メアリーの未来
メアリーが目を覚まして、最初に見たものは見慣れた自室の天井だった。メアリーは自身のベッドの上に寝ていた。身体を動かそうと思ったら、鉛のように重く動かす事ができなかった。少しだけ動く手を動かすと、何か柔らかいものに触れた。重い身体をやっと動かすと、メアリーのベッドにつっぷすようにアイシャが寝ていた。
その後ろには腕と足を組んでイスに座り、眉間にしわを寄せて眠っているマリアンナがいた。メアリーの足元にはミナとドロシーが寝ていた。メアリーが触れたのはアイシャの頭だった。メアリーはアイシャの艶やかで柔らかい髪を撫でた。アイシャが目を覚ます。アイシャはメアリーが起きている事に気づくと、大きな瞳からボロボロと涙を流し、メアリーに抱きついた。
アイシャの泣き声にマリアンナもミナも起き出して、メアリーが目を覚ました事を泣いて喜んでくれた。メアリーは抱きついたアイシャの頭を撫でながら、実感した。自分はアイシャに命を助けられたのだ。そして確信した、シンドリア国王に傷を負わせたメアリーはきっと死刑に処せられるだろうと。メアリーは切に願った。メアリーが処刑されてもアイシャが気に病まないようにと。
メアリーは身体が思うように動かずベッドでの生活を余儀なくされた。アイシャからはメアリーが傷つけた国王や兵士は皆助かったのだと教えてくれ、メアリーを安心させた。驚いた事に霊獣の幼体のドロシーはメアリーのベッドでずつと寝ていた。授業から戻ったアイシャは、ドロシーはメアリーの事を守っているのだと言っていた。メアリーはたまにドロシーの喉を撫でてやった。ドロシーは気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いた。
マリアンナはメアリーがシンドリア国王を襲撃したのは、副担任のメグアレクの魔法具が原因だったと教えてくれた。メグアレクは自供を拒んで何も話さないのだと言っていた。それでメアリーは納得した、首謀者のメグアレクが事の全貌を自供しないから、メアリーの処遇も決定しないのだろう。
メアリーは、メグアレクに操られシンドリア国王を襲撃した事をおぼろげながら覚えていた。まるで悪い夢を見ているような感覚だった。メアリーが教会で意識を失ってから気づくと、城の前にいた。警備の兵士たちがしきりにメアリーに何かを言っているのだが、メアリーには理解ができなかった。メアリーは身体から魔法が溢れ出してくる感覚に襲われた。目の前の兵士たちを傷つけたくないのに、炎と氷の攻撃魔法が止められないのだ。メアリーは兵士たちの急所を外す事だけで精一杯だった。
次に気がつくと、大柄な兵士が倒れていて、四、五十代くらいの男が驚いたように兵士に声をかけていた。その男はメアリーに気づくと、メアリーに手を差しのべた。どうやらメアリーに危険だから一緒に逃げようと言っているようだ。メアリーは、彼がシンドリア国王なのだと気づいた。にもかかわらずメアリーは国王に攻撃魔法を放つ事を止められなかった。国王はメアリーの炎魔法が当たってふっとんでしまった。
メアリーは心の中で悲鳴を上げた、誰も傷つけたくない、誰も殺したくない。早く国王に逃げてもらいたいのに、国王は傷ついた兵士を抱えて歩き出した。国王の動きはやきもきするほど遅かった。無理もない、国王はメアリーの攻撃で怪我をして、抱えている兵士は大柄なのだ。メアリーは国王たちが逃げるまで何とか攻撃魔法を止めようとするが、後から後から攻撃魔法が出現して、今にも暴走しそうだった。メアリーの状態に気づいた国王は、あろう事か兵士の上におおいかぶさった。自身の命を犠牲にして、兵士の命を助けようとしたのだ。シンドリアの国王は何と愚かで慈悲深いのだろう。
