第23話 おっぱい揉んだ
「……あのさ、訊いてもいい?」
自分で引くくらいなりふり構わず泣いたわたしがようやく少し落ち着いたころ、マコが背中に手を置いて軽く撫でながら、隣に座って言った。
「なんだよ?」
わたしが袖で目元をごしごし拭いながら答えると、マコは少しだけ躊躇いがちに言った。
「今さらだけど、くれさんってさ……クーニャのなんなの?」
わたしは質問の意味が解らず、「ん?」とまばたきをする。
「いや、えっと」マコは言葉を探すように上を向く。「親じゃないよね?」
「当たり前だろ」
「兄妹……でも、ないよねえ?」
言外に「見た目も違い過ぎるし」と言われてるようで少し傷付くが、マコに悪気があるわけじゃないのは解るので、突っかからない。金髪に榛色の目のわたしに対して、呉次郎は黒髪黒目である。わたし自身、兄妹だと思ったことは一度もない。だから「違うと思う」と答えた。
「なら……従兄弟とか? もしくはもっと遠い親戚? まさか、義理のお兄さんとか?」
申し訳なさそうに言葉を重ねるマコを、わたしは無言で見続けた。しばらくしてから、
「……さあ?」
と、漏らすように呟く。
「『さあ』?」
「クレジーは、クレジー、だ……」
言いながらわたしは呆然とした。自分が本当にその答えを持っていないことに。
マコは考え込むように口元に指を当て、悩むような顔をしてからまたわたしを見た。
「あの、確認なんだけど……好きなんだよね? くれさんのこと」
「好き? ……まあ、そりゃあ」
首をかしげて「突然どした?」という態度で答えるわたしに、マコは言い直した。
「恋愛対象として、好きなんだよね?」
「はあ?」
「将来結婚したいんだよね?」
わたしはマコの真剣な目を眺めた。冗談を言ってる風ではない。問い詰める口調というわけでもないけど、裏に含むもののない質問だと思った。だからこそわたしは、
「なに言ってんだ? お前」と率直に疑問を口にした。
「あんたがね!?」何故かマコは肩を激しく揺さぶってくる。
「ななな、なんだよ?」
「だってさっき私がくれさんに恋してるのかも、って思って、あんなに泣いてたじゃん!」
「おお、お前それはもういいだろ。わたし自身びっくりしたんだから忘れろよっ」
顔が熱くなる。自分でも不思議なんだ、あんな風になったの。マコを強く押して引き離した。
「う……頭こんがらがってきた」
マコは頭痛を我慢するように頭を押さえる。その姿勢のまま、目だけわたしに向けてきた。
「なに? つまりクーニャは、何者なのか解らないひととずっと一緒に住んでて、好きかどうかも解らないけど他のひとには絶対取られたくないってこと?」
「うー?」
わたしは気迫に押され、言われた言葉を咀嚼する。そして答えを言う。
「うん」
「子どもか!? ピュアか!?」
マコが空気を下から鷲掴みするような動作で突っ込んでくる。
「な、なんなんだよ……」
わたしは責められてるみたいで面白くない。唇を尖らせて目を伏せる。
「べ、別におかしくないだろ。何者か解らないって言っても、クレジーは小さいころから……面倒臭そうだけど、わたしと一緒にいてくれるし……」
「ツンデレか!? めっさ可愛いわ!」
「は、はあ?」
さっきまでとは違う方向に興奮して目を見開くマコに、わたしは引き気味に反応する。
「でも……昔はふたり暮らしじゃなかったよね?」ふと冷静になってマコが言う。
「ああ、うん。前はクレジーの両親がいたけど……ずっと前に、いなくなっちゃったよ」
「あ……ごめん」
「ごめん? なんで?」
「……亡くなったんじゃないの?」
「……さあ?」
「さあじゃないよ!?」
また声を裏返らせる。なにこのマコ? 起伏激しくて怖いんですけど。
「大丈夫? クーニャ」心配そうに目を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫だと思うけど」
「もしくれさんが……えーっと、確かね……そう、三親等以内なら、結婚できないんだよ?」
「なんでわたしとクレジーが結婚すんだよ? もう一緒に住んでんのに」
「ばか」マコはわたしの両頬を指で引っ張ってくる。
「は、はひふんはよ」
「くれさんが結婚したら、さすがに一緒には住めないよ? クーニャが独り立ちするのを待ってるのかもしれないし。もしかしたらもう相手はいるかもしんないじゃん」
「う……な、なんでそんなこと言うんだよぅ……?」
またしゃっくりみたいな波が喉の奥から湧いてきて、わたしは堪える。
「ごめんね可愛ぃっ!」
マコが絞め殺すような強さで抱き締めてくる。
「やばい、惚れそう」
「きもい」
極めて冷静な声で呟くと、マコは身体の位置を戻した。傷付いたような目をしている。
「あんた……くれさんとその他に対する態度に差があり過ぎるよ」
「そりゃそうだろ。特別だもん」
「なんで好きって認めないのよ……」
「……なんか違う気がするんだよなあ、お前の言ってること」
とは言え、確かに呉次郎が結婚して一緒に暮らせなくなる、なんてことは考えるのも嫌だった。想像しようとするだけで立っていられないほど足元が不安定になって、気が遠くなる。仮にそんな相手がいるのなら、わたしは全力でその可能性の芽を摘み取るだろう。
「じゃあさ」マコがひと差し指を立てる。「帰ったらくれさんに訊いてみる?」
「なにを?」
「クーニャとの血縁関係」
「や、やだっ。絶対やめろ!」わたしはマコに掴みかかる。
「なんでよ?」
「だって……なんか怖いもん……」
「だからなんなのその可愛さっ! あんたのほうがよっぽど
また抱き着こうとしてくるので、マコの両胸の位置に開いた手を置いておいた。柔らかい感触がした瞬間、鷲掴みにする。マコが逃げる。
「ななななにすんのよっ!」
「おっぱい揉んだ」
「言わなくていい!」
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