなりたい』という幼少時の夢が既に叶っているのかどうか一応確かめようとしたわたしたちの前で、カイは「でっかくなったぜ。男の象徴がな!」というとんでもないセクハラ野郎に成り下がる(一部脚色あり)。


 涙目になりつつカイを『神力の杖』で沈めたマコは『願』を回収し、元通りちっちゃくなった(ってことだろ?)カイはパンツ一丁で股間を握り締め、「こんなんじゃマコちゃんを満足させられねえ……」と死罪に等しいセクハラを繰り返す(再び脚色あり)。


「大事なのは大きさじゃない。相性だ」


 と説く元神様の代理人つーか現ニートの樹(脚色なし)にもうんざりしたわたしは、この撮影されてしまった記憶を削除するべく、自らの意識の底へ旅立つのであった。


 そしたら、こんな場面の中にいた。


          △


はな、あれは誰の子だ!」


 怒鳴り声と一緒に、テーブルを叩く音がする。輪郭はぼやけてるけど、声には聞き覚えがあった。ダンディ、とわたしが呼んでたひとの声だ。


「わたしの子だよ」


 軽い感じだけど、顔をしかめるような声で答えたのは……ママだ、とすぐに解った。


「だとしても、きよし君の子ではないだろう!」

「うるせーな。なんでそんなのが解んのよ」

「お前も清君も、日本人だろうが!」

「そうだよ。だからこの子も日本人。おとーさんは見た目で差別すんの?」

「そういうことを言ってるんじゃない! 人種が」

「いいじゃん別に。あのひとはもういない。あっちの親とは実質縁切れて、この子が生まれたことは知られてもいない。だからこの子はわたしの子で、おとーさんとおかーさんの孫だよ」

「お前は……清君を裏切ってたんだ。あちらの親御さんのことも、騙して」

「決めつけないでよ」

「ならなんだ。言い訳があるなら」

「清がちゃんとわたしを見てたら、わたしだって……」

「なんだと?」

「男は自分たちの目線でしか見てねーんだよ。自分は仕事だなんだって外を自由に飛び回っておいて……女には黙って囲われることを押しつける。知ってんだよ。男同士の間では、出張中に女買ったりするのなんて当たり前だってさ。特に海外とかなら」

「ふざけるな! そんなことは」

「じゃあおとーさんは一度もない? 本当に? なら今ここで、おかーさんの目を見て言ってよ。結婚してから一度も他の女には指一本触れたこともなければ心惹かれたこともないって」

「今はお前の話をしてるんだ! 話をすり替えるな!」

「それはおめーだろ! やましいことがねえなら答えてみろよ!」

「ふ、ふたりともやめて……」


 小さく聞こえたのは、ばぁばの声だった。記憶の中よりしゃがれていない。

 そこで、赤ん坊の泣き声がした。とても近く、近く……つうか、ああこれ、わたしの声だ。今とはもちろん違う声だけど、赤ん坊のころのわたしが、ギャン泣きしたんだと理解した。


 それで会話は止まって……わたしの、意識が覚醒した。


          ▽


「……クーニャ?」


 両目を見開くと、それに気付いたマコが顔を覗き込んでくる。

 視界にあったのは、見慣れた天井の色、ベッドから見る景色……つまりわたしの部屋だった。


「わたしは……ここは……今のは……?」


 状況が解らず、上体を起こし、辺りを見渡してから顔を両手で覆う。思考が追い付かない。


「えっと……突然気絶するからびっくりしたよ。大丈夫?」

「気絶? あの公園で、か?」

「うん」


 それからマコは、大まかな流れを説明した。

 樹に「お前はなにを言ってんだぁあああああっ!」と突っ込んだ直後、わたしの身体から突然力が抜けた。そしてマコはわたしが意識を失っているのに気付いた。

 わたしが倒れる前にハジが支え、背負って家まで送り届けたという。


「……あいつまた変態的に、にやけてたろ」


 その顔を想像すると素直に感謝できない。しかしマコは「ううん」と首を横に振った。


「全然。凄い真面目な顔で……本気で心配してたよ」

「はあ? 嘘だろ」


 そんなハジは見たことがない。奴の真面目な顔は、大抵セクハラの伏線だ。


「普通に眠ってるみたいだったから、わたしが様子を見るって言ったら海人君を慰めるって戻ったけどね。あのひと、思ってたよりいいひとかも」

「ちょろいなマコ。なんか裏があんだよ」

「そんな感じじゃなかったけどなあ……」


 いや、ハジが下心なくわたしに親切にするわけがない。確信を持ってそう思う。


「ところでさ、心当たりはあるの? いきなり気絶した」

「ああ……多分」


 わたしは撮影した画像、映像の削除ができないかと思って、意識を深く自分の中に潜り込ませたことを説明した。多分、さっき見たのは自分の中に撮影されていた映像の再生だ。


「わたしは……思い違いをしてたのかもしれねえ」

「どういうこと?」

「わたしの中にあるのは、カメラになった後に撮影したものだけだと思ってた。けど、もしかしたら……生まれてから今まで、知らず知らずのうちに撮影してきたものが溜まってて……カメラになった今、それらを再生できるようになったのかも、って」

「記憶、を?」

「……そう、だな。情報量は記憶よりずっと多くて鮮明だけど」


 普段、記憶っていうのは常に意識の上にあるわけじゃない。

 誰でもそうだと思うけど、衣装ケースとかタンスとかクローゼットに収納された衣類みたいに、ある部分は整理され、ある部分は雑然と押し込められ、必要に応じて意識的に取り出したり、なにかのはずみで勝手に飛び出てきたりする。時には「こんな服持ってたっけ?」みたいな感じで、自分でも覚えてなかったものが発見されることもある。


 わたしはさっき赤ん坊のころの記憶を再生した。無意識的だけど、あれを見て気付いた。

 当然あれを撮影(記憶)した当時、わたしには大人たちの会話の内容は一切理解できてなかったはずだ。だけどさっきは、解った。


 同じ言葉を聞いても、それを聞いた時点の自分次第で、理解力は変わる。

 わたしがカメラとして、無意識にこれまでの人生で記録された過去を再生できるのだとしたら……わたしは、自分でも今まで理解していないことを、理解できてしまうのかもしれない。


「……う」


 その考えに至った瞬間、全身に寒気が走った。思わず両腕で自分の身体を抱きかかえる。


「どうしたの? クーニャ」


 マコが心配そうに肩に触れてくる。


「クレジー……」


 口を突いて出た。急激に、自分の身体が酷く頼りなげなものに思えて震えが止まらなくなる。


「くれさん? まだ、帰ってきてないけど」

「クレジー……クレジー……!」


 わたしの声はすぐに嗚咽へ変わる。

 胸の奥から溢れてきた感情の波が押さえきれなくなって、たちまち頭の中を洪水で押し流される。頭を抱えて涙を流すわたしをマコが抱き締めたような気がしたけど、ほとんど認識できずわたしはひとりで、呉次郎を呼び続けた。

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