第9話 変態には変態をアターック!

「『カイ君……嬉しい。私も、会えるのを楽しみにしてたよ』


 潤んだ瞳で俺の手を握って彼女は照れくさそうに言った。


『俺に人間らしい心をくれたのは君なんだ。幼かったとは言え、どうして俺は君を見失ってしまったのかと、ずっと後悔して生きてきた。だから再び会えたなら、そのときは二度と離れないと決めていたんだ。どうか俺に、君の騎士ナイトとして傍に仕えることを許してほしい』


 俺の誓いに対し、彼女は手に、より一層強い力を込める。


『仕える、なんてそんな……私たちは対等だよ。ひとりの男の子として、一緒にいて』

『えっ、それって……?』


 戸惑い気味の俺の声に、彼女ははにかみながら頷いた。その笑顔はあのころと寸分も変わらない……どころか、さらに絶対的な破壊力を以て俺の心臓を鷲掴みにして離さな」


「正気に戻れ」


 わたしは白目を剥きながらぶつぶつ呟き続けるカイの頭を、脱いだスニーカーでぶっ叩いた。

 首が妙な方向に傾いたカイは我に返る。


「はっ、なんだ夢か。そうだよな。マコちゃんがこんなところにいるわけ」

「いるよ。お前があまりにきもいからあそこまで逃げたけど」


 マコはハンバーガーショップの建物の陰から半分だけ顔を出している。

 傾いた姿勢のまま、カイが重い音を立てて膝から崩れ落ちる。器用な奴だな。

 わたしはハジの肩に手を置いて支えにし、脱いでたスニーカーを履く。


「せっかくわたしがいじって遊んでたのに、お前がとどめ刺すとはね……」

「生きてるのがつらい」


 カイは倒れ伏したまま顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。わ、本当に泣いてるよこいつ。

 マコの前で『牙の生え揃わない子犬になった乱暴者』とは、こいつのことである。気性が荒く、極端に我の強かったカイは元々周囲の子を泣かせてばかりいた。

 マコだけが、叩かれて泣いても、何度でも止めようとした。そして涙ながらに、


「このままじゃうみひとくんがひとりになっちゃうよ」


 とカイに言った。自分が虐げられても間に入り、しかもその理由が「君が乱暴者のレッテルを貼られて孤立してしまうから止めたい」であることを知ったカイは、掌を返したようにマコに懐いた。今も時代錯誤の熱血馬鹿ではあるが、幼少時にマコと出会ってなければ、今ごろ孤立した不良とかになってたのかもしれない。


