第12話 変態が自分で変態って名乗るかよ

「はーい、そこまでにしよっかー」


 明るい声が飛び込んできた。ぱんぱん、と上のほうで手を叩く音がする。

 わたしたちが立ってる道の脇にはそこそこ大きな鳥居があって、奥には長い石段が続いている。その鳥居の上に、ひとが仁王立ちしていた。


 その影が、跳ぶ。


 途中、足場として木製の灯籠に右足をかけ……ようとした瞬間灯籠が崩れた。


「うぉゎぁぁあっ!?」


 影はバランスを崩して空中で仰向けの姿勢になり、頭からアスファルトに落ちそうになる。しかし「なんのぉっ!」と両腕で頭を守って腕から落ち、勢いで一回転して見事に着地……。

 する寸前走ってきた自転車に脛を轢かれて吹っ飛んで転がった。


「いきなり飛び出すんじゃないよ!?」

「うぉおおおぁぁああああああああああああああああっ!」


 打ち所が悪かったらしく、脛を抱えてごろごろごろごろ悶絶している。

 あれ? 轢いたのさっきのパンチパーマおじ……おばちゃんに似てねえ? いやでも、パンチパーマが紫色だ(ちなみにおばちゃんも裸。下着がパッションピンク……)。


「ちっ、被害者面しやがって。ちょいとぶつかっただけで骨折れたって叫ぶヤクザかよ」


 舌打ちしておばちゃんが去って行く。いや、明らかに本気で苦しんでるけど……。

 苦しみ尽くした後、そのひとは肩で息をして涙目を拭う。そして取り巻く雰囲気に気付いた。


 氷河期、と呼びたくなるような空気に。


「あ、はは」


 愛想笑いを浮かべたそのひとは、女性だ。


「なーんて、ね!」


 と、「全部冗談でした!」みたいにおどけて立ち上がる。いや無理あるだろ。


 身長はハジほどじゃないにしろ、女性にしてはかなり高い。その分肩幅も大柄で、太ってはいないけど全体的にがっしりした印象だ。髪は栗色のショートボブで、柔らかそうな毛は内側にくるんと巻いている。顔のパーツも全体的に大きく、くりんとした丸い目は快活そうだ。

 服装は丸襟のちょっとファンシーな装飾がある白いワイシャツに、踝丈の青いガウチョパンツ。その上に民族柄のポンチョを羽織っている。


「第一印象は大事だからね! ちょっと刺激が強かったかな!」


 あ、うん。もうわたしの中では挽回しようがない位置にポジショニングされたよ。

 誰もなにも反応しない。不安になった様子で、彼女はマコに顔を向けた。


「麻子ちゃん、よく頑張ったね。お姉さんの胸でお泣き」


 両手を差し出し、笑いかける。泣く寸前だったはずのマコは、気まずい顔で目を逸らした。


「えっ……とぉ……どなたですか?」

「酷いっ! ちょっと登場に失敗したからって他人のふりしなくても!」

「なんだ? 変態マコちゃんの同族?」

「違う! 私は変態じゃない!」「わっしもだって!」


 同じテンションで言い返してくるふたりに、わたしは軽蔑の視線を向ける。


「変態が自分で変態って名乗るかよ。そういうのは他人が決めるもんだ」

「あ、僕は自分でも」

「お前は引っ込んでろ!」


 名乗りを上げるハジは封じる。


「で、あんたは? マコの関係者?」


 話が進まないので、わたしは気を取り直して訊いた。


「ああ、うん」


 ノッポさん(仮)はまともな対応に安堵したのか、一度破顔する。それから真顔になって言った。


「『カメラ』のクーニャちゃん、だよね」

「そうだ……と言うのも変な感じだけど、そうみたいだな」

「麻子ちゃんからあんまり説明してなかったと思うけど、改めてわっしが、一連の出来事の事情と背景を説明するよ。でも、悪いけど仕切り直しだ。今は帰らせてもらう」

「別にいいけど、なんで?」

「決まってるだろう」


 ノッポさんは深刻な表情になる。


「足が折れてないか、診てもらうためだよ。実際、まだめっちゃ痛いのをやせ我慢してるからね」

「はあ……」

「いつきちゃん、いいってば。私が」


 マコがノッポさんの袖を引く。ノッポさんは困ったような顔で軽く息を吐いた。


「だからさ、麻子ちゃん。何度も言ってるだろ? 君がしょいこむ問題じゃないって」

「でも……」

「大丈夫。出直そう。クーニャちゃんは、無意味に君の裸をばらまいたりはしないさ。ね?」


 振られて、あまりにそれが自然で確信に満ちた声だったからか、わたしはとっさに頷く。


「あ、ああ」


 マコが疑いの上目遣いで、探るように見てくる。


「……本当に?」

「う、うん」


 一瞬、その表情に可愛さを感じてしまい、また思わず頷いてしまった。慌てて目を逸らして突っぱねるように言う。


「脅しの材料を無意味に使ったりしねーよ」

「……本当に?」


 同じ声の調子で指をくわえて見てきたのはハジだ。顔は残念そうである。はい、無視無視。


「さ、じゃあ行こうか」


 ノッポさんが片足をひょこひょこさせて引きずりながら歩いていく。それを、後を追うマコが背中に触れて支えた。そのとき、わたしは気付く。


「……なんで、服が透けてねえんだ?」


 呟きが聞こえたのか、ノッポさんが振り返る。


「あ、ごめん。名乗り忘れてた。わっしは、ささいつき


 微笑を浮かべる。


「神様の代理人」


 冗談を言っている風ではない。だからか解らないが、ノッポさんこと樹は女とは解るが中性的で、若いけどどことなく年齢不詳な雰囲気を纏っている。


「神様の……代理人?」

「を、クビになった無職。仕事探してるから、なんかあったら教えてね! マジで!」

「……はあ」


 反応に困る台詞を残し、マコと樹はそのまま去って行った。




 ちなみに後日、本人に抗議されるまでわたしはモニュメント・カイの存在を忘れて置き去りにしたことに気付かない。

 どうでもいいけど。

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