それぞれのその後
「いいなぁ家族って」
アイシャはメアリーの乗った馬車が見えなくなるまで見送った後、ポツリとつぶやいた。アイシャの側にいたシドがアイシャに話しかける。
「何言ってんだ、アイシャの家族はオレたちだろ?」
「!、うん!!」
シドの言葉にアイシャは強くうなずく。シドの胸元には銀色のペンダントが輝いていた。エドモンド国王から賜った騎士のペンダントだ。本来ならば騎士はエンブレムを賜るのだが、シドたち獣人は狼になるので小さなエンブレムをかたどったペンダントが騎士の証なのだ。シドたち獣人は、名目上エドモンド国王の騎士となったが、実際はシドたち獣人を守るためにエドモンド王がつけた役職にすぎない。国の有事の際は助力を願うが、基本的にはアイシャのいる召喚士養成学校の学生寮ですごす事を許されたのだ。ほほえみ合うシドとアイシャの間にマリアンナが割り込む。
「おい、シド聞きずてならないぞ、アイシャはまだ十三歳たぞ」
「大丈夫だよマリアンナ、シドはそう言う意味で言ったんじゃないよ、まだ」
いきどおるマリアンナの肩をシュラがトントンと叩きながら言う。マリアンナはシュラに振り向くとキッとにらむ。
「まだだと?!まったく安心できないじゃないか!」
シュラは怒っているマリアンナにちっとも取り合わず、マリアンナの手を両手で握りしめて言った。
「ねぇマリアンナ、僕と家族になってくれないかい?そう言う意味でね」
マリアンナはポカンと口を開けてから、だんだん顔が真っ赤になっていき、大声で言い放った。
「バカ!!」
「えっ、バカ?どう言う意味だい?答えははいかいいえだと思っていたけど」
シュラはマリアンナの言った意味がわからずオロオロするが、マリアンナは両手で顔をおおってしまい、顔を見せてくれなかった。なおもシュラがマリアンナに言いつのろうとした時、マリアンナの側に突然大男が現れた。マリアンナの契約霊獣、スノードラゴンが人型を取った姿だ。
「しつこいぞ狼小僧!マリーが嫌がっているじゃないか!」
人型を取ったスノードラゴンは、顔を隠したままのマリアンナを優しく抱き上げる。マリアンナはスノードラゴンの厚い胸板に顔をうずめてしまった。シュラはなおもマリアンナに何か言おうとすると、スノードラゴンはキッとにらんでそれを制した。
「マリーに相応しい男でなければマリーをやるわけにはいかない」
「じゃあどうすれば相応しい男になるんですか?」
偉そうな態度のスノードラゴンに、不服そうにシュラは問う。
「それは、その、あれだ、俺を倒せる男だ」
「はあっ!?霊獣の貴方に勝てる男なんているわけないでしょ!マリアンナと話をさせてください」
スノードラゴンはマリアンナを抱いたまま逃げ回り、それをシュラが追いかける。そんなありさまをアイシャはぼんやり見つめていた。以前メアリーにこっそり言われたのだ、マリアンナ先生とシュラの事見守っててあげてねと。見守るとはどういう事だろう、このようにただジッと見てればいいのだろうか。そんなアイシャにシドが声をかけた。
「アイシャ、シュラたちは取り込み中のようだから先に帰ろう」
「うん!」
シドは穏やかに優しく言った。アイシャは元気よくうなずく。シドはリクを肩車し、ミナとアイシャの手をつなぐと、学生寮に足を向けた。もめているシュラたちを置いて。
ザックは顔からしたたり落ちる汗を首にかけていたタオルでぬぐった。先ほどからずっと城内の広場に仮設で作った釜でレンガを焼いていた。頑丈なレンガを作るためには強力な炎で焼かなければならない、そのためザックの契約霊獣のファイヤーライオンはひっきりなしに炎魔法を発動させていた。
シンドリア国の城が刺客に破壊されたので、その修理のためだ。本当はマリアンナとスノードラゴンが開けた壁の大穴が一番被害が大きかったのだが、エドモンド国王を助けるために来てくれたのだ、文句は言えない。現在のシンドリア国は深刻な財政不足だ。それもこれもエドモンド国王が、国民に重税をかける事をよしとしなかったからだ。
そのため城の修理はもっぱら兵士とザックたち若手がやらざるを得ないのだ。面倒くさい事にエドモンド国王も城の修理を手伝うと言い張って聞かないのだ。国王陛下に力仕事をさせるわけにはいかないと、妥協案でメイドに混じって兵士たちに水や食料を配給する仕事をしていた。兵士は水や軽食を手渡すエドモンド王に感激しきりだった。
エドモンド王はレンガを焼き続けるザックの側にもやって来て、暑いのだから水分をしっかり取りなさいと、お節介なおじさんのようだった。ザックの召喚霊獣のファイヤーライオンにも水を飲ませてくれた。エドモンド王はファイヤーライオンにありがとうと声をかけながらあごの下を撫でるとゴロゴロとのどを鳴らして嬉しそうだった。
ザックはシンドリア国王エドモンド五世が大好きだった。エドモンド王は少しも王様らしくないのだ、王族だからといっていばるわけでもなく、権力をふりかざすわけでもない。ただただシンドリア国民が幸せになる事ばかり考えている人だ。城の先先代頃からつかえていた大臣たちの中には国王の自覚が足りないと苦言をていする者もいる。だがザックはエドモンド王こそが王に相応しいと常々思っていた。
ザックは小さい頃家がとても貧しかった。そのためザックは学校に行かず働こうと思っていた、だがエドモンド五世が即位すると状況は一変した。学校に通えない貧しい家の子供たちは、国が支援してくれるようになったのだ。ザックはエドモンド王に深く感謝し、将来エドモンド王のために働きたいと切に願った。その甲斐あってザックは召喚士養成学校卒業後エドモンド王につかえる事ができたのだ。
