第17話 裸の写真をネタに脅そうったって、ない袖は振れないもん!

「……そんな目で見ないでよう。わっしも、申し訳ないと思ってるよう」


 意識したわけじゃないけど、わたしは樹を結構なきつさで睨んでいたらしい。

 でも指摘されても、表情を真顔に戻す気にはなれなかった。


「最初から、本気でやれるとは思ってなかったよ? けどもし麻子ちゃんが、具体的に『みんな』として思い浮かべてた範囲を特定できたら……回収可能かもしれないと思った。

 彼女が地方に引っ越してることが解って……なんとか捜し当てたんだ。泣きつくつもりなんてなかったんだよ。信じてもらえるかどうかも微妙だったし……だけど麻子ちゃんは、わっしの荒唐無稽な話を一切疑うことなく聞いて、共感して……涙まで流してくれたんだよ。そして」

「言ったんだろ。『ごめんなさい。私が回収します』って」

「……うん」


 わたしは、マコと数年会ってない。久しぶりに会ったマコは、エンジェルとはほど遠い怪しさやら気色悪さやらを纏っていて、それが愉快でしょうがなかった。

 だけど頭の片隅では、そう思いたいのだということも、解ってた。


「馬鹿にもほどがあるだろ」


 変わった部分ばかりを見ようとした。変わってない部分があることだってすぐ気付いたのに。


「わっしは話を聞いて、すぐ諦めた。やっぱり影響範囲は解らなかったから。なのに、やれるだけやってみようって。わっしが止めても聞かずに、杖を持ってこの土地に」

「……それは、今日の話か?」


 樹は首を横に振る。


「君がひとり目じゃない。もう既に、何人か捜し当てて回収済みだよ」

「……なんだと?」

「厄介なことにね、麻子ちゃんの願いによって、派生した願いが叶うタイミングは神様にすら解らないんだ。わっしが叶えた三年前、同時に叶ったものもあるかもしれないし、大分時間差で叶うものもある。クーニャちゃんは、いつごろ?」

「わたしは……昨日だ」

「そっか。じゃあ運命的なタイミングだったね」


 頭の中に様々な疑問が渦巻くが、わたしはそれを訊かず、樹の隣に移動して肩を掴んだ。


「い、痛いよクーニャちゃん」

「マコはどこだ?」

「き、聞いてどうするのさ?」

「あの馬鹿に訊きたいことができたんだよ。連れていけ」

「……喧嘩しない?」

「するよ」

「ええ……それじゃあ」

「カレーの代金、一万円になりまーす」

「ひぇええそればかりは! 代理人クビ(仮)になってから、老化も怪我もするように、つまり補給が必須になったんです! 一応神様が活動手切れ資金をくれたけど、さっき言ったとおり仕事が見つからなくて減る一方だから、そろそろマジでヤバいんです! なにとぞご慈悲を!」

「じゃ、行こうか」


 胸ぐらを軽く引っ張ると、樹が「ひぃいい」と情けない声を出して従う。

 こいつ、本当に元神様の代理人? 全く神々しさを感じないけど。




 案内されたのは、さびれた神社だった。

 手入れされてない雑木林に埋もれる、猫の額のような境内には苔むした狛犬と小屋みたいな社があった。きっと昼間でも薄暗くて不気味だろうって雰囲気で、暗くなった今は申し訳程度の赤茶けた電灯の光が、気味の悪さを助長していた。もちろんひとの姿なんてない。


「まさか、ここがあんたが働いてた神社?」

「いやいや、さすがにここまで落ちぶれちゃあいないさ。本社は出禁だしね、わっし」


 樹は明るい声でおどけた後、軽く溜息をつく。


「ここは、系列の神社だよ。管理人は一応いるけど、打ち捨てられたに等しい。

 神社ってね、人気商売だから。芸能人とか作家と同じだよ。人気のあるところとそうでないところは明暗が分かれる。これと言って特徴のない小さな神社は、あんまり注目されないのさ。

 ひとが来ないからメンテナンスのお金も出ない、だから寂れてさらにひとが来なくなる、っていう負のスパイラルだね。神主がいて住居を兼ねてればまだ違うんだろうけど。誰も来ない、目立たない、でも立地は悪くない……こういうところには、不良が溜まったり行き場のない人間が勝手に住み着いたりするのさ。困ったもんだよ」

「行き場のない人間ってお前たちのことか……?」

「ぴんぽーん! 正解!」


 わたしは盛大に溜息をついた。まさか野宿とは。ここまでの流れで、安定した衣食住環境があるとは思ってなかったけど……。樹が木造の社の扉をこんこん叩くと、中から声がする。


「隣の家に塀が立ったってさ」

「ウォール・マリア!」


 聞こえた内容も意味不明なら、樹が返した言葉も謎だ。

 一瞬間があって、木製扉が微かに開く。なに? 合言葉なの今の?


「いつきちゃん、おかえり」


 隙間から闇に光る目を覗かせたのはマコだ。怖いんだけど。なんで全部開けないの?


「ただいま」


 樹が挨拶を返したのと同時に、覗いていた口元が三角に歪む。


「く、クーニャ!」目元が怯えるように引きつる。「な、なんで連れてくるの!?」

「ああ、いや、それがさ……訊きたいことがあるから連れてけって」

「こ、今度はなに!? 言っとくけどお金はないから! 裸の写真をネタに脅そうったって、ない袖は振れないもん! ざざざざまーみろっ!」


 マコは隙間から睨み付けてくる。なんかまた目がちょっと潤んでるけど。


「んなことしねーよ……」わたしは虐めてるみたいな罪悪感に襲われる。「心配しなくても、洒落にならない嫌がらせはしねえ」

「じゃあなんであの男のひとに共有しようとしたのよっ」

「そ、そりゃあお前が殴りかかってくるのをやめさせるためだろうが」


 半分は本当だ。あと半分は「嫌がらせ楽しい」だけど、こじれるから言わないでおく。


「……ほんと?」


 上目遣いで見てくる。男だったらときめきそうな表情……なのかもしれないが、闇の中から片目だけ見えてるから、霊的ななにかに見える。


「本当だから、とにかく出てこい。座敷童かお前は」

「あんたが座敷童のなにを知ってんのよ! 見たことあるの!?」

「いやねえけど」


 うわマジめんどくせえなこいつ。


「とにかく、そのままじゃ話しにくい」

「そ、そんなこと言ってまた裸を撮るつもりでしょ! 今も撮ってるんでしょ!」

「撮ってねえよ」


 本当である。

 さっきは樹とマコが去ってしばらくしてから、また『ぴっ』っていう電子音が頭に響いた。

 改めて撮った内容を確認してみたら、写真じゃなくて動画だった。

 最初は静止画で、撮り続けたらオートで連写、そして動画、さらには透視。使えば使うほど、機能がアップデートされてる。いや、元々実装されてる機能を探り当ててる、って感じか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る