第22話 したくてしたんじゃねーよ! 勝手にお前らが裸になったんだよ!
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ……!?)
わたしはあてもなく、夜の街を走っていた。ペースもなにもない、ただただ手足を滅茶苦茶に動かしていないと、どうにかなってしまいそうな気分だった。
自分がよく解らなかった。どうして呉次郎を蹴ったのか、どうしてマコと呉次郎が話してる姿にイラッときたのか、ただ口を挟めばよかったのに、どうしてできなかったのか。
自分の気が短いという自覚はある。性格が悪い、というのも指摘されるまでもなく知ってる。
だけど、こんな風に、自分の感情がよく解らないまま、勝手に身体が動いたのは初めてかもしれない。混乱に支配されて、気付けば逃げるように外へ飛び出していた。
息切れして、しばらくすると立ち止まって、膝に両手を突いて荒い息を吐いた。
「……クーニャ?」
呼ばれて顔を上げると、驚いた顔のハジがいた。買い物帰りか、コンビニの袋を提げている。
かしゃん。
これはハジのカメラのシャッター音だ。驚きながらも撮ってきやがるのはさすがとしか言い様がない。わたしは睨みながら深呼吸をする。
「ちょうどよかった、ハジ」
流れる汗を指で拭って、身体を起こした。
「殴らせてくれ」
「嫌だよ! なんで!?」
「苛々してるんだ。八つ当たりしないとどうにかなっちまいそうなんだ」
無茶苦茶な理屈だと自分でも解っていた。応じてくれるはずがないので、許可がなくても強行するつもり満々だった。でも、
「……解った。いいよ」
ハジが諦めたように笑って両腕を開くので、わたしは棒立ちになった。
「お前は……痛いのが好きなマゾなんだっけ?」
「変態だけど、そういうのじゃない」
ハジは肩をすくめる。
「なるべく痛くないところにして」
「……無理だ」
「じゃ、どこでもいいよ」
そう開けっぴろげに来られると、むしろ殴りにくい。わたしは気を逸らされてしまった。
「なんで、そんな」
機嫌が直ったわけじゃないので、睨み付けながらわたしは拳を握って訊いた。
「だって」ハジが静かな目を向けて、微笑する。「そんな顔のクーニャ、見たことないから」
どんな顔なのかは、知りたくなかった。殴るかどうか一瞬迷う。そのとき後ろから
「クーニャ!」
声がして振り向く。マコが追ってきていた。
わたしはとっさにハジに「足止めしろ!」と短く言って、また走り出した。
が、一分後には捕まった。ハジが足止めしようとしたのかは解らない。
わたしも女子の中では足は速いほうだ。ただ、日中見たとおり、マコの素早さは尋常ではないのである。魔術だかなんだか知らないが、追いかけっこで引き離せるはずがなかった。
「いきなりどうしたのよ?」
観念して、他には誰もいない、夜の小さな公園のベンチにふたりで腰掛けた。
「……こっちの台詞だ」
わたしは声がふて腐れたようになるのを止められなかった。
「なんだよさっきの、恋する乙女みたいな態度は」
言葉にして気付いた。
マコが呉次郎と目を合わせなかったのも、呉次郎の言葉のひとつひとつに過剰なほどの感情で答えたのも、目を合わせたときの表情も、恋、という言葉が似つかわしい。
「こ、恋っ!?」
しかしマコは素っ頓狂な声を出す。
「そ、そんなんじゃないよ?」
「どうだか」
下唇を噛んで俯く。見下すように横目で睨んだ。
「そりゃ、くれさんは格好いいよ。さらに格好よくなったなあって思ったよ」
「ほら見ろ」
「だから違うってば」
マコは唇を尖らせて、半眼でわたしの顔を覗き込む。
「……くれさんをさ、私は昔、王子様だと思ってたんだよ」
マコの説明はこうだ。
子どものころ、他の子どもたちがわたしに偏見を向ける中、友達になろうとし続けるマコに、呉次郎が礼を言ったことがあるらしい。
目線を合わせて「ありがとうね」と、真摯に声をかけられたマコは、呉次郎が周囲の保護者と違って若いお兄さんだったこともあって(当時は呉次郎も十代だ)、舞い上がった。そして自分の好きなものについて無差別に語る、という行為をした。つまり魔法少女について延々語った。呉次郎は適当にあしらうこともなく感心しながら聞いてくれたという。
それは呉次郎がわたしを幼稚園まで迎えにきたときだろうから、そう長い時間じゃないはずだ。だけど幼いマコにとって、そのときから呉次郎は憧れの王子様になった。
「あとね、私……基本、男のひとが苦手なんだ。昔は誰にでも愛想良くしてて……小さいころは解らなかったけど、変な目で見てきたり、嫌な感じで触ってきたりするひとがいるっていうことに、段々気付くようになって……だから余計に、くれさんが美化されてたっていうか」
(ああ……だからか)
わたしは、日中のカイに対する態度に納得した。昔のマコならキモい態度を取られても、無邪気に対処してただろう。無防備な態度を取る女子につけ込む男、というのは心当たりがある。それも割とたくさん。マコの器量なら、さぞ不快な視線に晒されたことだろう。
「でも、その美化に失望しないくらい、いいひとだねくれさん。私、さっきもわけ解んなくなっちゃって、引かれるような話を延々したのに……全然、引かなかった」
「クレジーを甘く見るなよ」
わたしは相変わらず不機嫌な声で、そっぽを向いて言う。
「普段、わたしに散々ドン引きするような目に遭わされてんだ。お前の話程度で、引くかよ」
「あんた普段なにしてるのよ……」
もっともだ。自分で言ってて「なに言ってんだ」と思う。でもイライラした感じは、マコの話を聞いても全然解消されなかった。
「で、なに? 昔憧れだった『くれさん』に再会して、今度は生々しい劣情に変わったって?」
「れ、劣情って! だからそんなんじゃ」
「やらしいんだよ、お前ら」
「や、やらしい!? ……あ、あんた! また透視してたね!?」
「したくてしたんじゃねーよ! 勝手にお前らが裸になったんだよ!」
「なってないっ! ああ……私とくれさんが……裸で」
想像したのか、マコがまた顔を赤くして頬を押さえる。わたしはマコに頭突きをする。
「あ痛っ!」
のけぞったマコは、次の瞬間立ち上がる。
「わ、わわわ、わわぁああっ!?」
お望みの映像を転送してやった。マコは狼狽してその場でぐるぐる左右に回転する。
「な、なんて映像撮るのよ! こ、こんな……!」
「やっぱ気になってんじゃねーかよ。仮に今は違うにしても……」
「だ、だから」
違うって、と言おうとして振り返ったマコの目が見開かれる。
「クーニャ……」
「……あんだよ?」
「ごめん」
言いながらマコは唐突にわたしの頭を抱き締めてくる。
「本当に、違うよ」
「はあ? なに……を……っ」
言ってる途中で声が潰れた。本当に、気付いてなかったんだ。マコの体温を感じるまで。
わたしの顔が、涙でぐしゃぐしゃになってることに。
そして意識せず、声が漏れた。
「…………やだ、よ」
まるで、別の人間がもうひとりわたしの中にいるみたいだった。そいつは顔をなりふり構わず皺だらけに歪ませて、嗚咽に抗うみたいに声を絞り出す。
「クレジーを……わたしから取らないでよぉ……!」
一度声にしたら、感情が丸ごと抑えきれなくなった。
わけも解らずしがみついて滅茶苦茶に泣きわめくわたしに、マコは何度も「うん」と頷いた。
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