第10話 なんで裸?
「『魔術』の探求者!」
「な、なんだと!?」
やばい全然意味が解らねえ。解らなさ過ぎて突っ込みすら浮かばない。
それを圧倒されてると取ったか、マコはさらにドヤる。
「世の中には初速からトップスピードになるための術が存在する。歩行術、呼吸術、足指の力を地面に効率良く伝導させる術……様々な要素を組み合わせれば、これくらい」
なんかアスリートみたいなこと言い出したぞ。
「さらに、そこへ空手の抜き手の技術を加えれば……!」
空手って言ったよこの女。魔術どこ行った?
マコが動く。目にも止まらぬ、という表現が誇張じゃない動きを、初めて見た。気付いたときには右の二の腕をマコの左手に掴まれていた。
「これぞ魔術・
マコが右手を振り上げる。
その手の中にステッキが…………ない。ことに気付いて止まる。
まさに空手の右手を見て「……あれ?」と間の抜けた声を出す。カイに押し倒されたときに落としてたけど、気付いてなかったのか。
「まあいい! とりあえず、さっき私にしたのと同じ目に遭わせる!」
「わたし、なんかしたっけ?」
「あ、あんたねえ! わ、私のむ、む、むむむ胸をお、男に……」
顔を歪め、赤面しながらどもる。ああ、変変アタック(略)の件か。
「ああ、それは無理だと思うよ」
反応したのはわたしじゃない、ハジだ。寂寥感を浮かべた目がわたしの胸部を捉える。
「ほら、うずめるところが……ね?」
「あっ…………ごめん」
「謝罪で攻撃すんじゃねえっ!」
わたしは逆上し、左手でマコの乳房を鷲掴みにした。
「やだぁっ!」
マコがわたしから手を離して後方に跳ぶ。
しかし、ショックを受けたのはわたしも同様である。左手で空気をもみもみする。
こいつ、見た目以上に……じゃねえ!
「だから気にしてねえって言ってんだろうが!」
その間もハジは遠慮なくカメラのシャッターを切り続けている。わたしの頭の中でもひっきりなしに鳴ってて、聞き分けが付かなくなりそうだ。
「もう! ほんとやだ!」
マコが涙目で胸をガードする。それから、地面を蹴った、と思った瞬間わたしを通り過ぎ、未だ四つん這いでモニュメントと化すカイの傍らに落ちていたステッキを拾い、その速度のままUターンしてくる。やばっ!
「このぉお!」
ジャンプしながらステッキを振りかぶるマコの動きを凝視する。とっさに身体が動かない。避けられないか!? と……思って、気付いた。
マコが目にも止まらぬ速度で迫ってきてるのに、わたしは考えられている。
頭の中でシャッター音が連続で鳴り響く。連写? 細切れに、マコの動きが脳内で処理される。もしかして、と、足で地面を蹴ると、酷くゆっくりだが動いた。身体が横跳びになる感覚がスローモーションのように続いて、それから
「痛ってぇっ!」
突然解けて、跳んだ先にいたハジに激突して倒れ込んだ。
ステッキが空振りになったマコはほんの一瞬だけ驚いたように固まったけど、すぐこちらを向いた。やばい、考えてる暇はねえ、と下にいるハジの身体を踏み付けて起き上がる。
「ああ、痛かったけどいい感触だったのに」
と言うハジは当然黙殺する。
マコがステッキをレイピアのように構え直し、最短距離で突いてくる。わたしは反射的に
(見ろ……見ろ……!)
と、念じるように目を見開いて集中した。そしてかわす、イナバウアーばりに。
「なっ……!」
驚愕しながらもマコは動きを止めない。何度も連続で繰り出されるステッキの切っ先を、わたしは紙一重で右へ左へ避けていく。
見える。見える!
シャッター音が鳴るごとに目が慣れて、どんどん鮮明に、ピントがばっちり合った写真みたいにくっきりと……筋肉の動きまで見通せるかのように、動きをゼロコンマ一秒先読みできた。
しかしマコはまだまだ本気ではなかった。回転速度が上がり、わたしは呼吸すらままならないほど余裕を失い、さらに両目を見開いて歯を食いしばる。
当然の生理現象としてまばたきをした瞬間、マコのステッキが視界から消える。
「てぇええい!」
それでもわたしは、死角から繰り出された一撃をしゃがみ込んでかわした。刹那に満たない時間で再び瞼を全開にしてマコを見上げる……と、ステッキではなく左手が伸びてきた。
「しまっ……!」
胸ぐらを掴まれ、動きを封じられる。マコが瞳孔が開いたような目で笑うのが見えた瞬間、
つぅかぁまぁえぇたぁぁぁ。
と音もなく唇が動き、背筋に寒気を覚える。恐怖と危機感で、またシャッター音……じゃない。今度は短い電子音が耳の奥に響いた。
ぴっ。
脳裏に浮かんだ像が、それまでとは違っていたことにすぐ気付いた。
マコがステッキを頭上に振り上げる。
わたしはその、見えたマコの姿について意識せず口走った。
「なんで裸?」
「へ?」
マコがその姿勢のまま、止まった。
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