第三章 怪人カメラ女は過去を再生し、ナチュラルに子どもを欲しがる
第25話 このタダ飯食らいのゴミが……!
あれは一体いつのことだったんだろう。
ひとが一杯歩いてて、わたしは大人たちの腰から下しか見えなくて。ひとりで。
どこに向かえばいいのかも、誰の姿を探せばいいのかも解らず、知ってるものがひとつもないまま、心細さだけが募っていって。
ただ、さっきまで、誰かの手を握ってたことは覚えていて、もう失われてしまった体温を掴もうとするように小さな指を、溺れたひとみたいに動かして、泣いた。
そのときのわたしには解らなかったけど、そこはショッピングモールで、周りから見ればわたしは迷子になった子どもだった。
「……クーニャ?」
遠巻きに見ながら通り過ぎていくモノクロの背景たちの中から、色を持って声をかけてきたのは、呉次郎だった。ずっと後になって知ったけど、たまたま友達と遊びに来てたらしい。
知らないものだけに囲まれる中に突然現れた知ってる顔に、わたしは全身全霊でしがみつこうとして、転んだ。まだ歩くのにも慣れていなかったのだ。
助け起こしてくれた呉次郎にすがりついて大泣きした。戸惑いながらも、まるでわたしがいなくなってしまわないように掴まえておくような強さで、呉次郎は抱き締めてくれた。
気が付いたら、呉次郎の家、つまり今住んでいるこのマンションにいた。
そしてその日から、ここがわたしの家になった。それまで違うところに住んでたのは解ってるけど、その景色をあまり思い出せない。多分、わたしはそこにママとふたりで住んでいた。
この家に来た当時はママもいたけど、登場回数は多くなかった。物語で言えば準レギュラー的な頻度だ。そして段々姿を見せなくなって、あるときから見てない。
主要登場人物は呉次郎の他にその両親がいて、わたしはふたりを「ダンディ」「ばぁば」と呼んでいた。ダンディ、は「なんて呼ばせ方だ」と思うけど、「じぃじ」だと、そのころから「くれじろう」と発音できず「くれじぃ」と呼んでた呉次郎と被る、という事情だ。
幼稚園の記憶は、割と鮮明だ。送り迎えはダンディか呉次郎で、家にはいつもばぁばがいた。
でも卒園付近からわたしの記憶は断片的になっていく。
先にダンディがいつの間にかいなくなって、それから、ばぁばもいなくなった。
それからは長い間、呉次郎とふたりで暮らしている。
「と、いうわけだ」
「ちょっと待って」
マコが片目を半分閉じて手を掲げる。
学校帰りにあるコンビニ前の公園で、わたしとマコと樹は立ち話をしている。街灯に寄り掛かりながらパックのコーヒー牛乳をストローですする。
「なんだよ?」
「後半端折りすぎでしょ。てゆーかホラー? ママがいなくなってダンディがいなくなってばぁばがいなくなって……今度はくれさんがいなくなるとか?」
「…………うぅ」
「泣くな悪かったよ!」
涙目になるわたしに、ベンチからジャンプするように下りたマコが『魔術』の速度で近付いて抱き締めてくる。わたしは「うぜぇ」と引き剥がし、頭突きをする。
「うわぁあ、やめてよおぉうっ!」
マコが飛び跳ねて離れ、頭を抱えながらぐるぐる回る。てめーは自分の裸体でも見てろ。
「あのー、でもさあクーニャちゃん」
樹は縁石に腰掛けながらポテチを頬張っている。
「君自身は、気にならないの? いなくなったひとたちがどうなったのか、ってさ」
「いないものはいないし、考えて解ることでもないし」
それに、とひと呼吸置いてコーヒー牛乳を握る手に声を向ける。
「わたしにとって、ひとは、いつの間にかいなくなるものだ」
その言葉には樹も、復活したマコも(転送した映像は再生すると消えるらしい)反応しなかった。わたしは「ところで」と声色を切り替えてマコに質問する。
「お前は学校、大丈夫なの? 両親になんて言ってきたんだ?」
「ああ、えっとね……一ヶ月休みます、って言ってある。とりあえず」
「そんなの通用するか? 理由を訊かれるだろ? 親にだって連絡が」
「あ、じゃなくてね。学校と親の両方に、そう説明したってこと」
「……わたしが同じこと言い出したら、確実にしばかれる自信があるんだが」
「ちょっと説明が足りなかったかな。私、ひとり暮らしなんだ」
マコはこう補足した。この数年、親はふたりとも海外で働いていて、マコはこの国で高校を卒業したいという希望が通り、ひとりで暮らしている。学校は私立の単位制で、出席日数と成績が一定を越えていれば、あまりうるさいことは言われない校風らしい。
「今までほぼ休んでないし、成績も悪くないから。親は、ちゃんと進級すればなにも言わない」
「そりゃあ……随分な放任主義だな」
「信用されてるんだねえ」これは樹だ。「普段の生活態度が真面目だからだろうね」
わたしをちらちらしながら言うので、「ああん?」とガンを付けた。
「な、なにも言ってないじゃないか」
しらを切ろうとするから、わたしは無言のまま、
(このタダ飯食らいのゴミが……!)
という念を込めて顔を作った。
「……ごぉ、ごめんなさいぃ。言わなきゃ罪はないという考えが間違ってましたぁ」
「ふん」
涙目で素直に謝ったので、わたしは顔の力を抜いてふんぞり返る。
「失礼だぞ。見た感じで生活態度が不真面目とか成績悪そうとか思うなんて」
「そうだよね……。て、ことは結構成績いいんだ?」
「いいわけねーだろ。下から数えたほうが早えよ」
「じゃあなにこのやり取り!?」
「こらこらいつきちゃん」
エンドレスになりそうなわたしと樹に、マコが割って入る。
「話を元に戻そうよ。私の事情はそんな感じで、とりあえずあと二週間は問題ない。まあ、さすがにずっとクーニャの家に迷惑をかけるわけにはいかないけど」
「いい子発言はイラッとするからよせ。困ってないわたしが困ってるお前に施しを与える構図なんだから、お前はキレて出てくか、わたしに恩を売って対等になろうとするかの二択だ」
「極端だな……でも、ちょっとずつクーニャの今の性格が解ってきたよ私」
「ああ?」
「いい子に見られたくなくて、優しいことしても全部非正当化するんだね。可愛い」
わたしはベンチに座るマコの前までつかつかと歩いて行く。
「ん?」
小首をかしげたマコの額に頭突きした。
「わ、わぁあああっ、う? なにこれ、昨日のひとじゃんっ!」
勝手な人物評にムカついたので、ハジの裸を送りつけてやった。
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