第18話 襲われたらどうすんだ、エロい身体しやがって
ちなみにわたしの透視は普通の透視カメラとは違うらしい。
別れる前、可視光とか世の中に実際ある透視撮影についてハジに説明してもらった際、
「そういえば、透視した絵はモノクロ?」
って質問された。わたしは意味が解らなくて眉を潜めたんだけど、どうも世の中にある透視カメラは、薄布が透ける代わりに色彩は可視光で見える世界と違って単色らしい。
しゃあないので、わたしは改めてその場でハジのパンイチ映像を撮影してハジに頭突きした。
「痛っ……おおっ」
共有した瞬間は歓声を上げたが、
「……………………おぉぉぅ……」
さすがのハジも自分の下着姿を見て萌える趣味はないらしい。
「凄いね。可視光と全く同じ色彩で透視できるカメラなんて、世の中に存在しないよ……。しかも解像度も目で見るのと変わらない。本当に、目の前に裸のひとがいる臨場感がある……」
と、全く臨場感のない態度で言った。無感動な表情と声なのでいまいち実感が湧かない。
「クーニャの頭の中で瞬時に、いつも見てる世界のカラーイメージに変換してるのか、あるいは発見されてない種類の光を感知してるのか」
ということらしい。
いずれにしても、周りが平然とみんなパンツ、っていう中途半端なヌーディストビーチみたいな世界に慣れたくないので、わたしは透視撮影を基本、封印することにした。
そんなことできるのか、って? できる。要は、慣れの問題だ。
普段、ひとは慣れた動作をいちいちどうやってやるか考えない。歩くってどうやるの? と赤ん坊に訊かれても説明できないでしょ? もっとも赤ん坊は喋らないけど。
でも、最初はみんなやる方法を意識して習得したはずだ。やり方が解って繰り返すことで、方法を意識せず、やろうと思うだけでコントロールできるようになる。
勝手に撮影が繰り返されるうちに、わたしにはそれが少しずつ解ってきた。
試した限りでは、静止画を一枚撮る、連写で複数枚撮る、のさらに先に動画撮影があるみたいで、その三つは明確に使い分けられた。それぞれの場合に透視のオンオフもできた。
だから、今は撮影しないように意識してるし、ましてや透視はしない。
特に茶化す風でもなかったからか、マコはわたしの言葉を信じたのだろう。格子戸を開いた。
「……訊きたいことってなに」
その瞬間わたしは思わず噴き出しそうになるのを堪える。
マコが、下着姿だったからだ。
顔が引きつるのを止められない。なんで?
「……なに?」
怪訝な顔をするということは、実際には服を着てるのだろう。ここに来るまでの間、周囲はちゃんと着てたのに。また勝手に透視が発現している。
ばれたら嘘つき呼ばわりされるのは必至なので、わたしは真顔を作り直した。だから
「お前、なにしてんだよ」
言っておくがこれは露出を指摘してるわけじゃない。
「え? なに、って……いつきちゃんを待ってる間、ひとりでドミノ倒しを」
「暗っ! じゃなくてそういう意味じゃねえっ!」
「わ、私がなにを趣味にしてたっていいでしょ。迷惑かけてるわけじゃないんだから」
正面に立つマコに向けて、わたしは大きく息を吐く。
「違うって……なんで、お前が責任を感じてんだよ、って話」
「それは……いつきちゃんの話のこと?」
「ああ」
「だ、だって……私があんな願いごとをしなければ」
「なんで他人の願いが叶うのを願うのが罪になんだよ。完全にこいつのミスだろうが」
指された樹が身体を縮こまらせながらも言い添える。
「そ、そうだよ麻子ちゃん。わっしが」
「でも凄いブラックだったんでしょ? ミスしたって仕方ないくらい」
「だとして、なんでお前が悪いって話になんだよ。ブラックな環境を放置した雇い主やら、その存在を許容しちまう社会に問題があるんじゃねーのか」
「そうか……! わっしの真の敵は、このくたびれきった世の中だったのかっ!」
「とりあえずお前は黙っとけ」
「すいません……」
樹を黙らせ、マコを睨むように見る。
「ムカつくんだよ、てめえ」
わたしは包み隠さず、視線と声に感情を込めた。
「く、クーニャちゃん?」
樹が遠慮がちに呼んでくるが、一瞥もしない。
「エンジェルだかただのいい奴なんだか知らねえけどなあ、世の中の不幸は全部自分のせいみたいな顔しやがって。環境破壊が止まらねえのも戦争がなくならねえのも、お前が解決できねえせいだとでも思ってんだろ。グローバルな当事者意識だな、おい?」
「そんなこと……思ってない」
「同じことなんだよ。樹が代理人を追われたのも、わたしが見た目で孤立したのも、お前の問題じゃねえんだ。他人の問題を自分の問題とすり替えて、解決してやろうなんて上から見てんじゃねえよ。てめえはてめえの問題と向き合えよ。学校はどうした。保護者はなんて言ってんだ。こんなとこで若い女が寝泊まりしてんな。襲われたらどうすんだ、エロい身体しやがって」
あ、しまった。つい勢いで見えてる身体のことまで言っちゃった。
ひやりとして言葉を止めたけど、マコは特にそこへは反応しなかった。唇を引き結んで、なにかに耐えるように半分閉じた目で見てくる。
「……誤解してるよ、クーニャ」
「……あ?」
「ううん。クーニャだけじゃない。みんな誤解してる、私を」
「ああ? なにがだよ」
「ふ、ふたりとも落ち着こうよぅ」
睨み合うマコとわたしに、樹の声は聞こえない。
「……嫌いだもん」
マコは絞り出すように言った。わたしは自分でも意外なほど苛立って、身体を前に出す。
「ああ、わたしがか? ああそうだな、そっちのがせいせいするね! 大した思い入れもないのに情けで庇われるより、他の奴らと同じように敬遠して陰口叩かれてるほうがよっぽど」
「私は、私が嫌いだもん!」
まくし立てるわたしを遮る強い声が、涙混じりで境内に響いた。
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