第16話 カレー死守

 樹の目に浮かぶ感情の半分は「カレー死守」だが、もう半分は「そういうことか」だった。


「……なんだよ」

「つまりクーニャちゃんは、麻子ちゃんと対等な友達になりたかったんだね」

「な」


 なんでそうなる!? と言おうとしたのに、何故か声が出ない。


「わっしも長く、ひとの願いを見てきたからね。願望の機微にはある程度理解があるのだよ」

「わ、わたしはただ、あんな綺麗な奴はあり得ねえから、化けの皮を剥いでやりてえと」

「逆に言えば、自分の汚い感情を自覚しちゃってつらいんだよね。本当は麻子ちゃんと対等な自分になりたいのに、それができないから引きずり下ろしたくなるんだ。そんな歪んだ自分も嫌いだけど、その弱さを認めるのも癪だから、麻子ちゃんを嫌うふりをするしかないんだね」

「ち、違」

「要は、麻子ちゃんのことが本当は好きなんだよ」

「黙れ!」


 テーブルを叩くけど、自分で思ったほどの声量が出なかった。

 勢いとは言え、完全に話す相手を間違えたことに気付いたけどもう遅い。

 樹の言うことが正しいとは思わないけど、勝手に心が揺れてる。さっきから、何度も何度も頭の中でシャッター音が響いてた。どうも、感情が高ぶると勝手に撮れる。


(あれ? でも……)


 わたしはまばたきをして、ほんの少しだけ冷静になった。

 たった今撮ったはずの画像に、樹が写っていない。


「……ん? どうかした?」


 樹は怒鳴り声にも動じずカレーをぱくつき続けてたんだけど、突然黙って目を丸くしたわたしに気付いて、不思議そうに首をかしげた。


「あんた……なんでわたしの撮った画像に写らないんだ? さっきの透視だって」

「え? ああ……まあ、そうなるんだろうね。ほら、元神様の代理人だから」

「関係あるのか?」

「『願』によって叶った結果はね、それを叶えた神とか神に準じる者には影響を及ぼせないのさ。多分、間違っても神様に害を為す願いを叶えないように、そうしたんだろうね」

「でも、あんたクビになったんだろ?」

「ううっ……」もぐもぐしながらまた鼻をすする。

「食いながら泣くなよ……」


 こんなメンタル弱くてやれるもんなの?


「クビになったっていうのは……嘘じゃあないんだけど、正確でもないんだ」

「なんだそりゃ?」


 樹はカレー皿を空にして、テーブルに置く。横にしていた身体も正面に直した。


「クビ(仮)というのが正しいのさ。まあ、わっしにとっちゃあクビと変わらないけど」


 またくたびれたリーマンみたいな目をする。


「クーニャちゃんの麻子ちゃんラブ話のせいで逸れたけど」

「誰が」舌打ちする。

「『みんなのおねがいがかないますように』っていう麻子ちゃんの願いをだね、わっしは間違えて叶えてしまった、ってとこに話を戻そうか」

「ああ……その願いの、なにがまずいんだ?」

「さっき言ったろ? 影響範囲の広い願いは、本来、引き当てても廃棄しなきゃいけないんだ。その基本形のひとつに『他人の願いを叶える願い』ってのがある」

「……あ、そっか」


 他人の願いを内容関係なく叶えてしまうってことは、影響範囲が不明、ということだ。

 例えば人類滅亡、という願いを間接的に叶えてしまうかもしれない。


「特に、麻子ちゃんのは『みんなのおねがい』だからねえ。そのときの同じ組の子たちの夢はもちろん、それ以外も含まれるかもしれない」

「かもしれない、って……もしかして、未だに範囲が解ってねえの?」

「正、解! だっからもーボロックソに言われたよ樹ちゃんは」


 やけくそなのか、極めて明るい声を出して頭を掻く。


「ええと、ちょっとおさらいするぞ。

 あんたは神様の代理人として、ランダムに抽出した願いを選別して叶える役割を担ってた。

 けど、ブラック過ぎる環境のせいで判断の目が甘くなって、本来廃棄しなきゃいけないマコの願いを引き当て、そのまま叶えてしまった。

 叶えてしまった結果、どんな願いがどこまでの範囲で叶ったのかも解ってない」

「そのとおり! で、めっちゃ怒られて責任取れって言われて、大半の力を剥奪された状態で路頭に迷ったわけさぁ!」

「……言ってて悲しくない?」

「めっちゃ悲しいぃいいいい……うわぁあああ」

「起伏激しいな……」


 大丈夫かこのひと? 九割呆れるけど、一割心配になる。


「ちょっと待て。ふたつ疑問なんだが」

「どぉぞ?」嗚咽混じりに掌を差し出される。

「その願いを叶えたの、最近だよな? そんな昔の願いが今さら選別されるのか?」

「ああ、それね。実は願いを叶えたのは、三年くらい前なんだ。発覚したのが最近で」

「三年前でも……マコの願いは十年以上前だろ?」

「時系列別に願いを抽出してないから、むしろ願った時期を見て選別することが不可能なんだよ。ガチャの中身を入れ替えず、じゃんじゃん追加される中から引いていく感じさ。もちろん死者の願いだったり、制限時間のある願いだったら廃棄するよ。けど麻子ちゃんの願いには時間指定なかったからね。ま、大抵のひとはわざわざ書かないけど。合格祈願する受験生だっていつ、ってのは書かないでしょ? だから七浪してから合格するひとが出たりするのさ」

「なんか……適当だな」

「ま、それだけ願うほうも、本気で叶うとは思ってないことが多いってこと。事細かに書いてあるほうが、こっちとしては調べなくていいから楽なんだけどね。そこまで細かく書いちゃうと、最近はネットで『ガチ過ぎw』とか晒されたりするしねぇ」


 で、もうひとつは? と樹が促すので、わたしは率直に訊いた。


「『責任取れ』ってなに?」

「おお、それそれ。それが、麻子ちゃんがクーニャちゃんを殴ろうとした理由だよ」


 樹はコップの水を飲み干し、気楽に笑った。


「神様の業界にもさ、同業者間の面子があるんだよ。失敗したら誰かが責任を取んなきゃいけない。そりゃ、建前としちゃー部下のミスは上司の責任、ってのが社会のルールってやつだけど、わっしのときは逆。トカゲのしっぽ切りってやつでね、ミスした奴が尻を拭え、って。

 でも、ただクビにすると他から批判されるから、表立っては名誉挽回のチャンスを与えられた。だから、不老とか無病の力はなくなったけど、『願』の影響回避の力は残ったんだろうね」

「名誉挽回、って」

「『願』の回収が可能な『神力の杖』を授けられて、ひとりひとり、不当に願いを叶えられたひとから回収してこいって。全ての『願』を回収し終えたら代理人に復帰できる、というのが、うちの雇用主、神様が立てたストーリーだよ」

「まさかその『神力の杖』って……」

「そ。さっき麻子ちゃんが持ってたやつ」


 それを聞いた瞬間、わたしの身体に得体の知れない感情が渦巻いた。

 頭の中で、これまで聞いた説明と、さっきのマコの行動、言動が繋がっていく。あとは説明されなくても、ざっくりと想像がついた。

 そしてその想像が理解と確信に変わった瞬間、わたしは自分でも不思議なくらいの熱量に頭を埋め尽くされる。吐き出す先を求めた衝動は、


「なんで、あいつに持たせてんだよ!?」


 叫びになって、樹に叩き付けられた。

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