第11話 数年の歳月は……お前を露出狂にしたのか

 これは後からハジに聞いた話なんだけど。

 そもそも、『物が見える』というのは、光が物体に反射することによって輪郭が浮き彫りになって実現する。だから明るい昼間には物の形がはっきり見えるけど、暗い夜には見えない。


 で、光には人間の目に見える光と見えない光がある。例えばテレビのリモコンから出てる赤外線光は見えない。見えない光だけで照らされてる場合、人間には真っ暗でなにも見えなくても、その光を認識できるカメラで撮影するとばっちり見える、ということになる。


 そしてその見えない光の中には、見える光が反射する物質を透過する性質を持つ光があり、この性質を利用して、『透視』みたいな機能が実現できる。


 平たく言うと、『透けるカメラ』が実在するらしい。


「えぇ、嘘だろ?」とわたしは疑ったけど、ハジの「レントゲン」という言葉で納得した。

 レントゲンみたいに皮膚まで透ける光じゃなくて、薄い布なんかだけ透けるというエロ少年の妄想みたいな光があって、衣服が透けた映像を撮れるカメラも存在するとのこと。

 つまりなにが言いたいかというと、


「お前が、裸に見える」


 その説明を聞く前だったわたしは、『マコが唐突に服を脱いでた』と思った、という話だ。


「……な、なにを言い出すのよ」


 警戒心剥き出しの顔で、マコは一度振り上げたステッキを引き、胸元を庇うように押さえた。

 考えてみてほしい。もう一度言うけど、このときのわたしにとっちゃあ、本気で攻防してた相手が、とどめってときになっていきなり裸だったんだよ?


「数年の歳月は……お前を露出狂にしたのか」


 と、真顔で呟くのも無理はないだろ?


「だだ誰が露出狂よ!?」


 と言いながらわたしから手を離して後ずさるマコは、下着と靴こそ着けてるもののどう見てもあとは肌色で……そんな奴があたかも露出してないって態度なもんだから、


(ああ、頭がおかしくなったのかな? こいつ)


 と、哀れみを隠せない表情になるさそりゃあ。


「ま、まさか」


 マコがなにかに気付く。


「嘘? カメラって言っても……透視機能なんて」

「透視っ!?」


 悲痛な顔で呟くマコに、異常反応したのは限りなくグレーに近いブラック(誤記じゃない)カメラ小僧、ハジである。


「ク、クーニャ! 透視してるの?」


 横からわたしの肩を掴んで揺さぶってくる。


「な、なんだ……」


 抗議の途中でハジを見てしまい、顔をしかめる。


「お、お前もか!」

「ぼ、僕も? 僕も裸に見えるの!?」


 だとしてなんで嬉しそうなんだよ。ばっちりパンイチである。浮き出た肋骨も骨張った腰骨も予想を裏切らずガリガリだ。白ブリーフなのはやや意外だが、激しくどうでもいい。


「……なるほど」


 ハジの気持ち悪さに、わたしはむしろ冷静になって事態を理解し、受け入れた。そして


「そうか……わたしだけ、はは、わたしだけ透けて見えてるのかぁ」


 一瞬で使い道を思いついてマコを見て笑う。眉はハの字、歯は剥き出しだ。


「な、なに?」マコの肩がびくりと跳ね、顔が引きつる。「う、嘘でしょ? はったりでしょ?」


 微かな期待を打ち砕くべく、わたしはひと差し指を突き出してマコの胸元を指した。


「黒いギンガムチェック」


 その指の角度を、斜め下へ向ける。


「ネイビーのストライプ」

「や、やめてぇええええっ!」


 マコがその場にしゃがみ込んで、両腕で身体を抱きかかえた。


「クーニャ、今のってまさか!?」


 ハジを喜ばせたいわけじゃないので、その声は無視する。


「ありがとうな、マコ。なんか知らないけど、新しい機能に気付けたみたいだ。そもそも返せとかよく解んねーけど、面白そうだから、やっぱ断るわ」

「……そ、そんなの認められない!」マコが立ち上がる。

「ふーん」


 わたしは真正面から身体を舐め回すように見て目を細める。モデル体型とまでは言わないが、しっかり凹凸がついている。


「結構エロい身体に育ったな」

「うるさい!」


 マコは羞恥に耐えながら叫ぶ。


「か、仮にあんたが本当に透視できてるんだとしても! 他のひとに見られなかったら別にいいもん!」


 自分に言い聞かせるような口調だった。ぐ、確かに。今のところ画像の共有方法は見つかってない。その勇気あるマコのひと言に対し、ハジが


「はいはーい! はーい!」


 と、常にないほどのハイテンションで手を掲げて間に入ってくる。


「なんだよ変態?」

「僕、知ってる! クーニャの撮った画像を共有する方法!」

「……へ?」マコの顔が解りやすいほど青ざめる。

「タイミングを逃してたけど、さっき、色んなモノをクーニャの中に出し入れしてたときさぁ」

「てめえまた沈められてえのか!」

「そうそう、それだよ!」

「……あ?」

「頭突きされたとき……頭の中に流れ込んできたんだ、僕の後頭部と店内が。四角い絵じゃなくて、視野と同じように見えた。ああきっとこれが、クーニャが撮影したものなんだな、って」

「マジ……か」


 ハジの後頭部に頭突きをしようとするわたしが見た景色。あのとき確かにシャッター音がした。それをハジが見た、と言うなら『わたしの撮影画像がコピーされた』のだろう。


 って、じゃあこの胸の穴は? 頭突きでデータ通信とか、アナログって次元ですらねえ。

 や、とりあえずそれはいい。重要なのは、撮影したものを共有できる、という事実だ。


「と……いうわけみたいだけど、マコちゃん?」


 おどけながらわたしは腰に手を当てた。もちろん満面の笑みで。


「う……うう」


 マコは震えながら、泣くのを堪えるような顔でそれでも気丈に立っている。


「ハジ」わたしはさらに揺さぶりをかける。「見たい?」

「我が命に代えても!」


 想像どおりの反応だけど、わたしの顔まで引きつった。お前の命、どんだけ軽いんだよ。


「や、やめて……」

「ならわたしのことは放っとくって約束する?」

「そ、それは」

「ハジ、頭出して」

「喜んで!」

「やめてよぉおおおぅっ!」マコの涙腺はもはや決壊寸前だ。

「なら約束は?」

「……そ、それは……」


 それでも首を縦に振らない。顔は真っ赤で、呼吸はしゃっくりみたいに小刻みで、大きな瞳にはこぼれそうなほど涙が溜まってて、胸と股を隠す手も、脚も震えてるのに。繰り返すが、下着と靴しか着けてない姿に見える。追い剥ぎに遭ってもくずおれない健気な少女、みたいな?


(しかし……さすがに可哀想になってきたな)


 実際、ハジにこの絵を見せるつもりはない。いくらなんでもそんくらいの良識はある。揺さぶって退散させるつもりだったのに、これじゃあ完全にわたしが悪である。


 さてどうしよう。押すか引くか、という迷いが生まれ、ほんの少し沈黙が生まれたそのとき、


「はーい、そこまでにしよっかー」


 明るい声が飛び込んできた。

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