第20話 チミィ。ときに、男根は無事かね?
マコと樹を伴って家に戻ってから、まずわたしはマコにシャワーを浴びてくるように言った。
その間、キッチンでさっき作った食事をひとり分用意する。
ちなみに家に戻る間に、透視は解けてマコは服を着た(と表現するのは正確じゃないか?)。やっぱり気持ちの高ぶりが原因らしい。
「クーニャちゃんってさー、態度は乱暴だけど優しいよねえ」
樹がカウンターに肘をつきながらにやにやしている。
「そうか? シャワー貸して飯食わせようとしてるだけだぞ?」
からかいたいのかもしれないが、ピンと来てないから恥じらいも起こらない。
「それって、凄いことだよ?」
「わたしがめっちゃ汚れてて腹減ってて、どっちかしかそれを得られないのにマコに譲る、っていうなら解るけど……そうじゃないだろ? わたしの衣食住は安定してて、明らかに足りてないあいつに分けてやってる、っていうんだから……優しいっていうかむしろ上からじゃねえか? 逆の立場ならわたしは怒るかもしれねえよ?」
謙遜なしでそう思う。マコが孤立してたわたしに手を差し伸べたのにムカついたのと同じだ。
「……凄いな」
樹は本気で感心したように目を丸くしている。
「どこが?」
「上手く言えないけど、わっしは好きだな、そういうの」
カレーが煮立ってきたので、火を止めた。そのとき玄関のほうで、鍵の開く音がした。
「あ、クレジー帰ってきたかな。いつもより早い」
樹と話してて、スマホを確認するのを忘れてた。いつも帰る前には連絡をくれるのだ。
わたしは食器を用意する手を止めて、玄関に向かう。予想どおり呉次郎が靴を脱いでいた。
「おかえり!」
帰りが早めだからか、いつもより顔に浮かぶ疲労は濃くない気がする。
でも笑顔で迎えたのに、呉次郎は責めるような目で軽く睨んでくる。
「なんか言うことないのか? 久那」
「なんかって……ああ」
わたしは一旦天井を見て考えてから、呉次郎に視線を戻してはにかんでみせる。
「お風呂にする? ご飯にする? それとも」
「馬鹿」軽く額を小突かれる。
「なんだよ! 新妻ごっこを求める目してただろ!」
「一切してないよ……お前、今朝のことを忘れたのか」
「今朝?」
思い返して、気付いた。
「あ」
そういえばわたしは呉次郎に金的を喰らわせて、逃走するように家を出たんだった。
「ああ……えと」愛想笑いをして視線をふらつかせる。
「思い出したか」
一瞬だけ迷って、わたしは迫る呉次郎の肩に両手を置き、顎を突き出して渋い顔を作る。
「こうしてまた無事相まみえて嬉しいよ、チミィ。ときに、男根は無事かね?」
強めのチョップがわたしの脳天に振り下ろされた。
「くきゃっ!」
「一体なんの真似なんだ、それは」
「いや特に元ネタはないけど……ごめんなさい」
頭を押さえながらうなだれると、「最初から素直に謝れ」と呉次郎が息を吐いた。
「でもさ! クレジーがわたしの話をまともに聞いてくれなかったのも事実じゃないか。どうせわたしが『また乱心した。とりあえず機嫌取っとこう』とでも思ったんだろ!」
「思ったよ。事実そうだろ?」
「違うもん! 本当にカメラになったんだよ……今朝のわたしと同じと思うなよ。ちゃんと、クレジーにも理解してもらえる方法を見つけたんだ」
また心底面倒臭そうな目になる。わたしは真っ直ぐ見上げて言った。
「さあ、頭を差し出せ」
「あ? なんで」
「頭突きするから」
「嫌だよ!?」
う、しまった。宣言せずにやれば良かった。完全に警戒されてしまった。
そのときわたしの背後の廊下の引き戸が開いた。
「クーニャぁ……ごめん、なんか着替えを貸してもらっても……」
振り向くと、マコが顔を出していた。