メアリーは思った、この人を決して殺してはいけない。メアリーは自身を止めるため、自分の舌を噛み切ろうとした。だがメアリーは自分の身体をコントロールする事はできなかった。突然国王とメアリーの間に、美しい
次にメアリーが気づいたのはアイシャの声だった。メアリーは悲しくなった。今の自分の姿を、アイシャにだけは見られたくなかったからだ。だからアイシャにキツイ言葉を投げつけたのだ。アイシャは笑っていた。必ず助ける、目をつぶって。アイシャのいつもと変わらない声にメアリーは目を閉じた。
メアリーはベッドの上で、これから自身に起こるであろう事柄を思い描いて恐怖し、悲しんだ。そして心が決まると、メアリー自身だけではなく両親にも罪がおよぶ事に思いいたった。メアリーは一度でいいからシンドリア国王にお会いして、謝りたかった。そして両親だけでも助けてほしかった。メアリーの両親は不仲になってしまったが、メアリーの事は愛してくれていた。
思えばメアリーは両親の期待に全く答えられなかった。両親はメアリーが魔女になる事を望んでいたが、メアリーは魔女になるのを嫌がって召喚士の道に進んだ。そしてあろう事か、操られていたとはいえ、シンドリア国王に危害をくわえてしまったのだ。何て親不孝な娘だろう。
そんな事をつらつら考えていた夜、メアリーの願いが叶ったのだ。メアリーの部屋では同室のアイシャとミナとドロシーが寝ている。いつもベッドにいるメアリーは眠気がちっともおとずれなかった。メアリーが天井をひたすら見ていると、部屋の窓がトンットンッと叩かれる音がした。ここは五階でしかも夜中だ、ただの風だろうと思いメアリーは音を無視した。しかしその後も何度もトンットンッと音が続くので、不審に思ったメアリーは重い身体を起こして立ち上がった。
カーテンを開いて、窓の外を見ると、そこには
「突然おとずれてすまない。メアリー、身体の具合はどうだ?」
初めて聞くシンドリア国王の声は優しかった。
「はい、だいぶ良くなりました」
メアリーは突然現れたシンドリア国王に驚きすぎて、言葉を続ける事ができなかった。すると、寝ていたはずのミナが飛び起きてきた。
「王さま!」
ミナはあろう事かシンドリア国王に飛びついたのだ。シンドリア国王はミナを優しく抱き上げた。
「やぁ、ミナ。すまない、起こしてしまったな」
「ううん、王さまの匂いがしたの。アイシャも起こす?」
「いや、ぐっすり寝ているのに起こすのは可哀想だ。さぁミナもお休み」
シンドリア国王は、ミナを抱いてベッドに戻すと、ミナとアイシャに毛布をかけてやった。メアリーはシンドリア国王のする事をぼんやりと見ていた。シンドリア国王はただの優しい父親のようだった。シンドリア国王はベッドに座るメアリーの前まで来ると、膝をついてメアリーの目を見ながら話し出した。
「メアリー、この度の事大義であった。魔法具に詳しい者から聞いたのだ。契約の首飾りは、恐ろしい拘束力を持っていて、その魔力にあらがう事はとても難しいと言われた。メアリー、そなたは余と、余の大切な者たちの命をよくぞ守ってくれた、感謝する」
そこでシンドリア国王は辛そうに顔をゆがめた。そして意を決したように話し出す。メアリーには次に続く言葉が予測できていた、メアリーの処罰の事だ。
「余はそなたが、意にそわず操られていた事を知っている。だが大臣たちはそなたに何らかの処罰を与えろと言う。すまないメアリー、よってそなたには・・・」
メアリーは覚悟した。息を飲んでシンドリア国王の次の言葉を待つ。
「エストラード国の魔法学校に編入してもらう」
「えぇ?!」
メアリーは王の御前にもかかわらず素っ頓狂な声を上げた。