「なるほど。あれがカイが常々言ってた子か」


 ハジが、わたしの身体を支えるふりをして腰に手を回して撫で回す。靴を履き終えたわたしは、その親指を握って関節の構造上曲がらない方向に力を加えた。


「痛いっ、ギブギブ」


 慌てて手を引っ込めるハジを、わたしは半眼で睨み上げる。


「なんか言うことは?」

「細くて素敵な感触だった」


 ノーモーションで鼻フックを繰り出すが、避けられた。くそ。


「でも、聞いてたのとは大分イメージ違うね。可愛いけど、普通の子じゃない?」

「普通?」


 わたしは見えてる半分から陰気なオーラを発するマコを呆れ顔で見る。窓に張り付いたり突然殴りかかる奴のどの辺が? というニュアンスが伝わったらしく、ハジは言い直す。


「ちょっと変な子だけど、エンジェルって感じはしないよね?」

「……きっとなにか事情があるんだ」泣き伏しながらカイが言う。「俺が、力にならなきゃ」

「だからそういうのがきもいんだよ」

「ぐふっ」カイは鳩尾を殴られたような音を出し、再び沈黙する。

「そもそも、彼女はなにをしに来たんだ? あのステッキでクーニャを殴るのが目的?」


 ハジの疑問はもっともだ、と思いながら腕を組んで首を傾けるが、答えが出るはずもない。


「うーん」腕組みをして数秒だけ考えた。「まあいいや。帰ろ帰ろ」

「待てぇ!」


 背を向けて行こうとすると、叫び声がする。

 振り向くと、マコは前傾姿勢でステッキを構え、警戒するように摺り足でじりじりと近付いてきていた。表情はまた可愛さ台無しの呪い混じりである。


「かぁーえーせぇえええええええ」


 怖。と思った瞬間また『かしょん』と音がした。さっきから自転車で轢かれたときとかおばちゃんに怒鳴られたときとか、しょっちゅう鳴ってるんだよね、実は。


「返せって、なに? わたし、なんか借りパクでもしてたか?」

「違う」マコは睨め付けるような上目遣いでにじり寄る。「いいから叩かせて」

「やだよ」

「すぐ終わるから……はぁ、先っぽだけ。杖の先っぽだけでいいから……はぁはぁ」


 なに? なんなのこの痴女。自分がなに言ってっか解ってんのかな。息使い荒いし。


「クーニャ……あなた、カメラになったでしょ」


 その台詞に、わたしの身体が強ばった。目を見開き、身構える。


「お前、どうしてそれを」

「やっぱり……もう、叶ってたか」

「叶ってた?」

「困ってるでしょ? そんな力、あっても仕方ないでしょ? 私はそれを、回収しに来たの。この杖に頭が触れるだけでいいから」


 ふむ……。わたしは腕組みをして目の前の痴女風元エンジェルを眺める。

 見た感じ怪しいし、いきなりそんなことを言われて信じるのは無理というものだ。しかし、わたしがカメラになったことを知ってる以上、ただの頭おかしい女とも言い切れない。


「まあ確かに、そのステッキに軽く頭突きするだけでいいなら、わたしにリスクはないな」

「でしょ? じゃ、じゃあ」


 笑みを浮かべてステッキを差し出すマコに向けて、わたしはふんぞり返った。


「だが断る!」

「な、なんでよ!」


 わたしは眉をハの字にして歯を見せて笑う。怪訝そうな表情に声を浴びせかける。


「断ったらお前が困りそうだからだよ!」


 右手で担いでたバッグでステッキを払う。


「せ、性格悪っ!」


 マコがよろけるのを視界の端に捉えたときには、もう走り出していた。

 そしてすぐ立ち止まる。


「な、なんで!?」


 目の前にマコがいたからだ。

 わたしはマコをステッキごと突き飛ばし、逃げた。そう、確かに背を向けたんだ。

 なのに、向かう先にはマコがいた。逃げる方向を間違えたとかじゃない。

 瞬間移動、という言葉が頭に浮かんだ。


「ま、まさか……魔法、とか言うんじゃねえだろうな」

「魔法ぅ?」マコは不快感をあらわにする。「そんな幼稚なのは卒業したもん」


 そしてステッキを構え直す。わたしはマコから視線を外さず後ずさり、まだうずくまってるカイの後ろに回り込んだ。その腕を掴む。


「うおっ? な、なんだよクー……」

「変態には変態をアターック!」そのままマコに向かってカイを放り投げるように飛ばす。

「誰が変態だぁああああっ!?」


 カイの顔面がマコの胸に突っ込む。


「ぎぃゃぁぁああああああっ!」


 ふたつの膨らみの間に顔をうずめる格好になったカイごと、マコが倒れて尻餅をつく。


「ご、ごめんマコちゃんっ」


 慌てて身体を起こしたカイは、マコを押し倒す体勢だ。


「やだぁああきぃーもいぃいっ!」


 地面を這うようにマコが高速で脱出する。カイは四つん這いの状態で、みたび固まった。

 わたしはほくそ笑んで今度こそ背を向けて逃げ出す。そして数秒後、


「だぁあかぁらぁああ、待ちなさいよ!」


 またもマコが進行方向に現れ、立ちはだかった。胸元を押さえて、やや傷付いた顔だ。


「なっ……?」


 わたしは目を見開き立ち止まる。


「お、お前、さっきからなにしてやがる」

「クーニャ、彼女は普通に走って追ってるだけだよ」


 カメラを構えながら言ったのは、わたしの後ろから現れたハジだ。


「え? いやでも、速過ぎるだろ」

「そうだね。そこが、異常なんだ」

「ふっ」


 突然マコが鼻で笑ってドヤ顔になった。


「どした?」

「さっき魔法、って言ったよね。もう、そんな現実離れしたものは卒業した。今の私は……」


 数秒溜めを作り、両手を掲げポーズをキメる。


「『魔術』の探求者!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る