第14話 ブラックな仕事でも、辞めると今までの努力が全部無駄になるような気持ちに襲われてしまってね……
でね、従来その『集めて、選別して、叶える』作業を、神様がやってたんだ。
でもさ、知ってる? この国の人口って、特にこの百年でめっちゃ増え続けてるんだよ?
鎌倉時代にはせいぜい一千万人以下だったのに、江戸時代の後期には三千万人を越えて、昭和の初めには六千万人越え、今はさらにその二倍以上……まあ、医療の発達とかで子どもの死ぬ割合が減って、老人が長生きできるようになった結果だからいいことなんだけど……たった百五十年前と比べてこんだけ増えちゃったって現実は、神様からすれば如何ともし難いわけさ。
だって、
結果、人間たちからすればどうなったと思う?
「最近、願いが全然叶わなくなったなあ」
って感じるようになっちゃったんだよね。叶えてる総数は同じ……いやむしろ頑張ってる分増えてるんだけど、確率からすれば低くなっちゃってた。ソシャゲでガチャ回して、全然SS出ねーっ! みたいなね。解りにくかったら、宝くじが全然当たんない、って感じ。
それでどうなったか。神社というものや神様を祀る習慣自体はなくならなかったけど、信心は薄れていっちゃったんだよ。あんま日常的に神社とか行かないでしょ? 別に科学とか合理主義が発達して『説明がつかないもの』が廃れた、っていう理由だけじゃないわけさ。
神様たちは、その事態を重く受け止めた。人間が増えて信心の『量』には事欠かないけど、それより『質』が重要なわけ。たくさんのひとにそこそこ祀られてても、しっかり祀るひとがいないと、威厳が保てない。SNSでゆるーく繋がってるフレンドが千人いても、リアルの友達がひとりもいないならリア充とは言えない、みたいな感じ?
そして神在月に開催されるある年の出雲会議で、とある決定が下された。
なんだと思う? まあ大体、人間の社会で起きることと同じ。
正社員が足りなければ、企業はどうする?
あ、ごめん。高校生だったね。えっと……答えは『非正規雇用者を採用する』だよ。平たく言えばバイトや派遣社員だね。元々神様じゃない存在に、業務を委託することにしたんだ。
お、察しがいいね。そうそう、そのひとりが前のわっし。『願ひ叶へるもの』と呼ばれる者たちが、神様の代理人として業務を行うようになったんだ。
「読めた」
わたしはそこまで聞いて、呆れの半眼を向けた。
料理ができたので、ふたりでテーブルを挟んで向き合っている。
「あんた、なんかでかいミスしてクビになったんだろ」
樹は心底美味しそうにカレーを頬張りながら喋っていた手を止める。
「……えへ、へ」図星らしい。しかし悪びれず平然としている。「えへ、えへ……うぇえええ」
あ、違った。泣いてるわ。
荒唐無稽な話だけど、わたしはとりあえずありのまま受け止めると決めた。カメラになってしまってるわたしがそこに疑問を持ったって、ねぇ。
「一体なにをやらかしたんだよ」
ティッシュを二、三枚取って手渡す。ありがとおぅう、と涙混じりに言いながら樹が目元を拭った。カレーを食べる手は止めない。
「しょうがないじゃんかぁ、めっちゃブラックだったんだもん」
「……そうなんだ」
「労働基準法とかないんだよ。次々に溜まってく願いの中から無作為抽出された願いを読み解いて、実行判断して叶えて……を、トイレ行く暇もないくらい一日中……誇張じゃなくエンドレスで働き続けるわっしの願いが『この生活やめたい』になってもおかしくなくない?」
「それは……地獄だな」
想像すると確かに同情できた。
「でもだったら、なんでなった?」
「だってさぁ……あ、おかわりください」
空になったカレー皿を渡してくる。図々しいと思わないでもないけど、哀れに思えて無言で応じてキッチンへ向かう。樹はスプーンをくわえながら話を続ける。
「素敵な仕事だと思ったんだよぅ。『誰かの大切な思いを叶えませんか?』みたいな求人フレーズに騙されたんだよぅ。いや事実なんだけど思ってたのと違ったんだよぅ。『ひとの役に立てるお仕事です』『業務中は歳を取りません』『病気や怪我にもなりません』『自由度が高いです』とかね……いいことばっかり書いてあるんだよ。確かに、確かに嘘じゃなかったんだけどさあ。時代関係なく、社会って汚いよ? クーニャちゃんも就職するときは気を付けなよ?」
「はあ」
おかわりを手渡すと「ありがと」と樹は涙ぐみながら鼻をすする。
「けどクビになったんなら、良かったんじゃないの? やめたかったんだろ?」
「そうなんだけどねえ……ふ」
樹は遠い目で笑った。
「ブラックな仕事でも、辞めると今までの努力が全部無駄になるような気持ちに襲われてしまってね……簡単な話じゃないんだ」
「はあ……」
「クーニャちゃんも、社会に出れば解るよ……」
「なんだそのくたびれたリーマンみたいな台詞」
「でね、クビになったわっしは生きてくために仕事を探した。だけど、世間は厳しかった」
また目を閉じて樹は涙ぐむ。
「履歴書を正直に書けば書くほど、書類選考で落ちた。生年月日や経歴を嘘だと思われてね。
仕方ないから詐称して面接まで漕ぎ着けても、『エクセルやワードは使えますか?』って、そんなスキルあるわけないじゃんね!
正直に答えたら『事務に応募されるなら勉強されたほうがいいかもしれません』って、そのためのお金がないから仕事探してるのに! 未経験可って書いてあったのに嘘つき!
わっしは堪えたよ。笑顔で自らを奮い立たせた。
なのに『今までどんな仕事をされてきたんですか?』って質問に
『神様の代理人です! ひとの願いを死にものぐるいで叶えてきました!』
って情熱的に答えた瞬間、面接官の目が『あ、これ危ないひとだ』に変わったしね!」
あ、これ危ないひとだ。
と思ったが一応口には出さないでおく。
放っておいたらいつまでも続きそうだったので、わたしは同情を断ち切ることに決めた。
「で? あんたの苦労は十分解ったけど、結局ミスの内容はなんだったの?」
樹は一瞬ショックを受けたように固まったけど、自分がここになにをしに来たか思い出したらしい。何度か深呼吸して、水を飲んでから少しだけ落ち着いた目でわたしを見た。
「……これまた少しややこしいんだけどね」
カレーをまたひとすくいしてもぐもぐしながら、まだ新しく溢れる涙をティッシュで拭う。
「ひと言で言うと、麻子ちゃんの願いを叶えちゃったんだよね」
「マコの?」
樹は頷き、気を取り直したように笑顔を作って明るい声を出す。
「さてじゃあ、次の問題です。その願いとは、なんでしょう?」
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