第二章 怪人カメラ女はカレーを作り、神様の代理人を餌付けする

第13話 料理が女子力ってのは偏見だ

「やあクーニャちゃん。話をしに来たよ」


 骨は折れてなかったらしい。樹はその日のうちに、ひとりでわたしの家までやってきた。

 夕飯を作っている途中だったので「ああめんどくせえな」と思ったし、そもそもどうやってこの家を知ったのかも解らない不審者を上げていいものだろうか、とも思った。


 けどわたしがカメラになったことも、子どものころ以来久しぶりに会ったマコが突然襲いかかってきたことも一切事情が解らないままなのは、気持ち悪い。少なくともすぐ逆上するマコ(わたしがいじるからだけどさ)を相手にするよりは、冷静に話が聞けそうではあった。


 リビングに通した樹はぐるりと見渡して、羨ましそうに言った。


「いいなあ。広いなあ。お洒落だなあ」

「そう?」


 ぶっきらぼうに返しながらも悪い気はしない。二十畳ほどの空間に対面式キッチンとナチュラルカラーのダイニングテーブル、革張りのソファと大型テレビ、本棚などが余裕を持って配置されている。天井は普通の家よりやや高く、開放感がある。ベランダ側は全面がバルコニーに続く窓になってて、日中は全く電気を付ける必要がないくらい日当たりがいい。


「あ、料理してたのか。なに作ってたの?」


 樹はダイニングテーブル側からキッチンを覗き込んでくる。わたしはエプロン姿でコンロの前に立つ。ちなみに髪は後ろでひとつに束ねている。


「茄子と挽肉のカレー」

「いいなあぁああっ」


 樹はオーバーに身震いして頬を押さえ、よだれを垂らさんばかりだ。


「……できたら食べる?」

「食べるぅ!」


 激しく身を乗り出し、すぐ勢いを失う。


「でも、お金があんまりないんだ……」

「いや別にいいよそんなの」

「本当に!?」


 勢いを取り戻す。


「天使や……クーニャちゃんは天使エンジェルやぁ」

「やめてその呼称、悪印象しかないから」

「ああ……麻子ちゃんのこと? 嫌いなの? なんで? いい子なのに」

「いい子だからだよ。まあ、今のあいつは知らないけど」

「知ってみなよ。わっしは昔を知らないけど、本当にいい子だから」

「あいつのことはいいだろ。話は?」


 わたしは既に煮込みに入ってるカレーをかき混ぜた後、サラダを作るためにきゅうりを切る。


「ああ、うん」樹はカウンターに両肘をついて、その上に顎を載せて覗き込む。「手際いいねえ。女子力高いねえ、クーニャちゃん」

「料理が女子力ってのは偏見だ。それに、生活の一部なだけだし」


 包丁を動かしながら答える。一本切り終えたところで手を止め、樹を窺う。

 こいつ、幾つなんだろ? わたしよりは上だろうけど、どっちかっちゃ童顔だし、二十歳くらいかな。けど二十五って言われても、三十って言われても納得できそうだな。


「神社でお願いごとすることあるでしょ?」


 料理を再開すると、おもむろに樹が言った。


「それなんの話?」

「まあまあ、順番に話すからちょっと聞いてよ。あるよね? あったよね?」

「ああ、そりゃあ……」

「あれさ、本当に叶うって知ってるかい?」

「はあ?」わたしは眉を潜める。「叶うものもありゃ叶わないものもあんだろ? 結果的に」

「ああそうそう、そういう意味」


 要領を得ない。こいつ、話下手か? と少々不安になった。


「インチキな『なんちゃって神社』もなくはないけど、ちゃんと神様が管轄してる神社は、願ったことが叶うようにできてるんだよ。だけど、全部叶えるだけの力はないし、誰かと誰かの願いが矛盾することもあるから、叶うものと叶わないものがある。で、じゃあ次の問題ね」

「いつの間に問題になった。てかなんの話……」

「叶う願いと叶わない願いは、どうやって決められるでしょう?」


 わたしの疑問は無視される。


「さあ? テキトーに決めてんじゃねえの?」

「正解! クーニャちゃん、もしや関係者!?」

「はあ?」


 頭のおかしい奴を見る目を向けるが、樹は愉快そうに笑っている。


 そして続いたのは、こんな説明だった。




 願い、って簡単に言うと呪術なんだよね。呪いって言うと最近は嫌なイメージばっかり先行するけど、おまじない、だって『おまじない』って書くし、お祝いの『祝』と字が似てるでしょ。実はこれ、元々同じところから派生した言葉なんだよね。


 とまあそれはいいとして、なにが言いたいかっていうと、願いにはそもそも呪術的な力があるんだ。ひとが願ったことを叶える力っていうのは、その力、『がん』の中にある。


 けどまあ、お願いしたことを叶えるだけの力は、独立した願いの中にある『願』だけじゃ足りない。そこで、神社のシステムができた。


 神社っていうのは、多くのひとの『願』を効率的に集める場所なんだよ。


 そしてその集まった『願』で、一部の選別された願いを実際に叶えるんだ。

 この辺は、国家が税金を集めて、色んな公共事業とか社会福祉に充てるのに似てる。


 不公平にならないよう、君が言ったとおり「テキトーに」、要はランダムに叶える願いを引く。けど叶えるのに並外れて膨大な『願』が要る願いだったり、世界のバランスが崩れるような願いだったり……影響範囲が広いものは、無効になって廃棄される。例えば世界征服とかね。


 ちなみに人道的かどうかとか、科学的かどうかなんてことはあまり関係ない。あとほら、お百度参りとかあるじゃない? あれも、数打ちゃ当たるじゃないけど、当たりくじを増やすようなものだから、大なり小なり意味はある。


 でね、従来その『集めて、選別して、叶える』作業を、神様がやってたんだ。

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