その姿は、全裸だ。形のいい曲線が上から下まで、遮るものなくあらわになっている。
「おおおおおお、お前!」
「……なによ?」
怪訝そうに首を傾け、気付く。呉次郎の姿に。
「あっ」
身を庇うように前を隠して、素早く扉の陰に隠れる。
「せ、せめてタオルくらい巻けよ!?」
思わず怒鳴ると、マコの声が返ってくる。
「な、なに言ってんの! 巻いてるじゃん!」
「久那。今のは」
「あ、いや」
振り向いて両目を極限まで見開く。
「な、なに」
脱いでんだクレジー変態か! と叫びかけてなんとか留まる。
気付いた。
マコが全裸に見えたのは、わたしだけだ。
わたしは大きく息を吐いて、吸って、もう一度吐いてから呉次郎に言った。
「説明する。とりあえずリビングに行こう」
「……解りました。そういうことなら、もちろんいくらでもいてもらって構いません」
呉次郎にそう言わせる説明をしたのは、わたしではない。意外なことに、樹である。
真っ正直に神様の代理人の話とかマコの願いの話をすると思いきや、樹は
「わっしは麻子ちゃんの親戚で、わけあって今までずっと海外に住んでたんですが、今度こちらの大学に編入することになったんです。それで、日本に慣れてないわっしを心配して、元々ここが地元だった麻子ちゃんが、家探しに付き合ってくれることになりまして……。
それで、たまたま麻子ちゃんが昔親友だったクーニャちゃんに再会して事情を話したところ、『ホテルに泊まるのももったいないから、うちに来れば?』と言ってもらって……ご迷惑かもと思ったんですけど、ひとまずこうしてお邪魔した、というわけです」
という感じですらすらと、独り言みたいな調子で全くの出鱈目を羅列した。
何故か呉次郎から目線と声の方向が外れてたけど。嘘ついて後ろめたいからか?
わたしが聞いても突っ込みどころは多いが、呉次郎はさほど細かいことを気にするたちでもなく、あっさりその説明を受け入れたというわけだ。
テーブルには呉次郎の正面に樹、わたしの正面にマコ、という配置で座っている。
ちなみにわたしを除く三人の前にはカレーとサラダが並んでいる。樹はさっき食べたはずだが「貰ってもいいかな?」と申し出やがった。
「でも、本当に大きくなったねマコちゃん……て、俺のこと覚えてないと思うけど」
呉次郎は、保護者の間で評判だった『エンジェルマコちゃん』を記憶してたらしい。ややいつもより高い外行き用テンションで笑顔を浮かべてる。くそう、ちょっと格好いい。
視線を向けられたマコはさっきタオル一枚の姿を見られたからか、顔を赤らめて俯き気味に、
「……お、覚えてます。くれさんには……あの、お話を、たくさん聞いてもらったし」
と、ワンテンポ遅れて答えた。ちなみに当然、服は着てる(わたしが下着から一式貸した。ブラ以外な。どうしてか? 察しろ)。透視も今はおさまってるので、Tシャツとカットソー生地のショートパンツ姿に見える。
「くれさんか。ああ、懐かしいなその呼び方。覚えててくれたんだ、なんか、嬉しいな」
胸の辺りに「イラッ」と、気持ち悪いなにかが渦巻くのを感じる。なんだこれ?
「……話を聞いてたって、なんの?」
不機嫌さを隠さず訊いたけど、呉次郎はわたしの不機嫌さには気付いた様子もない。
「ほら、当時流行ってたあの、なんだっけ……」
当時を懐かしむような目で言った。
「……魔法少女、ですか?」
マコが上目遣いで答え、さらに赤くなった。
なんだ……? なんだこの空気。
わたしはまたイラッとしながら、同時にそんな自分に戸惑いを覚えていた。
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