第24話 うるせえ! 世の中には揉みたくても揉めない胸があるんだ!
「いいかよ、元天使」
わたしは舌打ちせんばかりの表情を向ける。
「お前に抱き締められたり可愛いって言われてもなにひとつ嬉しくねーんだよ。いいか、わたしはお前に家に来いって言ったことを既に百二十パーセント後悔してんだからな。でも今から叩き出したらクレジーに叱られるから我慢する。お前の胸で泣いたからって、気を許したとか思うんじゃねえ」
「な、なんでさ! くれさんのことは誤解だってば」
「誤解ぃ?」
わたしは目の前のマコにガンを付ける。
「お前が仮にクレジーに恋してないとしてもだ、クレジーがお前に向ける笑顔も声も言葉も気に入らねえ。忘れたとは言わせねえぞ。お前は会って早々こう言われたんだ。
『すっごく可愛くなった』『大人の女の子になった』『本当に大きくなった』
わたしはひとっつも言われたことねえよくそったれ!」
「く、クーニャ、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるか! 大体『大きくなった』ってなんだよ? これのことか?」
わたしはマコの胸の弾力を確かめる。
「だ、だからやめてよぅ!」
「うるせえ! 世の中には揉みたくても揉めない胸があるんだ! わたしがクレジーに『男だったっけ?』って言われたときの気持ちが解るか!? しかも今朝!」
「……そんなこと言われたの? かわいそう……」
「同情するなら胸をくれ!」
「だ、大丈夫だよ。まだ高校生なんだし、これから」
「持つ者が持たざる者に吐く言葉なぞ聞く耳持たぬわぁ!」
「あーもーどうしろってのよ」
「以後クレジーの半径十メートルに近付くな」
「同じ家にいられなくなるよね!?」
「もしくは話し掛けられる度に舌打ちして唾を吐きかけろ。『頭が高いわ』と言え」
「私何様!?」
「『エンジェル様だ』とふんぞり返れ」
「やだよ! 頭おかしい子だと思われるじゃん!」
「解ってないな。いずれにせよマコは頭おかしい子なんだから」
「おかしくないもん!」
いやそれは本当におかしい。とは言わないでおく。
涙目になりそうだったマコは、気持ちを切り替えて肩の力を抜く。深呼吸してから言った。
「……解った」
「お、唾を吐きかけるか?」
「じゃなくて、協力するよ。泊めてもらうお礼に」
「なににだよ?」
「直接訊くのが怖いなら、一緒に調べてあげる。くれさんがクーニャのなんなのか」
「誰がそんなこと頼んだよ」
「じゃあ、全く興味ないの?」
「……う。それは」
言葉に窮したわたしに、マコが満足そうな笑みを向ける。
「知っておいたほうがいいよ、どうするかは別の話だし。ね、誰にも渡したくないんでしょ?」
「…………うん」
「やっぱ可愛いぃいっ!」
飛び付いてくるマコに、今度は鼻フックで応じた。
「なはぁにひぃふぅんのぉー」
おお、エンジェルが不細工だ。笑え……ないな。引くわ。
指を抜き、マコのTシャツで拭う。あ、しまったこれわたしが貸してるTシャツだった。
鼻を押さえてしかめ面するマコに、わたしは言う。
「つーかお前さ、そんなことしてる場合なの? 『願』の回収ってやつはどうすんだ」
「それはもちろんやるよ。だからさ、交換条件ってことで」
「あ?」
「クーニャも手伝ってよ。『願』の回収。とりあえず、あんたのはしばらく先でいいからさ」
馬鹿言え、なんでわたしがそんなことしなきゃいけねーんだ。
と言っても良かったのだが、実のところわたしはマコを家に呼んだときから、できる範囲で手伝うつもりだった。別にマコを友達なんかだとは思ってない。
ただ、樹の話を聞いて、勝手に責任感じてひとりで背負い込もうとするこいつが気に入らなかったから、そんな悲劇のヒロインぶらせてたまるか、と思ったのだ。
「いいよ」
だからわたしは、マコの言葉に頷いた。自分から持ちかけたくせに、マコが目を丸くする。
「え、ほんと?」
「……なんで驚くんだよ」
「だって、クーニャ、私のこと嫌って」
「違う」大袈裟に溜息をつく。「見てるとイラッとするだけだ」
「ありがとうぅっ!」
またマコが抱き着いてくる。それならいいのか? 今度はされるがままになった。
もちろん抱き締め返したりはしないけど、わたしはマコから見えないからいいか、と思って表情から力を抜いて微かに笑う。
そのとき公園の入口に、呉次郎とその後ろに立つハジの姿が見えた。
「久那ぁー、マコちゃーん」
手を振って近付いてくる呉次郎の声に、マコがわたしから身体を離した。
呉次郎は一番に、マコへ声を向ける。
「ありがとうね、久那を追ってくれて。でも夜に女の子がひとりで出歩いたら危ないよ」
「あ……はい」
おい、なんでお前また赤くなってんだ。ただでさえ昨夜わたしが言ってほしかった台詞を目の前でマコに向けられ、キレそうなのに。
それでもわたしはなんとか堪えた。だけど続いてわたしを見た呉次郎は、
「おい久那。お前、反省するまで絶交だからな」
温情の欠片もない冷たい声と目に切り替えた。
ひ……酷い。酷過ぎる。
昂ぶったわたしは次の瞬間、透視でパンイチになった呉次郎に殴りかかってその場のみんなに止められるのだが、そのあたりは割愛する。
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