「もちろんそなたの両親にも行ってもらう。住む屋敷もみな手配した。余は若い頃ずっとエストラード国に住んでいたのだ、だからエストラード国が安心して暮らせるというのも知っている。メアリー、そなたは魔法具の魔力にも屈さない優秀な魔女だ。エストラード国の魔法学校を卒業すれば必ず余がまたシンドリアに呼び寄せる。メアリー、行ってくれるか?」
メアリーは口をパクパクさせた。自分におとずれる未来は、死刑か禁固刑だと思っていたから驚いたのだ。メアリーはつばを飲み込むと、うわずった声で言った。
「つつしんでお受けいたします」
エストラード国への旅立ちは、メアリーの体力が回復してからだった。もうすでにエストラード国での両親の住居、メアリーが住む事になる魔法学校の寮の手続きは済んでいた。メアリーは三年間過ごした召喚士養成学校の正門の前でマリアンナたちと別れの挨拶をしていた。メアリーの両親は馬車の中でメアリーを待っていた。メアリーの父は、エストラード国に行くにあたり、愛人との関係を清算したらしい。もしかするとエストラード国で両親の関係は修復されるかもしれなかった。
「メアリー、もし魔法学校でいじめられたらすぐに私に言うのだぞ。スノウと一緒にエストラード国におもむいて、いじめっ子をギッタギッタにしてやるからな。なんたって私はシンドリア国王から自由に国を行き来できる許可を賜ったのだからな」
「マリアンナ先生、職権乱用しないでください」
メアリーは意気込んで言うマリアンナをたしなめる。マリアンナの顔は少し曇って話を続ける。
「メアリー、お前には召喚士の才能があると私は思ってる。私にはちっともなつかなかったドロシーがメアリーにはなついたのがその証拠だ」
「先生、ドロシーは先生の香水の匂いが嫌いなんですよ」
メアリーだとて召喚士の夢を捨てる事は辛かった。だがシンドリア国王は、メアリーに重い処罰を望む大臣たちを納得させるため、表面上はメアリーを国外追放とし、エストラード国には優秀な魔女の卵として魔法学校への編入をさせるのだ。
メアリーは召喚士養成学校の一年生を二回も落第しているのだ、そんな落ちこぼれがエストラード国の召喚士養成学校に編入などできるわけがない。メアリーは石にかじりついてでも魔法学校の首席にならなければいけないのだ。それがメアリーを助け守ってくれたシンドリア国王に対する唯一のご恩返しなのだ。
「それに、私が召喚士になりたかったのは、憧れた人が召喚士だったからです。私が出会った魔法使いには幻滅しかしなかったから。でも私気づいたんです、私が子供たちに憧れられるような魔女になればいいんだって。そして私、マリアンナ先生みたいな教師になりたいんです」
マリアンナの顔が驚きに変わり、そして顔をゆがめて大泣きしながらメアリーを抱きしめた。メアリーは湿っぽいお別れはしたくなかったので、涙をぐっとこらえてマリアンナに言った。
「先生大泣きしないでください。先生は美人なのに泣き顔はブスなんだから。涙は女の武器なんですよ?ねぇシュラ?」
メアリーはマリアンナの側にいたシュラに急に話を振った。シュラは慌てながら言う。
「ええっ、僕?!あ、あのブスでも可愛いよ、マリアンナ」
「何だとシュラ、今私の事ブスって言ったな!」
「ええぇ!僕が怒られるの!?」
メアリーはケンカを始めたマリアンナとシュラにため息をつく。二人は子供のメアリーから見ても惹かれあっているのに、どうにもうまくいかないようだ。メアリーは二人を無視してシドとリク、そしてミナに別れの挨拶をする。ミナは綺麗な瞳からポロポロ涙を流してメアリーとの別れを悲しんでくれていた。
「メアリー、私みたいなダメな獣人にも優しくしてくれてありがとう」
「ミナァ、私はねぇミナが可愛くて素敵な女の子だからお友達になりたいって思ったのよ?次に会う時までその後ろ向きな性格直さないと石けんでお風呂入れるわよ」
「石けんイヤァ!あっ私とまた会ってくれるの?!直す!直すからまた会ってね」