城の修復にあたり、エドモンド王の志が正しかった事を証明する出来事が起こった。城の広場では絶えず釜に火がくべられ、城からは白い煙がモクモクと立ちのぼっていた。城に野菜や、肉魚をおさめる行商の男が何事かとせわしなく作業をしている兵士にたずね、兵士から刺客によって破壊された城の修繕をしていると聞くと、男は慌てて城を出ていった。しばらくすると大勢の城下街の住人を連れだって来た。ぜひシンドリア国王のために働きたいと申し出てくれたのだ。
城修復の希望者は瞬く間に増え、エドモンド王は手伝いに来てくれた国民に名前をたずね、感謝の言葉をのべた。そして手ずから水や食料を手渡し、定期的な休憩をテキパキと指示していた。手伝いに来た国民たちは親切であたたかいエドモンドさんをよもやシンドリア国王とは思っていないようで、皆親しげにエドモンドさん、エドモンドさんと声をかけていた。
エドモンド王はとても嬉しそうに国民たちと触れ合っていたが、ザックや兵士たちはその光景を仕方ないなぁと思いながら見ていた。国民の助力もあり、傷ついた城は修復のめどがようやく立つ事ができた。ザックは絶えずレンガを運び続け、疲労困ぱいの同僚であり、親友のイアンに声をかけた。
「なぁ、この後飲みにいかねぇ?」
汗だくでほこりまみれのイアンは、ザックの言葉が聞こえていたはずなのにプイッとそっぽを向いた。この所イアンは機嫌が悪い、ザックに怒っているようだ。イアンが機嫌を損ねると、まるで子供のような態度になる。一体幾つになるんだと、ザックはため息をつきながら言葉を続ける。
「いい加減機嫌なおせよ」
ザックの言葉にイアンはゆっくりとザックに向き直る。
「君がのんびりしているからこんな事になるんだ。相手は獣人だよ、マリアンナはきっと苦労する」
イアンはマリアンナの恋人が獣人だった事が面白くないようだ。イアンが他人を悪しざまに悪く言うのは珍しい事だ。刺客の攻撃を受けた時、マリアンナを守るように銀色のたてがみの美しい狼がいたのだ。マリアンナとアイシャがエドモンド王から褒美を賜った時、獣人たちは騎士の称号を賜った。マリアンナは弾けるような笑顔で恋人の獣人と喜びあったのだ。
ザックがマリアンナに向けられた視線は、虫ケラを見るようなさげすんだ目線だけだ。ザックはマゾヒストではない、惚れた女にはほほえんでほしいのだ。例え虫ケラを見るような視線がザックの照れ隠しのイジワルが原因でもだ。マリアンナに恋人ができて正直ホッとした部分もあるのだ。マリアンナが親友のイアンと付き合った時も心から祝福したものだ。だがイアンはたえずザックとマリアンナを引き合わせようとしていたのだ。
「そもそもイアンは何で俺にマリアンナを引き合わせようとしたんだ。俺はマリアンナに嫌われていたんだぞ」
「!、ザックは僕がマリアンナと引き合わせようととしていた事に気づいてたの?!」
「わかるに決まってんだろ?とんだけ一緒にいると思ってるんだ。イアンが何か隠している時いつも目が泳いでるんだよ。いつも不自然だったぞ、今日は図書館で勉強しないかい?とか、天気がいいから外でランチしないかい?とか」
「何だよ言ってくれればよかったのに!僕はマリアンナを傷つけてしまった」
イアンの秀麗な顔が苦痛にゆがむ。ザックはため息をつく、もう過ぎた事なのにイアンはずっとマリアンナに罪悪感を抱いていた。こんなに引きずっていてはかえってマリアンナにも失礼だ。ザックはつとめて明るく言った。
「まぁいいじゃねぇか、堅物のマリアンナにもやっと春がおとずれたんだから。祝福してやろうじゃねぇか」
イアンは顔を上げて無言でザックを見つめる。本当にそれでいいのかと問いたげだ。ザックは自嘲気味に笑ってから、あえてニヤニヤと意地の悪い笑みをイアンに向けながら言った。
「なぁイアン、いつものシケた店じゃなくて、綺麗なオネエちゃんがいる店にしねぇか?」
イアンの顔がサッと青くなる。この次の展開が読めたからだろう。はたしてイアンは突然頭から水をぶっかけられた。イアンが叫ぶ。
「ぶはぁっ!ちょっとウィンディーネ!僕はそんなお店行きたいとも何も言ってないよ!」
イアンが自分以外の女の所に行くと聞いて、イアンの契約精霊であり恋人でもあるウィンディーネが怒ったのだ。ザックはプッと吹き出しながら自分が首にかけていた、灰と汗で真っ黒のタオルをイアンの頭にかけてやる。イアンは汚いタオルを嫌そうに指先でつまみあげたが、仕方なくずぶ濡れの身体をぬぐった。ザックの腰あたりに契約霊獣のファイヤーライオンがしきりに顔をこすりつけている。ザックは腰をかがめてファイヤーライオンの立派なたてがみに指を入れ、優しく撫でた。ファイヤーライオンからは灰の香りがした。
「ありがとなぁリオン。美味い肉食いに行こうな!」
ファイヤーライオンはガォッと元気よく答えた。ザックは今の生活が結構気に入っている。可愛くて頼りになる契約霊獣のファィヤーライオンと、頼りないけれど優しい親友のイアン、そして親友の恋人の小姑、彼らとのにぎやかな暮らしが好きなのだ。ザックはしきりにウィンディーネに言い訳をしているイアンをうながし行きつけの酒場に向かった。
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