第5話 せっかくなら、もう少し胸を押しつけてもらってもいいかなあ?
「おいお前ら、ちょい面貸せや」
授業を受ける気分じゃなかったわたしは校門をくぐらず、学校手前のコンビニ前に座り込んだ。そして目当ての姿が通りかかると、ポケットに手を突っ込んで近付いた。
「嫌だ」
「見返りは?」
そのふたりの男子、カイとハジの、声を出す労力すら惜しもうとする態度に対し、ひびの入ったコンクリートみたいな笑顔を浮かべて背後から間に入り、渾身の力でフレンドリーに肩を組むわたしは、なんて温和で心の広い女だろう。
「いいかお前たち。返事は『イエス』か『はい』だ。さあ、今一度答えろ」
「イイエっす」
「はい?」
この小馬鹿にした態度。
肩に回した腕を首に回し、へし折るつもりで締め上げるわたしを、誰が責められようか。
「ふん、効かんな。てめえの非力さじゃ」
ぶっとい首の感触は伊達じゃない。左側のちび男は
身長は159cmのわたしより低い。しかしガタイは高校生男子の平均を圧倒的に下回る体脂肪率であることが一目瞭然で、一説には背中に鬼の貌を見た者がいるとかいないとか。
目の形は絵に描いたような逆三角で、ひと睨みすれば小さい子どもが泣くことは必至。眉は濃く太く吊り上がり、やや赤茶けた短髪は静電気を帯びた下敷きに導かれたように逆立つ。
「せっかくなら、もう少し胸を押しつけてもらってもいいかなあ?」
一方、右側のでか男はエロ目でにやついている。名は
写真が好きで、常に一眼レフを首から提げている。いや言い直そう。女子が好きで、だ。
『世の中の人間が僕以外全員女ならいいのに』
と公言してはばからない。しかも小学生のころからだ。セクハラ発言も日常茶飯事である。しかし顔かたちが優しげに整ってるからか、女子からあまり引かれない。無論わたしを覗く。
胸を押しつけろと言うハジに、血走った目で笑いかける。
「悪りいな、これがわたしのマックスだよ」
ハジは目を丸くして、「そっか。ドンマイ」とわたしの胸に向けて言う。
「言われなきゃ気にしねーよ!」
カイから手を離し、両腕を使ってハジを絞めにかかる。
「ギブ、ギブ」
「なんだよ! ちょっとくらい幼馴染みに優しくしてくれたっていいだろ!」
八つ当たり気味に叫んでそのまま締め付けると、しばらくしてカイから肩を叩かれた。
「クーニャ」
「あんだよ」
「落ちた」
「なにがだよ」
「ハジが」
「落としてねーよ。わたしがこのとおり抱えて」
「いや、マジでヤバいから」
冷静な声ではあるが、カイの手に引っ張られて気付く。腕の中のハジが白目を剥いていた。
「うわ、どうしたハジ!」
「お前、女にしちゃ力強いんだから加減しろ……」
わたしが腕から力を抜くと、ハジは土台を失った案山子のように地面へ崩れ落ちた。
それからカイの気付けによってハジを蘇生し、わたしたち三人はファーストフード店に来た。
明確なサボりだが、うちの高校はたまにサボるくらいで保護者に連絡が行く校風ではない。自主性を重んじるという理念の元、テストの点数さえ取れてれば授業を何度か欠席しようが制服をアレンジしようが髪を染めようが放置される。ここを選んだのは、近いからというのもあるけど、この校風ならわたしの見た目に対する偏見は少ないんじゃ、と期待したのもある。
ひととおり呉次郎との諍いをぶちまける間、ふたりはほとんど黙って聞いていた。
普段からつるんでるわけじゃないけど、こいつらは昔から呉次郎のことも知ってる。
「で、だな。ハジ、お前カメラに詳しいだろ。わたしの機能を解き明かすのに協力しろ」
席にふんぞり返ってバニラシェイクをすするわたしに、正面のハジが恨めしげな目を向ける。
「絞め落とした詫びもなく、平然と話を進める君が信じられない……」
(う。根に持ってるな)
ここでハジに協力を断られると困るので、わたしは素直に手を合わせる。
「ごめんて。なんでも頼みをひとつ聞くから」
「えっ、ほんと? じゃあっ」いきなりハジの目が輝く。
「エロいのは駄目だぞ」
言葉を遮ったわたしに、ハジはあからさまにがっかりした顔で肩を丸める。
「えぇ……ならいいや」
ハジの下心は幼馴染み相手だろうが容赦も遠慮もない。
なんでこいつ女子から嫌われないんだろう。ピュアに気持ち悪いんだけど。
「つーか俺は学校行っていいんじゃねえのか」斜め前のカイが口を挟む。
「なんだ、いたのか。ちっちゃくて気付かなかったわ」
「さっき『お前ら』面貸せ、って言ったよな!?」
「まあまあ、カイ。僕がクーニャとふたりきりになると、いつ絞め殺されるか解らないから」
ハジがにやけながら言う。くそう、前科故なんも言えねえ。
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