それぞれの夜
夜の
アーテル。テムジンは心の中で大好きな霊獣を呼んだ。口に出してはいけない、テムジンが一言アーテルの名前を呼べば、アーテルは一目散にテムジンの所まで飛んできてしまう。それはダメだ、アーテルには大切なお仕事があるのだ。アーテルは冥界の門番だ。冥界から逃げ出そうとする魂を取り締まり、また冥界に無断で入ろうとする者を追い払うのだ。
テムジンは小さい頃冥界に住んでいた。赤ん坊のテムジンの世話は三人の男たちがしてくれた。皆同じ姿をしていた。高い身長、漆黒の髪、黒い瞳、褐色の肌、霊獣のアーテルが人型を取った者たちだ。テムジンは人型を取った三人のアーテルに大切に育てられた。
たまに巨大な三つの頭を持つ犬の霊獣になる時もあったが、テムジンにはどちらの姿も大好きなアーテルだった。テムジンはアーテルとずっとずっと一緒に暮らしていたかった。だがテムジンが十歳になると、状況が変わってきた。
元々アーテルと、冥界の王との間で約束が取り決められたいた。テムジンが十歳になったら、地上の世界に戻すと。本来冥界にはテムジンのような生きた人間を住まわせてはいけないのだ。だが小さなテムジンは一人では暮らせないため、アーテルが冥界の王に頼みこんで、テムジンが十歳になるまで待ってもらっていたのだ。
状況の変化に不安になるテムジンに、アーテルは優しくおごそかに言った。テムジンは国を持たない誇り高い少数民族の長の子供だということ。テムジンの両親たちは山奥に小さな村を作って、暮らしていた。この村の人々は皆土魔法の使い手で、特に金属加工の土魔法が得意だった。そのため高度な武器や道具を作る事が出来た。テムジンの両親たちは国に武器や道具を売って金を受け取る事もあった。だがその武器にギガルド国の王が目をつけた。ギガルド国の王はテムジンの村の武器を気前よく買い上げると、その村人たちを全員虐殺した。精度の高い武器を他の国に持たせないために。
赤ん坊だったテムジンは、テムジンを守ろうと命がけで逃げた母の腕の中で泣いていた。その時にアーテルがテムジンを拾ったのだ。母はすでにこと切れていた。アーテルからテムジンの身の上を聞かされたが、テムジンには他人事の話にしか聞こえなかった。
アーテルはテムジンを地上に連れて行くと、テムジンに地上で暮らすための知恵を教えてくれた。火の起こし方、川での魚の捕まえ方。土魔法で金属を生成する技術。あらゆる知識を学ぶうちに、テムジンは確信した。アーテルはテムジンから離れようとしている。
テムジンは愕然とした。アーテルはテムジンの全てだった。何もいらない、何も欲しくない。ただアーテルの側にいられれば良かったのに。アーテルはテムジンが一人で生きていけるようになってほしいと願っているのだ。テムジンは悲しみの中で、アーテルにわがままを言った。両親の仇を取りたいと。アーテルは喜んで願いを叶えてくれた。
巨大な三つ頭の犬に姿を変え、テムジンを背に乗せ、一路ギガルド国に飛んだ。突然現れた巨大な霊獣に、ギガルド国の兵士たちは驚き逃げまどった。アーテルに剣を向ける者は火、氷、風の魔法でなぎはらい、逃げる者はそのままにした。ギガルド国の王はアーテルを見ると腰を抜かして命乞いをした。金、女、名誉何でも授けるから助けてくれと泣きながらわめいていた。
テムジンは無様なギガルド国の王に何の感情も湧かなかった。テムジンは土魔法で剣を出現させ、何のためらいもなく、ギガルド国王の首をはねた。一族から継承された土魔法の剣はこの上もなく鋭い切れ味だった。テムジンはギガルド国の新たな王となった。
アーテルはテムジンが王となった事を、ことの外喜んでいた。次はテムジンのお妃を探さないとな。と、嬉しそうに言った。テムジンは悲しくて涙が出そうになった。国なんていらない、お妃なんていらない、王さまなんかになりたくない。だけどアーテルが喜ぶならテムジンは立派な王さまにならなければならないのだ。ギシリッ。突然テムジンの寝ているベッドに誰かが座った。テムジンは驚いて毛布の中でギクリと身体を硬くした。
「なんだテムジン、まだ起きていたのか?」
優しい声にテムジンはガバリと起き上がった。テムジンのベッドの端に一人の男が座っていた。漆黒の髪、黒く輝く瞳は一つだけ。片方は黒い眼帯をしていた。テムジンは小さく彼の名前を呼んだ。
「アーテル」
「グレイグから聞いたぞ、また食事を残したそうだな。何か食べたものはないのか?すぐに用意させるぞ?」
テムジンはアーテルの問いには答えず、起き上がりアーテルににじり寄ると、眼帯をした頬に触れた。
