第3話 諦めたらそこで食事終了だよ?

 ああ、またご乱心か。


 呉次郎の目がそう語っている。止めていた食事の手が動き出し、さくさくとトーストを囓り出す。続いて視線を外し、卵焼きを箸で挟む。その箸と口の間へ、アイスホッケーのスティックばりにわたしは自分の箸を挟み込んだ。


「ひとの話を聞くときは、目を見ろ」

「ご飯を食べるときは、ご飯を見たい」

「……クレジー、確実に誤解してるから」

「なにを?」


 言い合いながら、ゴール(口)に向けてオフェンスを繰り出す呉次郎と阻止するわたしの応酬は白熱し、チャンバラのように打ち合う。


「わたしがファンシーでパステルでフェミニンなストラップを首から提げて、毎回毎回出された料理が冷めるまでパシャパシャやっては『マジヤバァイ、マジ卍寄リノインスタ映ェエ』とかのたまう女になったと思ったでしょ」


 呉次郎は小さく溜息をついて、卵焼きを挟んだままの箸をプレートの上に置く。


「久那がカメラ女子と若者言葉に偏見を持ってるのは解った」


 眼鏡の奥から呆れ気味に一瞥してくる。


「んで、なにが言いたい?」

「だからさぁ……」


 カメラになったんだって、と同じことを言いかけてやめる。大人になろう。ストレートに伝えて解らないなら、多少回りくどくても変化球を交えるしかない、と自分に言い聞かせた。


「怪人っているじゃん?」

「…………ハァ?」


 あれ? なんでさらに呆れた顔になるの?


「いないよ。高校生にもなって、まだそんなのが好きなのか?」

「特撮好きに歳は関係ない! って違う。現実にいるいない、の『いる』じゃない」

「じゃあ……俺の人生には要らない」

「それでもない! てか酷いな!」

「じゃなんだよ? もう話は終わりでいいか?」

「ばかやろー、まだ始まってもいねーよ」

「ならさっさと……」

「バッタ男とかラッコ男とか!」


 わたしはテーブルに両手を突いて立つ。


「悪の組織に改造され、他の生物等の能力を身に付けた改造人間……奴らは見た目まで合成されたものに近付けられるが故に、『怪人』と恐れられる。けどその能力は紛れもない超人、新人類だ」

「はあ」

「一方で現代、コンピューターの進化はめざましく、スマホの発明によって各家庭どころかひとり一台のレベルまで普及した。さらに活動量計とか、身に付ける《ウェアラブル》デバイスまで登場してる」

「突然どした?」

「これらから導き出される未来は、ひとつ」


 中指を一本立てて、呉次郎に手の甲を向ける。


「久那さんそれ、全く違う意味になってるよ?」

「生体に埋め込むコンピューター。すなわち人類のコンピューター化。かつてSFの中にしかなかった世界が、もうそこまで来てるのだっ!」


 演説ばりに熱く語るわたしに、呉次郎は遠い目を向ける。迷子になって泣きつかれた少年だって、こんな虚無は示すまい、って顔だ。

 それでも反応を待っていると、呉次郎は箸から指を離し、おもむろに立ち上がった。


「行ってきます」

「ちょっと待てい!」身体を反転させる呉次郎の手首をとっさに掴む。

「離せ。すまないが話を聞かないと食べちゃいけないなら、俺では力不足だ」

「諦めたらそこで食事終了だよ?」

「終了でいいです。空腹を我慢して久那を恨みながら働きます」


 手を捻って振りほどこうとしてくる。させるか。


「嫌なことがあるとすぐ逃げ出す! これだから最近の若いもんは、って言われるんだよ!」

「言われてないし。そろそろ若手とすら言われなくなってきた。肩こりは酷いし夕方には小さな文字が読みにくくなるし、最近盆栽っていいなあ……と思い始めてきた」

「やや、それは……語り合いたい」


 盆栽、というわたし的注目キーワードに本題を忘れそうになるが、首を振って思い止まる。


「まあ、座って。まだ家を出るには早いでしょ」


 呉次郎の背中に回り込み、肩を掴んで力任せに椅子に座らせる。そのまま肩を揉み始めた。


「おやおやお客さん、凝って……うわ凝り過ぎじゃね? コンクリか」

「だから言ったろ」


 わたしは指で押すのを諦め、肘を置き体重をかけてぐりぐりする。


「あ痛、痛い痛い」


 右の外側から順番に、少しずつ全体をほぐしていく。それから今度は親指でピンポイントに、いくつかのツボを十数秒単位で押していった。


「……俺だって毎日頑張ってるんだ」


 気が緩んできたのか、呉次郎は目を閉じながら呟くように言った。


「朝早くから遅くまで、わけの解らないことを言う奴らを相手に働いて、家に帰ればわけの解らないことを言う久那を相手にしなければならない。一体どこで癒やされればいいんだ」

「わたしを仕事と同列扱いするな!」


 頭の両サイドを拳でぐりぐりした。しかし呉次郎は「おお、効く効く」と動じない。


「いいよ、信じないなら実演してやろうじゃないか」


 わたしは呉次郎の斜め前に移動する。顔を視界に収め、軽く目を見開いた。


「撮るよ」


 かしょん。


 耳の奥でシャッターが降りるような小さな音がする。

 目を閉じると、今見たばかりの呉次郎のちょっと驚いた顔が見えた。思い出して浮かんだ、というよりもずっと鮮明に、目の前にいるのと同じように認識できる。

 薄く目を開いて、わたしは呉次郎にドヤ顔を向ける。


「ほらね」

「なにが?」


 そこにはさっき以上に「久那ご乱心」という目を向ける呉次郎がいた。


「だから! 撮ったんだよ。クレジーを。見たまんまわたしの頭の中に保存されたんだ!」

「久那」


 真摯に訴えるわたしに、呉次郎は呆れ顔を解いて立ち上がる。

 少し眉を潜め、気遣うような顔で肩に手を置いてくる。


「人間には、元々そういう機能があるんだ。それを普通のひとは『記憶』と」

「ちがーう!」


 わたしはその手を思い切り振り払った。

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