第27話 いくらでも叩いてくれ! むしろ、叩かれたいくらいだ!

『てめえ! よくも昨日は置き去りにしやがったな!?』


 電話すると、開口一番カイが怒鳴った。スマホを耳から遠ざけ、スピーカーモードにする。


「置き去り?」


 なんのことか解らん、という声を出すと、勢いはさらに増す。


『俺が人生の目的を見失い、打ちひしがれているのを見捨て、声も掛けずいなくなっただろう! 暗くなってから我に返って愕然としたわ! なんて友達がいのない奴だ!』

「友達? 誰と誰が?」


 本気で「こいつはなにを言ってるんだ?」と思う。声を掛けずに立ち去ったことは今思い出したが、それが一体なんだというのか?


『俺たちダチじゃねえの!? じゃあお前は俺のなんなの?』

「そんなことをひとに尋ねるからお前は友達できないんだよ、ひとりも」

『俺、友達ひとりもいねえの!? ハジは!?』

「今、一緒にいねえのか? 訊いてみろよ」


 一瞬沈黙が訪れ、数秒後、勝ち誇った馬鹿笑いがスピーカーから漏れる。


『はぁーっはっはっはぁ! ざまあみろ! ハジは俺のダチだ!』

「ああそりゃよかったな」


 訊かなきゃ確信持てねーのか。わたしはカイを半分哀れむが、あとの半分では虐めてやりたいと思う。


「ちなみにこの会話は、マコが聞いている」

『なんで!? 一緒にいるのか!?』

「うん」

『ば、馬鹿! あ、い、いやいやいや! 違うよマコちゃん!? 俺には百人のマブダチが』

「いいからとっとと来いよ。マコがお前に用事あるんだってさ」


 それから五分後、カイは残像が見えそうな速度で公園に現れた。


「マコちゃぁあああああああんっ!」


 余程の全力で来たのか、顔も汗だくで息が荒い。

 ひっ、と短く叫んでマコがわたしの身体に隠れる。カイはそれに気付いてない様子で、興奮して血走った目で語りかけてくる。


「信じてた……昨日のはなにかの間違いだって。俺たちの間にはなにか天の川レベルの誤解が流れていて、時をかければきっと解消できるって!」

「織姫と彦星の間に誤解はねーしマコはお前に一年に一度だって会いたくねーよ」

「お前になにが解る!」

「マコがお前の暑苦しいところをキモいと思ってること」

「そんなわけあるか! マコちゃんは……どうしょうもなかった俺の手を取って、優しくしてくれた。マコちゃんがいなきゃ、今の俺はない。あの日から俺はずっと、いつでもマコちゃんの役に立てる俺でありたいと願って、己を鍛え続けてきたんだ」

「重っ……おいマコ、改めて言ってやれ……あ、いやそれだと話が進まねえのか」


 またカイに昨日みたいにフリーズされてしまったら面倒だ。

 マコはわたしの肩から目だけ出している。明らかに緊張してるし、手が震えている。


「おい樹」

「ん?」傍らで傍観者的に眺めてた樹が、不思議そうに見てくる。

「第三者から見て、どう思うこの男?」

「んー。情熱的な殿方だね」

「マジで言ってる?」

「うん。ひとの話聞かなさそう」

「正解」

「オイ!」


 カイが突っ込む。


「つーかお前、ハジはどうした」

天使エンジェルの元へ一秒でも早く馳せ参じるため、先に走ってきた」

「あっそう……」わたしは呆れながら、マコを見る。「話せそうか?」


 マコは強ばった顔で小刻みに首を横に振る。涙を浮かべてるってほどじゃないけど、眉を潜め、目を潤ませている。そしてわたしの耳元で小声を出した。

 仕方ねえ、とわたしはその言葉をカイに向けて言い直す。


「カイ。マコがお前に頼み事があるんだってよ。そのために来てもらった」


 やや疑るように顎を引くが、マコが小さく頷くと、覚悟を決めた目で真っ直ぐ見てくる。


「解った、言ってくれ。殺しでも盗みでも」


 殺しや盗みを命じる奴がエンジェルでいいのか?

 いちいち突っ込むと果てしないので唇の端を引きつらせるだけにしておく。

 マコが続いてわたしの耳元で囁くので、そのまま伝言する。


「『軽く頭を叩かせてほしいの』」

「……そんな、ことで……いいの?」


 カイは驚愕し、目と口を震わせて目一杯見開く。そして満面の笑みで叫んだ。


「いくらでも叩いてくれ! むしろ、叩かれたいくらいだ!」

「なんでだよ」


 幼馴染みが変な方向に目覚めつつあるのをリアルタイムで目の当たりにするのって、こんな気分になるんだな。微妙な歯ごたえの料理をなかなか飲み込むことができずに口の中で転がしているような気分だ。


「じゃ、クーニャ、お願い」


 マコが囁き、わたしの手になにかを握らせてくる。見るとそれは、『神力の杖』と樹が呼んでた木製の魔法少女ステッキライクな物体だった。


「わたしがやんのかよ!?」


 首から上で振り返って抗議する。マコは助けを求めるような目をしている。


「だって……近付きたくないんだもん」


 カイには聞こえないよう、ひそひそ言う。こいつ……そんなに男に嫌な思い出があるのか。


「おいカイ。わたしが叩くぞ」

「なんでだ!?」


 当然っちゃ当然だが、カイは反発する。いやマコならいいってのがおかしいんだが。


「マコ様のご指名だからだよ。お前の秘められし力を、神秘の道具を以て引き出す儀式だ」

「む……本当かいマコちゃん?」


 マコがカイとは目を合わせず、壊れたおもちゃみたいに頭を何度も縦に振る。

 まあ、嘘は言ってない。引き出してその力を回収するけど。


「……そういうことなら。甘んじて受け入れましょう、この屈辱を」


 うーわなんかすげえ腑に落ちねえ。まあいい。とっとと済ませて退散してもらおう。

 わたしは溜息をついてから、カイの目の前まで歩いていく。

 手を離すかと思いきや、マコがわたしの肩を掴んだまま一緒に前に来た。

 ほぼ同じ高さの目線のカイと向き合い、右手の杖を掲げる。


「じゃ、いくぞ」

「来いやァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 こいつの周囲だけ、熱血滝沢スポ先生フィールド、または格闘渋川漫画先生フィールドが展開されている。空気が震えるほど過剰な気合いと同時に、唾が飛んでわたしの顔に付いた。


「きったねえな!」顔をしかめて拭く。「……そーいやお前さ、一応訊くけどよ」

「なんだ?」

「幼稚園のころの将来の夢、覚えてっか?」

「突然どうした?」

「いいから答えろ」

「……幼稚園のころの、というか、今も変わらぬ夢を抱いているが」

「マジか? で、その内容は?」


 片目を半分閉じて訝しむ。そして、


「『でっかくなりたい』だ」


 カイはわたしがさっきマコから聞いたのと同じ内容を口にした。

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