「アーテル、痛くない?」
人型を取った霊獣は微笑んで答えた。
「ああ、もうちっとも痛くないぞ」
テムジンは悲しくなった。アーテルにこんな怪我をさせたのはテムジンのせいだ。テムジンを守ったから目を失ってしまったのだ。テムジンはアーテルの頬にチュッとキスをした。アーテルは一瞬驚いた顔をしたが、満面の笑みになった。
「実はほんの少しい痛かったが、テムジンがキスしてくれたら治った!もう一回!」
テムジンはクスッと笑った。アーテルは人型を取って三人になると性格が分かれるのだ。炎魔法のアーテルは明るい性格で、氷魔法のアーテルは物静かで、風魔法のアーテルは心配症なのだ。テムジンが炎のアーテルにキスをしたら、それまで静かに立っていた氷のアーテルと風のアーテルが騒ぎ出した。
「ずるいぞ!テムジン俺にも!」
「俺も!」
炎のアーテルは渋い顔をする。
「俺は怪我したからテムジンにキスしてもらえたんだぞ!」
「「お前も俺だろ」」
炎のアーテルの不満に、氷と風のアーテルが反論する。テムジンは微笑みながら氷のアーテルと、風のアーテルの頬にキスをした。アーテルはちっとも変わらない、テムジンがまだ小さい頃よく頬にキスをしてとせがんだ。テムジンがキスをするとアーテルはとても嬉しそうだった。三人のアーテルは、お返しにとテムジンの頭や頬にチュッチュッとキスの雨を降らせた。アーテルのキスがくすぐったくって、テムジンはクフクフ笑った。
「やっと笑った」
炎のアーテルが慈愛に満ちた瞳でテムジンを見る。炎のアーテルは話を続ける。
「なぁテムジン、テムジンが寂しかったり、怖かったり、何か困った事があったらすぐに俺を呼ぶんだぞ?」
テムジンはためらいがちに言う。
「でもアーテル、お仕事が」
「そんなもの知った事か、俺は今まで冥界のくそったれな王に散々こき使われたんだ。テムジンの側にいるのに文句は言わせん。まぁ急に仕事が入ったら行かなければいけないがな。さぁテムジンもう寝なさい。明日は一緒に朝ごはんを食べよう」
テムジンはコクリと頷いて目を閉じた。もう寒くはなかった。
アイシャは真夜中にパチリと目を覚ました。となりを見ると案の定獣人のミナが毛布からとび出ていた。パジャマからはお腹も出ている。ミナはアイシャと同じかそれ以上に寝相が悪いのだ。アイシャはミナの上着のすそをズボンの中に入れてやり、毛布を胸までかけてやる。アイシャはとなりのベッドに目を向ける。そこは綺麗に整えられ、誰もいなかった。以前まで同室のメアリーがいたベッドだ。足元に寝ている黒猫のドロシーがアイシャの顔を心配そうに見た。
「大丈夫よドロシー」
アイシャはドロシーを安心させるように微笑んだ。アイシャはベッドに横になり毛布を胸元までかける。今まではメアリーがアイシャの毛布を直してくれていた、だがアイシャはもう自分で直さなければいけない。本当は毎晩メアリーがアイシャの毛布をかけ直してくれている事を知っていた。
本来ならば自分で毛布をかけ直さなければいけないのだが、メアリーに毛布をかけ直してもらえる事が嬉しくて、申し訳ないと思いながらもずっと寝たフリをしていた。メアリーがアイシャの毛布をかけ直した後、ポンポンと軽く叩いてくれるのが、神父のロナルドがしてくれたのと同じだった。
メアリーがいなくなって寂しくないといえば嘘になる。だがメアリーは生きている、死ぬかもしれなかったあの状況で。生きていれば必ずまた会える。アイシャはギュッと目をつぶった。マリアンナも、獣人のシドたちも生きている。明日からきっともっといい日になるはずだ。
アイシャはまどろみながらギガルド国の少年王の事を思った。彼は黒い髪に黒い瞳をしていた、アイシャと同じ色だ。彼はとても悲しそうだった。大きな三つ首の霊獣が大好きでたまらないようだった。あの三つ首の霊獣の傷ついた目を治してあげたいとアイシャは思った。アイシャは故郷の町にいる時、孤児である事も辛かったが、何より自分の容姿が他の人たちと違う事が辛かった。
皆青や緑や茶色の瞳なのに、髪は金髪や茶色なのにアイシャだけ黒い瞳に黒い髪だった。皆アイシャを見ると物珍しげな目になるのだ。アイシャはいつかギガルド国の少年王と話がしてみたいと思った。そんな考えをつらつらしていたらアイシャはいつしか眠りに落ちていた。
落ちこぼれ召喚士のモフモフ日記 城間盛平 @morihei
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