第21話 私は、大学に魔術学部が存在しない我が国の現状を誠に遺憾に思いますっ!

「そうそう、魔法少女。女の子はみんな好きだったけど、マコちゃんは図鑑みたいなの持ってて、歴代のキャラからストーリーまで全部覚えてたよね。よくあの歳でこれだけしっかり覚えてられるなって感心したよ。本の文字も完璧に読めてたし、うちのとは全然違うなって」


 わたしの相手をしてるときとは比べものにならない快活な口調と表情の呉次郎を、殺意すら込めて無言で睨む。けど相変わらず全く目に入らない様子で、呉次郎はマコに笑いかけている。


「さ、さすがにもう、それは卒業しましたけどね」


 見られているマコは呉次郎と視線を一度も合わせてない。膝の上に手を置いて、目の前のカレーを見つめて顔を赤くしている。


「あ、そうだよね。ごめん……なんか、突然大きくなった姿を見ても、頭がついてってないみたいでさ。子ども扱いされたら嫌だよね」

「わ、私、見た目変わってないですか?」

「いやそんなことないよ。言われたらマコちゃんだなって解るけど、すっごい可愛くなったし」

「かっ、可愛いっ!?」

「うん。前から可愛かったけど、大人の女の子になった。大人の女の『子』って変か、はは」


 こいつは誰だ?

 いや呉次郎だ。そんなことは解ってる。割と外面がいいのも知ってるし、会社ではきっとこんな感じなんだろう。マコを特別扱いしてるわけじゃない、というのは解る。

 だけど、イライラが止まらない。むしろそのことに、自分で「なんでだ?」と思う。


「い、今は魔法少女じゃなくて、ほほ本格的に魔術を学んでいます!」


 キョドった様子で声を裏返らせたマコが、椅子から直立で立ち上がって叫んだ。

 その台詞にちょっとわたしは冷静になる。なに言い出した? こいつ。


「魔……術?」


 ほら、呉次郎もさすがに怪訝そうな顔をしている。

 マコはそれを質問と取ったのか、カクカクした硬い動きで自分のリュックが置いてあるところまで行くと、その中から、一冊の分厚い本を取り出した。辞書のようなでかさのそれを両手で抱え、呉次郎の隣に立って差し出す。その表紙にはこう書いてあった。


『世界魔術辞典 失われたもうひとつの文化史』


 わたしは半ばフリーズする。こいつ……魔術がどうとか言ってたのは、ガチか。


「これは……?」


 呉次郎の顔から怪訝さは消えたが、代わりに驚きが浮かんでいる。


「古今東西、あらゆる文化の中で生まれていった神秘の術について、その成り立ちや歴史がエピソード満載で網羅されている、存在自体が奇跡のような一冊です!


 あ、勘違いしないでください。一般的に『魔術』っていうと西洋魔術とか、最近だとアニメや漫画、ゲームの中の呪文や魔法、あと魔法少女の魔法をイメージするひとが多いかもしれませんが、それは魔術のほんの一側面に過ぎません!


 魔術は『よく解らない不可思議な力』ではなく、傍目には不可思議でも世界の真理に繋がる学問です! 不可思議な事象は結果に過ぎず、本質は世界の姿を識ることにあります!


 日本で言えば修験道や陰陽道も魔術と言えますし、中国の神仙道は歴史の長さから言っても魔術の元祖と言っても過言ではありません! あ、でもそれを言ったら古代から連綿と続く呪術抜きに魔術は語れないし、インドのヨガだって、現代では単なる体操と思われている節がありますが、極めれば人智を超えた力を身に付けられるという……」


 普段のわたしなら、早々に止めていたと思う。

 叩くなり遮るなりくすぐるなりして、ドン引きしながらも落ち着けと促しただろう。

 が、このときわたしは呆れた顔のまま黙って聞き流し続けた。


(ふ……クレジーに引かれてしまうがいい)


 という、意地悪な気持ちに従って内心ほくそ笑んでいた。自分がどうしてそんな風になったのかは説明できないけど。そのままマコはゆうに数分は興奮したまま喋り続け、


「……というわけで、本来魔術は人々の生活と文化に密着した、なくてはならないものだったのが、近代合理の思想や科学技術の発展によって、不合理なものとされて歴史の隅に追いやられてしまったんです! 錬金術なんかは大分化学の発展の礎になったにも関わらず、ですよ。


 私は魔術が、単なるオカルトとして処理されてしまうのがとても悔しいんです! 宗教にも本物とインチキがあるように、魔術にだって本物と偽物があるんです! たとえ実践については廃れてしまったとしても、歴史の一側面として、学問としての探究は途絶えるべきではないんです! 私は、大学に魔術学部が存在しない我が国の現状を誠に遺憾に思いますっ!」


 と拳を握って結んだ。

 興奮し過ぎて肩で息をするマコを呆然と見ていた呉次郎は、ゆっくり立ち上がる。

 わたしはドン引きを疑わなかった。しかし呉次郎はマコの両肩に手を添え、酷く真っ直ぐ


「本当に、大きくなったねえ」


 と、むしろ微笑ましさを讃えた声を向けた。


「……くれさん」


 マコは呉次郎を見上げる。初めて目を合わせた。


「なんか少し感動したよ」


 内心呆れてるんじゃないのか、と思えなくもなかったけど、少なくとも呉次郎の態度はマコを拒絶しておらず、引いてないことは明らかだった。


 そして言葉を掛けられたマコの瞳が変化するのを、わたしは目の前で見てしまった。

 潤むように眼球の表面を覆う水分が揺らぎ、黒目の上を滑らかな光が奔る。頬にはさっきの照れとは違う種類の赤みが差し、眉が切なげに下がって、小さく開かれた唇が小刻みに震える。


(こいつ……ときめきやがったな)


 そう思った瞬間苛々が最高潮に達し、わたしの頭の中で例の音が鳴った。

 ぴっ。

 だから解ってた。これは、わたしの能力だと。透視撮影だと。


 でも、それでも頭の中がわけの解らない熱で沸騰した。

 肩に手を置いて見つめ合う下着姿の呉次郎とマコを見た瞬間、


「この変態どもぉおおおおっ!」


 と叫んだわたしは、呉次郎の背後から朝と同じ箇所を蹴り上げた。


「おぼぉっ!?」


 間抜けな声を上げて呉次郎が膝から崩れ落ち……かけたところをマコが位置関係上、しゃがんで支える。わたしにはそれが、裸で抱き合ってるようにしか見えない。


「クレジーのロリコンッ!」


 わたしは朝以上の勢いで家を飛び出した。

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