第26話 四つん這いでケツを向けてる下着映像
「んで? お前ら今日はどうしてたんだ?」
「今日? 普通に『願』の回収に行ってたよ? 麻子ちゃんメインで」
樹に続いて、再生が終わったマコが不機嫌そうながら、落ち着きを取り戻して言う。
「今日はふたり。とりあえず当時の同じ園児だった子たちのリストを作って、片っ端から訪ねてるの。まあ、相手も授業あるから、多くは放課後になるけど」
「待て待て。そんな簡単に返してくれるもんか?」
「え? うん。私が名乗ると大体懐かしんでくれるし、将来の夢として職業を書いたひとが大半だから、まだ叶ってないほうが多い。例の魔術でちょっと背後に回り込んで、神力の杖でこつん、とすればそれでおしまい。別に説明とかもしないよ」
「ちなみに警戒されないよう、わっしは遠目で見守ってる」
「なんだそりゃ……窓にいきなり張り付いてたわたしのときとえらい違いだな」
「あ、あれはさ……まだ探すつもりじゃなかったクーニャが平日の、明らかに学校のある時間帯に男子を侍らせて、公共の場所でなんかえっちなことしてるから動揺したんじゃん!」
「侍らせてねえしエロいこともしてねえ!」
つか動揺しても窓に張り付くか? 普通。
「麻子ちゃんはさあ、本当はクーニャちゃんは最後にしようとしてたんだよねえ」
「い、いつきちゃんっ」
「あ? 厄介な奴だから後回し、ってことか?」
「ま、まあ、そうだよ」マコが微妙な笑みを浮かべる。「実際厄介だったし」
「あーでもね、それだけじゃないんだよ?」
「こらっ!」
マコが補足しようとする樹の口を両手で塞いだ。わたしはその背後から頭突きをかまし、今度はいつの間にか撮れてた『カイが四つん這いでケツを向けてる下着映像』を転送した。
うぎゃぁあああ、とマコが頭を抱える。
「で?」
どんな悪口が飛び出すんだ? と思って続きを促すと、樹は満面の笑顔で言った。
「『どれだけ綺麗になってるんだろう』ってどぎまぎしてたんだ」
わたしは舌打ちしてそっぽを向く。悪口のほうがましだった。なんて、恥ずかしい奴。
「ほら! 気持ち悪がられるから嫌だったのに、なんで言うのよいつきちゃん!」
「いやぁ? 彼女は照れ隠しをしてるだけと見ましたぜぇ、麻子殿」
樹の声はにやにやしてるのが明らかだ。マコも「あ、そっか」と納得したような声を出す。
「なら言うけど期待以上だと思ってるよ? クーニャ、本当に可愛く」
「わたしの話はいいだろ!?」
全力で遮るが、自分の顔が赤くなってるのが解る。
言っておくが、本当にただ照れているわけじゃない。
わたしは昔から、見た目で他と違う、という第一印象を持たれてきた。特に小さいころは顕著だったし、今もなんとなく「違う人種」だという偏見で見られることも多い。綺麗だねとか美人だね、という言葉すら、どこか線を引かれてるような響きが含まれる。まあ中には「えっ、英語喋れないの?」みたいな殴り倒したくなる台詞を向けてくる奴もいるけど(ちなみに私は英語の成績は読み書き両方赤点常連、現代文や古典だけはトップクラスである)。
だからわたしは、顔の造形がどうって以前に、自分の見た目にある種のコンプレックスを持っている。鏡を見る度、未だに中身と見た目にほんの僅か、腑に落ちないものを感じる。
そんなことの繰り返しで、わたしは褒め言葉を向けられても、素直に受け取れなくなった。発言したひとに悪意がなくても、いや無意識だからこそそこには「自分たちとは違う」って意識が含まれていると感じずにはいられない。
なのに、だ。マコの褒め言葉にはそれがない。
いや褒め言葉だけじゃない。マコの言葉には、嘘がない。含みがない。その字面以上の意味が一切含まれていないことが、自然と信じられる。他となにが違うのか、説明はできない。声なのか、表情なのか、わたしがマコという人間をある程度知ってるからなのか、言葉の裏を読もうとも思わない。どんな恥ずかしいことを言われても「まあ、マコだしな」と思う。
そういうわけだから、恐らくわたし自身が、一番不思議がり、戸惑っている。信じざるを得ない無防備な褒め言葉に、どういう反応をしていいのか解らない。
(こいつのほうが、わたしなんかよりよっぽど厄介だ)
昨晩だって、自覚もしてなかったのにマコの前でガキみたいに泣いてしまった。そんなつもりは全くなかった。同じことを他の誰かにされても、わたしは間違いなく突き放しただろう。
生の言葉を吐かれて、いつの間にか自分まで裸になってしまう。
この力のほうがある意味では余程透視だし、マコのいう『魔術』以上に不可思議である。
(だが、認めるわけにはいかねえ)
それが本音だ。だからわたしは話題を切り換える。
「そーいやよ、カイも『願』回収の対象なんじゃねーの? 昨日、なんでしなかった?」
「ああ……海人君」
振られたマコがこれまた微妙な笑みを浮かべる。目元は疲れたように細められている。
「昨日の彼が海人君だって、あのときは気付いてなかったんだよね。実は」
「あ、そーなのか」確かに幼少時は丸刈りだったが。「見た目、そんな変わってたか?」
「や……昨日はとにかく勢いが怖くて……その、気持ち悪くて」
「よく見ようとしてなかった、と」
マコが気まずそうに頷く。カイ、不憫な奴。
「えーっと、一応訊いてみたいんだが」
「なに?」
「カイだと解ってなかったから気持ち悪かったのか? カイと解ったら気持ち悪くない?」
「その質問には答えられません」
カイ、不憫な奴……いや自業自得か。笑いを禁じ得ない。
「んで、どーする? 奴なら今からでも捕まると思うけど。さくっと回収するか」
「う……そ、そう……だね……クーニャ、一緒にいてくれる?」
「お前まさか、手伝えって言ったのはカイのことが頭にあったからか」
「へ、へへ」
つくづく嘘のない女である。さっきの説明だと、手伝いなんて基本必要ないはずなのだ。厄介な相手が頭にあったから、わたしを巻き込もうとしたのか。エンジェルなだけじゃなく、少しはしたたかさも身に付けたってわけだ。
「でもまあ、あいつはエンジェルの信奉者だから、回収には問題ねーと思うけどな。ちなみに、奴の夢はなんなんだ?」
それからマコの答えた内容を聞いて、わたしは噴き出す。
「なんだそりゃ! 自分の未来を見通してたのか!?」
散々笑ってから、いや待てよ、と気付く。そうだよな、見通してたとして……。
「なら、絶対叶ってねえよな、まだ」
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