ミナはメアリーに石けんでお風呂に入れられてから、泡が大嫌いになったのだ。そのためミナに『石けん』と言うと大人しく言う事を聞くようになったのだ。メアリーは笑顔でミナを抱きしめた。そしてメアリーは、皆の輪から離れて、黒猫を抱きしめてジッと立っているアイシャに声をかけた。
「ねぇアイシャ、こっちに来て?」
アイシャはメアリーの声にゆっくり近づいてくる。この日のアイシャは、メアリーのお下がりの濃い緑のドレスを着ている。そのドレスはアイシャにとってもよく似合っていて可愛かった。メアリーの側まで来てもアイシャはうつむいたままだった。メアリーはつとめて明るくアイシャの名前を呼ぶ。するとアイシャが何かつぶやいた。とても小さな声だったのでメアリーは聞き取れず、えっ?と聞き返した。するとアイシャが顔を上げキッとメアリーをにらみながら言ったのだ。
「メアリーの嘘つき!」
メアリーは初めて見たアイシャの怒った顔をポカンと見ていた。アイシャは音葉を続ける。
「メアリー約束してくれた、ずっと勉強教えてくれるって。一緒に立派な召喚士になろうって。ずっと一緒にいてくれるって言った。嘘つき!メアリー行っちゃヤダァ」
アイシャはまるで小さな子供みたいに大きな瞳からボロボロ涙をながしながら泣いていた。アイシャが召喚士養成学校に入学してから少しの期間、アイシャは寂しさのため、よく夜中に泣いていた。メアリーは、そんなアイシャが可哀想で、アイシャの耳元にいつもささやいたのだ。ずっと一緒にいてあげる。一緒に召喚士になろうと。
その後アイシャは夜に泣く事もなくなったので、そんな言葉を言わなくなった。アイシャも忘れているだろうと思っていた。その時アイシャに言った言葉は嘘ではなかった。メアリーは本当に召喚士になろうとかたく誓っていたからだ。だが召喚士の夢は諦めざるを得なくなり、アイシャとも別れ別れにならなければならなくなった。メアリーはたまらなくなり瞳から涙をポロポロ流してアイシャに言った。
「ごめんねアイシャ、約束守れなくって。もう一つアイシャに謝らなければいけない事があるの」
そこでメアリーは言葉をきった。この事を言ったらアイシャに嫌われてしまうかもしれない、でもこの機会にを逃したら二度と謝れないかもしれないと思いメアリーは重い口を開いた。
「アイシャ、あのね、私アイシャが精霊や霊獣に好かれる事がねたましくて、ずっと嫉妬してた。ごめんねアイシャは私の事を信じてくれていたのに」
アイシャは大きな瞳を開いて大声でで言う。
「そんなのあたしだって同じだよ!何でメアリーみたいにに綺麗なブロンドじゃないんだろう?何で綺麗なブルーの瞳じゃないんだろう?何でメアリーみたいに美人じゃないんだろう?なんでいくら勉強しても、あたしはメアリーみたいに頭が良くならないんだろう?って、ずっとメアリーにシットしてた。でもそんな事ひっくるめてメアリーの事が大好きなの!」
「アイシャ」
メアリーはたまらずアイシャを強く抱きしめた。すると、アイシャが抱いていたドロシーが、苦しいと、文句の鳴き声を上げた。メアリーは慌ててアイシャから身体を離す。ドロシーはメアリーを見てニャアと言った。アイシャが通訳する。
「ドロシーがね、人間は嫌いだけど、メアリーは好きだって」
「私も、毛が抜ける猫は嫌いだけど、ドロシーあんたは大好きよ」
メアリーはアイシャの腕の中のドロシーの頭を優しく撫でる。アイシャはおずおずとメアリーにたずねる。
「ねぇメアリー、また会える?」
「ええ、きっと」
メアリーはほほえんで、アイシャのリンゴのようなつややかなほっぺにキスをした。
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