第6話 駄目。こんなの入らない!
「それで、なに? その……君のカードスロットの対応メディアを知りたいの?」
「そう」
話が前に進みそうなので、わたしはとりあえず頷く。
「昨日、家にあったSDカードとかマイクロSDカードは試したけど、合わなかった」
「それ以外なんかあんのか?」機械には詳しくないカイが訊く。
「んー、今のデジカメとかスマホは大体そのどっちかだけどね。昔は競争してたから、もっと一杯メディアの規格があったけど。CFとかSMとかxDPCとかMSとか」
「なんでそんなあったんだ?」
そんなに興味がありそうでもない感じでカイが問う。
「まあ、主流になって一杯メディアが売れると、その規格の権利を持ってる会社にライセンス料が入ってくるからね。ほら、DVDにプラスとマイナスがあるのも同じ理由だし、もっと昔だとVHSとベータとか。その勝敗を決する鍵となった『洗濯屋』の名は今でも伝説で……」
「プラスマイナス? VHSとベータ? 洗濯屋?」
「蘊蓄はいいから。ハジ、その中で心当たりはある?」
現代の高校生とは思えない知識をすらすら口に出すハジと、一切理解できず目を白黒させるカイのやり取りをわたしは遮った(ちなみに洗濯屋、は厳然たる下ネタである)。
「んー、ちょっと見せてもらっていい?」
ハジが指を伸ばしてきて、既にさっき一度見せるために第三ボタンまで外したわたしのワイシャツの胸元を軽くめくり上げる。穴に顔を近付けてきた。
「ちょ、近」息がかかりそうなくらいだ。
「ふーむ」生真面目な声が顎の下から聞こえる。「いい匂いするなぁ」
わたしは顎でハジの頭頂部を攻撃する。勢いでハジの額がわたしのポテトにダイブした。
「熱いっ!」
「幼馴染みなら警察呼ばれないとか思うなよ!?」
ハジは顔に数本のポテトを貼り付けながら顔を上げる。
「な、なんで褒めたのに? 臭い、って言ったなら解るけど、いい匂いだったんだよ!?」
「ええい、繰り返すな変態!」
顔が熱くなるのを止められない。わたし、すぐ顔赤くなるんだよなあ。
「まあとりあえず、試してみようか」
ハジは話題を戻し、自分の鞄を探った。そして数枚のメディアをテーブルの上に落とす。
「なんで、持ってんの?」
「こんなこともあろうかと」
いやおかしいだろ。まあ、ハジはDRAMをキーホルダーのストラップにしていたり、HDDに入ってる強力な磁石二枚をマネークリップとして利用していたりという嗜好の持ち主だ。いちいち突っ込んでいてはきりがない。
「とりあえず、顔のポテトは取ったら?」
「あ、クーニャのだよね。はい、あーん」
「お前の塩気が混じったポテトなんて要らねえよ!」
剥がして差し出してきたので手首にチョップする。う、落ちて他のポテトと混じった。
「さて、どれから試そうか」
ハジは手に付いた油を拭ってから、一番小さいカードを示す。
「とりあえずこれにしよう。クーニャ、シャツを開いて」
わたしは言われるまま、両手で軽く左右に開いて鎖骨を露出する。
「つーか……お前たちなんですんなり受け入れてんの? よくわたしの話を信じたな?」
呉次郎の態度とはえらい違いだ。考えてみれば不自然なくらいだな。
「俺は信じたというか、正直どうでもいい」
カイはつまらなさそうにポテトをつまんでいる。
「あっそう」とりあえず軽く睨んで口の片端を引きつらせる。
「いやまあ、カメラ云々ってのはまだよく解らないし、完全に信じたわけじゃないけど」
ハジはメディアを右手の親指とひと差し指でつまむ。
「クーニャが本気かどうかくらいは解るし、とりあえず実際穴は空いてるわけだし。男としてまず優先すべきことがあるかなって」
カードを挿入する。
「どう?」
「んー、小さ過ぎるね。入ってる感じもしない」
「……だよね」
ハジは何故か自虐的な笑みを浮かべながらそのメディアを置いて、今度は薄く平べったいものを手に取る。
「じゃ、今度はこれを挿入しよう」
今度は結構幅があって、少し引っかかりながら押し込まれる。
「……う」
「……
「うん……入ってるのが解る。でも違うな。かたちが合ってない」
「なら今度は……」
幅は狭いけど、一番長さのあるものを手に取った。
「……
ん? なんでこいつさっきからちょっと囁くみたいな声なんだ?
「……あっ」
「ごめん、痛かった?」
「や、大丈夫……ちょっと奥に当たったっぽい」
「うん。でもまだ
「これ以上は無理。入らない」
「本当に?」
ハジが少し力を入れて押し込んでくる。
「ん、痛いってば」
「んー、なら……あとはこれか」
メディアを抜いて、一番厚みのある大きいものを取った。
「それ、大き過ぎない?」見た感じ入らなさそうだな、と思った。
「まあ、試してみよう」
ハジはなんでか、見たことないほど楽しそうににやけている。穴にそれをあてがい、「
「い、痛っ!」
わたしは胸骨を圧迫されて顔をしかめる。
「駄目。こんなの入らない!」
「ごめんね、もう少しだけ我慢して。すぐだから」
「や、無理無理。もうやめよう」
「なあ!」
テーブルに片肘を突きながら、カイが短く叫んだ。
「あのさ……お前ら」
動きを止めて顔を向ける。何故かカイは気まずそうに顔を歪め、目を逸らしていた。
「なんだよ?」
「さっきから、会話が卑猥な気がするんだが」
はあ? なに言ってんだこいつ、と思ったわたしの隣で
「ばっ、馬鹿カイ!」
ハジが盛大に慌て出した。ん? なにこの反応……と、冷静になった瞬間、気付いた。
ハジがさっきからわたしにしている行為。不自然なハスキーボイス。
そして『男としてまず優先すべきことがある』って台詞の意味。
わたしの身体中が急激に熱くなる。きっと鏡を見たら首まで赤くなってるだろう。
「お、お前ぇ……!」
羞恥を殺意で上塗りして睨み付けると、ハジは「あ、いや」と引きつる愛想笑いを浮かべた。
それから、観念したように手を合わせてお辞儀する。上げた顔は、大真面目だった。
「正直、凄く良かった」
「言いたいことはそれだけかぁああ!」
かしょん。
勝手に耳の奥でシャッター音が鳴る。わたしは立ち上がって大きく頭を引いてから、ハジに渾身の頭突きを喰らわせた。テーブルにめり込まんばかりの勢いでハジの頭が沈む。
それとほぼ同時に窓のほうから、鳩が激突したような鈍い音がした。
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