第28話 この場合、生理現象で戦闘態勢になったってことじゃなくて待機状態の
「……確かに、変わってねえみたいだな」
わたしは、自分の頭の位置とカイの頭の位置を杖で測るように水平に繋ごうとする。わたしのほうが数センチ高い。
「とりあえずシークレットブーツでも履けば?」
「物理的なでかさのことじゃねえよ!」
カイがムキになったように叫ぶ。
「あ? そうなの?」
「言っただろう。いつでもマコちゃんの役に立てる俺でありたい、と。彼女と共に在ることを許される存在とは、高潔で清廉、精神は空のように広大かつ時には炎のように情熱的でなくてはいかん。幼少時の俺はそれを『でっかくなりたい』と表現したのだ」
「ああ……叶わなくて残念だったな」
「なに結論出たことにしてんだ!?」
「だってお前のどこが高潔で精錬で広大で情熱的なんだよ。百歩譲って情熱的ってとこだけ同意してやるけど、方向は完全に真夏の電気ストーブだぞ」
「ま……まだ俺は十六だ。これからも精進を続け」
「あーはいはい勝手にしろ。ま、とにかくだ。ここ数年、どういう意味だとしても突然『でっかくなった』なんて心当たりはねえんだな?」
「…………どういう意味だとしても、だと……?」
うるせえ、とか反発されるかと思いきや、カイは驚いたような反応をする。まるで「どうしてそのことを?」とでも言いたげな顔だった。
ん? どういうことだ、とわたしが疑問を挟む前に、
「クーニャ、よく気付いたねえ」
にやけた声が割って入った。
「ハジ!」
いつの間にかハジがわたしたちの隣に立っている。
「実はねえ、カイが半月ほど前に相談してきたんだよ。『突然でっかくなった』って」
「マジかよ!」
「お、おいハジ!」
カイが慌ててハジの口を封じようとするので、わたしはその間に神力の杖を挟み込んだ。
「まあ待て。マコ様もそれを聞きたいってよ。な?」
「う、うん」
興味があるんだろう。ちゃんと声を出した。
カイは顔を苦悩で満たしたが、すぐ諦めたように「……解った」とハジから手を引く。
「で? どーいう意味で『でっかくなった』んだ?」
「もしかしたら透視で気付いたのかな? クーニャは」
カイがなかなか答えず口ごもっているのを見て、ハジがそんなことを言う。意味が解らず眉を潜めると、嬉々として種明かしをした。
「カイがでっかくなったのはねえ、こ・こ」
ハジの人差し指が示した部分に、わたしとマコの視線が集中する。
間ができた。
時間にすれば数秒だったのかもしれないが、とてつもなく長い沈黙だった。
普段、男のそんな部分に意識して視線を向けたことなどなかった。だから比較もできないし、なにかの確信を得たわけでもない。
しかし数秒そこを見つめてしまった、という事実に冷静になった瞬間、わたしの頭はのぼせ上がる。当然の結果として、
ぴっ。
という電子音が頭の中で鳴り響き、さらにその部分の膨らんだシルエットを、より生々しく網膜に焼き付けてしまう。
つまるところ、股間を。
わたしは自分の顔が真っ赤になるのを止められない。期待どおりの反応だったのだろう、ハジが満足げに笑いながら続ける。
「いやあ、そりゃ驚くよね。ある日いきなり自分のが並外れてでっかくなってたらさあ、病気かと不安になるよ普通。でも機能的には問題ないって言うし、あ、でっかくなったっていうのはこの場合、生理現象で戦闘態勢になったってことじゃなくて待機状態の」
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」
悲鳴を上げたのは、わたしじゃない。
マコがわたしの手から杖を奪うと、例の魔術の速度でカイの頭にそれを振り下ろした。
「うごぉっ!」
カイが頭から地面に墜落する。
その瞬間、杖の先端にある桜色の玉が発光した。
カメラのフラッシュみたいに一瞬だったが、カイの頭から弾けるように飛び出した無数の雫のような光の粒が杖の光と同化して、吸収された。
よく見ていなければ気付かないほどの刹那で、見ていても気のせいと思えるくらいだ。
マコが杖を振った態勢のまま、荒い息を整える。
その顔がわたしを振り返る。鳥肌が立ち、目に涙を浮かべている。
「……今のが、『願』ってやつ……か」
「きしょぃいよぉおおおおぅっ!」
マコはわたしの言葉には反応せず、タックルするように抱き着いてくる。勢いを殺しきれず、尻餅をついた。それでも構わずマコはわたしの胸に顔をうずめ、すすり泣く。
「かーたーぁーいーっ!」
「やかましいわ!」
とびきり無礼な台詞で我に返る。頭突きしてカイの股間の透視映像をくれてやろうかと思ったが、さすがにマコが吐くか発狂してしまうかもしれんと思って思い止まる。
「な……なんで……」
カイが地面に伏したまま涙声を出す。
「……カイ。お前多分、今ので戻ったぞ」
わたしは視線のやり場に困ってそっぽを向きながら言う。数秒後
「うぉおおおっ!?」
カイの叫び声がする。ちら、とだけ見ると膝で起き上がったカイが自分の股間を鷲掴みして愕然としていた。わたしにはまだ、カイがブーメランパンツ一丁に見えている。
「公共の場所でなに掴んでんだてめーは!」
「……せっかく……せっかく……」
突っ込んだのに、わたしの声が聞こえないほどショックを受けている様子だ。
「カイ……まさか……そ、そんな……!?」
同じ男であるハジが、心底同情するような目を向けている。ハジのこんな悲愴な面、初めて見るんだけど。そんな大ごとなの?
「海人君」
カイの後ろから肩に手を置き、優しい声をかけたのは樹である。
「大丈夫、大きさは要素のひとつに過ぎないよ。それより大事なのは相性で」
「お前はなにを言ってんだぁあああああっ!」
わたしはマコに抱き着かれて身動き取れないまま絶叫する。
ああもう最低。最低だよ。初の『願』の回収風景として、しっかり撮影されちまっ……。
そうだ。これ消せねえのか?
思いつき、目を閉じて自分の頭の中に意識を集中する。
その瞬間、わたしの意識は現実から離脱した。
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