第19話 めっちゃ涙目で真剣で真っ直ぐ見てくるのに、ブラとパンツなんだよ?

 そのときわたしは、初めて見るマコのその顔に、何故か懐かしさのようなものを覚えた。

 面食らうわたしの前で、マコは引き続き大声を出す。


「なにがエンジェルだよ! 私はそんなのになりたいなんて思ったことない!

 ただ最初は思った通りに行動してたらママとかパパとか周りの大人たちが褒めてくれて、嬉しかったからみんなが喜ぶようにしただけだもん!

 クーニャのことだって本当に綺麗だと思ったし、ひとりになってる子がみんなと遊べるようになったら喜んでくれると思ったんだもん!


 でも段々大きくなると、ぶりっ子してるとかいい子のふりとか媚びてるとか本当の気持ちが解らないとか言われて……みんなに合わせようとして、思ってもいない他人の悪口を言ったこともある。けど結局後で吐きそうなくらい違和感を覚えた。


 私は私がしたいようにしてるだけなのに、そのはずなのに、そうじゃないみたいに言われるうちに段々自分でも解らなくなって……私はそんな私をやめたいけど……仕方ないじゃん」


 マコは嗚咽に呑み込まれそうになって一度言葉を止め、断定の強さでそれをかき消す。


「もう、これが私なんだから」


 目は真っ直ぐわたしを見ていた。

 懐かしさを覚えた理由に、聞きながら思い当たった。大変不本意ながら、


(……わたしに、似てんのか)


 周囲の表面的な評価に反発して……だけど、反発すればするほど思い知る。


『わたしは、わたしをやめられない』


 以前、わたしが言った台詞だ。本当は、わたしをやめたいわけでも嫌いたいわけでもない。


(ひとりになりたくないだけだ)


 と極めて真面目にマコの言葉を受け止め、改めてマコを見て……。


 噴き出すのを堪えた。


 いやだって! 冷静に見てみると、めっちゃ涙目で真剣で真っ直ぐ見てくるのに、ブラとパンツなんだよ? 夜の神社の境内で。纏う空気とのギャップに思わずウケそうになって、


「……仕方ねえな」


 真顔を必死で作りながら、笑いそうで震えながら軽く目を伏せる。


「そうだよ。仕方ないんだ。なのにエンジェルとか」

「そうじゃねえよ」


 堪えるのが大変で、口元を手で覆い目を泳がせた。


「とりあえずうち来い」

「……え」


 マコは心底意外そうな顔で、まばたきを繰り返す。


「ここじゃ落ち着いて話もできねえし、泊まるとこねえなら、しばらくうちにいろ」

「そ、それはもしや無料で!? 流行りの民泊とかじゃなくて!?」


 食いついたのは樹である。勢いに呆れながら、マコから堂々と視線を外せることに安堵する。


「ああ、まあ」

「本当だね!? 後で請求書とか来ないね!?」

「てゆーかわたしはマコに言ってんだけど。誰がお前を誘った?」

「そんなご無体なぁああああっ!? 靴舐めるからぁっ! ペットになるからぁあっ!」


 泣きながらわたしの足下に崩れ落ちてすり寄る。うざったさに笑いの発作がどこかへ行く。


「じょ、冗談だよ。お前も来ていいからやめろっ」

「はっはっ」


 承諾した途端、目を輝かせて犬の真似をしながら舌を出して見上げてくる。どうしてわたしの周りに現れる奴はこぞって変態なんだ。


「……なにが狙い?」


 マコは警戒する顔で、その様子を見ていた。わたしは目を逸らしたまま答える。


「別に。ただ、お前に借りを作るのも悪くねえと思っただけだ」

「またまたーっ。クーニャちゃんは本当は麻子ちゃんを」

「放り出すぞ犬」

「あおーんっ!」樹がかがんですり寄ってくるので睨んで引き離す。


 マコは気まずそうに目を逸らすと、呟くように「……解った」と言った。


「でも、家族の方はいいの? 勝手にそんなこと決めて」

「ああ。まあ、わたし、クレジーとふたり暮らしだから」

「……くれさん」


 マコの声は、なにかを思い出したような響きだった。それはなんだか、懐かしさとか優しさと呼べるような感情に彩られてるみたいで、わたしはそれを不思議に思う。


「覚えてるか?」

「あ、うん。よく、クーニャを迎えに来てたよね。結構、私とも話してくれてたから」

「クレジーは仕事で大体遅いし、家のことはわたしがやってるから、特になにも言わねーよ」

「そうなんだ……」


 わたしはまた笑いの発作が来る前に、さっさときびすを返す。


「さ、行くぞ。お前どうせ風呂もしばらく入ってねーんだろ? エンジェルじゃなくていいけど、女子としてどうなんだ?」


 からかうように言ったわたしに、マコは慌てて叫ぶ。


「せ、銭湯に行ったもん、三日前!」


 ……やっぱり女子としてどうなんだ、とは思うだけにしておいた。

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